第4話 敵地に乗り込む戦士のように


―――


「こんなもんかな。自分の物じゃないからよくわかんないや。あとはケリーに任せるとして……」

 私は王宮(皇宮?)への引っ越しの荷物を眺めながら呟いた。

 取り敢えずと言った感じで部屋にあった服や下着なんかを皮のバッグに詰め、ドレッサーの上にあった化粧品を纏めたところで一息つく。他に必要な物があればケリーが用意してくれるだろうと、疲れた体をベッドに沈ませた。


「はぁ〜……いよいよ明日か……」

 王宮、いや皇宮?どっちでもいっか。への引っ越しが明日に迫る。その間は何かと大変だった。過剰に心配したエルサのお父さんがやっぱり婚約を取り止めると喚いたり、何処から漏れたのか私が記憶喪失になった事が世間に知れ渡って国民の大半がブルデン公爵邸に押しかけて婚約を破棄するようにデモまがいの騒動が起きたり、皇宮からも心配の手紙が何通も来たり。それでも正式に婚約破棄の通達は来なかったけれど……


「でも……女に二言はなし!私なら出来る!」

 そう気合を入れて拳を握る。私は一度言った事は余程の事がない限り取り消したくない主義だ。皇太子と公爵家の娘の婚約を今更解消できないのであれば、私がエルサ・ブルデンとして嫁ぐ他ないのだ。いくらエルサのお父さんが喚いても国民がデモを起こしても、今の皇帝(皇太子の父親)が私達の婚約を破棄しないのなら私が身代わりになるしかないとほぼ諦めていた。


(まぁ、何とかなるでしょ。ケリーも一緒に来てくれるみたいだし、何より皇太子はイケメンらしいしね。)


 結局そこかい!とツッコミが入りそうな事を思ったところで、部屋のドアがノックされた。


「お嬢様、準備は如何ですか?」

「あ、ケリー。身の回りの物は取り敢えず纏めたけど、他に必要な物があったらお願いするわ。」

「かしこまりました。では洗面用具やタオル類など用意して参ります。」

「ありがとう。」

「それはそうとお嬢様。」

「ん?何?」

 ドアから出て行こうとしたケリーが若干顔を曇らせながら振り返る。私はベッドから体を起こした。


「本当に宜しいのですか?記憶が戻らないまま皇宮に行っても。」

「何よ、そんな事今更。しょうがないでしょ、もう決定事項で断る権利なんかないんだから。」

「でも……」

「大丈夫。貴女もいてくれるし、私って順応性だけは高いの。皇宮に行っても上手くやれるわ。」

「……何だか記憶をなくしたら人柄も変わったみたいですね。」


(げっ……同じ名前だし憑依したって事は少なからず似てるのかなって勝手に思い込んでたけど、もしかしてキャラ違った?)


「あ、あはは……そう?」

「前の大人しくて思慮深いお嬢様も魅力的でしたが、今の自由奔放なお嬢様も素敵ですよ。きっと皇太子様も気に入って下さると思います。では。」

 そう言って微笑みながら部屋を出ていくケリー。後に残された私は今の言葉の意味を理解すると首を傾げた。


「自由奔放?今のって褒められたの?」

 残念ながら私の問いに答えられる者はいなかった……




―――


 そして一夜明け、皇宮への引っ越しの時がきた。


「あぁ……私のエルサ。この一週間心配で夜も眠れなかったよ。やはり婚約はなかった事に……」

「大丈夫ですって言ったじゃありませんか、お父様。記憶をなくしてもこの日の為に勉強してきた皇宮での所作や振る舞いは忘れていなかったようです。上手く立ち回ってみせますわ。」


(なんて笑顔で言ったけど、この一週間みっちりケリーにしごかれたんだけどね……)


 ケリーに聞いたところ、本物のエルサは皇太子との婚約が決まった10年も前から皇太子妃、そして皇后になる為の所作や作法、振る舞い方を勉強してきたのだそうだ。それも当たり前の事。この国の国母になるのだから。

 だからこの事も忘れたとなったら本当に婚約破棄になってしまって、皇家と公爵家の関係が悪化してしまうのではないかと心配になった私は、ケリーに頼んで身につけておかなければいけない全ての事を仕込まれたのだ。それはもう、気の遠くなりそうな程厳しいものだったけど……


(10年間もかけてやってきた事をたったの一週間でやったんだから当たり前だけどね……)


 私はこの一週間の地獄の特訓を思い出して体を震わせた。でもそれも全てこの家とこの国の為。何処まで出来るか、果たして私に務まるのかわからないけどとにかくやるしかない!

 もはや敵地に乗り込む戦士のような気持ちで人知れず気合を入れた。


「それではお父様、行ってきます。」

「あぁ……辛かったらいつでも帰ってきていいんだからな。」

「はい。」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしているお父さんを見て何だか私ももらい泣きしそう。慌てて顔を隠すと御者?の人に合図した。


「エルサ〜〜〜!!」

 馬車が動き出した瞬間に叫んだお父さんの声は、私の耳にいつまでも残っていた。




―――


「着いた……」

 ついに皇宮に着いてしまった。私はもう一度気合を入れると、御者の人が差し出した手を取って馬車から降りた。


「お待ちしておりました。エルサ様。私は皇太子様の執事をしております、オートンと申します。エルサ様お付きの侍女もおりますが何か困った事があればこの私に申し付け下さいませ。」

「わかったわ、オートン。これからよろしくね。」

 笑顔で言うと一瞬驚いた顔をしたオートンだったがすぐに無表情に戻り、後ろを振り向いた。


「それではエルサ様がお住みになる宮殿へご案内致します。」

「えぇ。」

 オートンの表情の変化が少し気になったが、後から大荷物を持って馬車から降りてきたケリーを気にしながらも皇宮の中へ入っていった。


 これからどんな事が待っているとも知らずに……



.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る