第3話 薔薇の泡風呂
―――
「つっ……かれたぁ〜……」
ベッドに飛び込みながら私は情けない声を出した。
「一緒にお風呂入るならまだしもこっちだけ裸なんて気まずいじゃない……」
寝返りを打って仰向けになったまま呟く。そして無理やりお風呂に入らせられてから今までの事を思い出した。
〜〜回想〜〜
「ちょっ!ちょっと待って……下着は流石に……」
「ならご自分で脱いで下さい。私はお湯の温度をみてきますね。」
「……はーい。」
無駄に広いお風呂の中に消えたケリーの後ろ姿を睨みつつ、下着を脱いですっぽんぽんになる。そして近くにあったタオルを体に巻きつけて恐る恐る浴室の中に入った。
「丁度いいお湯加減です、お嬢様。あら、どうしてタオルなんか巻いてらっしゃるんですか?いつもなら……って、記憶がないんでしたね。恥ずかしいですか?」
「え、えぇ、まぁ……」
戸惑い気味に髪をかきあげるとケリーは微笑んだ。
「それでは慣れるまでタオルを巻いたままお入りになっても構いません。お体を洗う時はご自分で洗って下さい。私は外に出ていますので。」
「うん……何か、ごめんね?」
「大丈夫です。侍女の仕事はお嬢様が快適にお過ごしになられるよう、力を尽くす事ですから。」
ケリーはそう言って誇らしげに微笑んだ。
(メイドじゃなくて侍女っていうんだ。なるほど、勉強になるわ〜)
「先に体を洗うわ。」
「では外にいますので洗い終わったらお呼び下さい。」
「うん。」
ケリーが出ていったのを見てホッと肩を撫で下ろすと湯船の脇にあった石鹸を手に取った。
「それにしても泡風呂に薔薇の花びらが浮いているって……小説の世界そのものね。」
生徒達の会話の中に、お風呂は泡風呂に薔薇の花が浮かんでいて〜みたいなものがあった事を思い出す。期待を裏切らない光景に今私がいる世界は異世界なのだと思い知らされる。
「はぁ〜……」
思わずため息をついた。
―――
「髪を乾かすくらい自分でやるのに……」
「いけません。このくらいのお世話もできないのかと、旦那様に怒られてしまいます。」
「旦那様ね。ねぇ、私のお父さんってどんな人?」
「どんな人と言われましても……」
「エルサ!記憶がなくなったというのは本当か!」
「だ、旦那様!」
「えぇっ!?」
突然ドアを開けて入ってきた男性が大声で喚き散らしながら近づいてくる。私はビックリして椅子から落ちそうになった。
「あの……?」
「あぁ……私のエルサ。どうしてこんな事に……」
「お嬢様、この方がお嬢様のお父様です。」
「この人が……」
今は何だか取り乱しているがちゃんとしていれば紳士な男性だ。高級な服を身に纏い、頭も綺麗にオールバックにセットされている。顔立ちは一昔前のトレンディ俳優(古い?)並で声もバリトンで聞きやすい。何度も言うが今は取り乱しているが……
「私の事も忘れてしまったのかい?お前が生まれた時から今まで愛情をたっぷり注いできたこの私をも?あぁ……何という事だ。神よ、どうして我々にこんな仕打ちをするのですか?」
「あ、あの、お父様?」
「何だ!?思い出したのか?」
「私が記憶をなくしたと誰に聞いたのですか?」
「ケリーだが?」
「……ケリー。」
「申し訳ございません。隠しておけないと思いまして……」
私がギロッと睨むとすかさず目を逸らすケリー。私はため息を吐くと咳払いを一つして目の前の父親だという男性を真っ直ぐ見据えた。
「落ち着いて下さい、お父様。確かに記憶はなくしましたがそう悲しむ必要はありません。私がお父様の娘である事には変わりありませんから。そうでしょう?」
「エルサ……」
「記憶喪失は一時的な事かもしれませんし、私の体は何処も悪くないので心配には及びません。生活していく上で不便な事はあるかも知れませんが、ケリーが上手く教えてくれます。大丈夫ですよ、お父様。」
手を取って固く握ってあげると男性はホッとした顔をして乱れた息を整えた。
「そう、だな。お前は賢い子だ。記憶があろうがなかろうが上手く振る舞えるだろう。これから皇太子との婚約式があったり皇宮への引っ越しや持参物の選定など、色々とやる事が山積みだ。心配でいても立ってもいられなかったが今のお前を見て安心した。うん、良かった、良かった。」
「は?婚約式?引っ越し?」
「先程言いましたよね、皇太子殿下ともうすぐ婚約すると。その婚約式が一週間後なんです。」
「一週間後!?」
ケリーの言葉に一瞬魂が抜けそうになる。慌てて引き戻すと体勢を立て直した。
「じゃあこれから一週間、私は忙しくなるのね?」
「もちろんです。大忙しです。」
「はぁ〜……」
「エルサ?やっぱり無理なのか?無理ならこの度の婚約は……」
「いえ!大丈夫です。やれます、というかやります!」
(既に決まっている婚約をなかった事になんて出来るはずがないじゃない。こうなったら……やるしかない!)
私は心の中で拳を高々と掲げた。
〜〜回想終了〜〜
「なぁ〜んて言ったはいいものの……どうしよう。」
ベッドの上をゴロゴロしながらさっきの自分のセリフを後悔する。
「女に二言はないっていうのが私のモットーだけど、流石になぁ〜」
(そこらの貴族との結婚なら何とか誤魔化せるかもだけど、皇太子となると下手な事は出来ないし。)
「あーあ……何でよりによってこの世界に来ちゃったかな〜。同じ名前のよしみで憑依しちゃったって感じ?」
絵流紗とエルサ。偶然か必然か、同じ名前の人物に憑依してしまった自分の運命を呪う。でも呪ったところで元の世界に戻れる訳でもないし、戻ったって多分死んじゃった後だろうし。
「やるしかないのか、な。」
ポツリと呟いてとりあえず二度寝(?)しようとシーツに潜り込んだ。
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