禍套嶺(かさね)

夜月詠

禍套嶺

 オレは田舎のとある街に住んでた。

 バスや電車は一時間に一本。コンビニ等という便利なものは無く、買い物は商店街の個人商店か数十分程車を走らせた所にある隣町まで行かねばならないという不便さだった。

 インターネットなんかも通っていない為、パソコンなんかも使えない。


 そんな辺鄙な街だったが、オレはそこで楽しく暮らしていた。街の子供は皆顔見知りで友人だったからだ。

 オレの家の裏山を探索したり、川で泳いだり、釣りをしたり。自然だけは豊かだったので体力有り余る子供にとってはそれなりに楽しい所だった。


 だが、その街で生を受けてそれからずっと、同じ街で暮らしている為に飽きも出てくる。楽しいは楽しいけれど、同じ遊び場はもうつまらない。オレ達の間にはそんな空気が漂っていた。

 そしてある時、友人の一人、代々林業を営んでいる家の一人娘が裏山の深い所までいってみようと言い出した。

 裏山の深い所には熊や猪がでると大人達に脅されていたのでオレ達は当然、反対した。

 だがその一人娘──希子きこは、


「そんなの嘘だよ。だって、ウチのじいちゃんはあんな所ケモノ共は歩かんわい、って言ってたもの。それに地図には建物とそこに行くための道が書いてあったの。きっと大人達の宴会用の物が置いてあるんだよ」


 等と言い出し、気付けばオレ以外の全員が行こうと言い出していて、流石にオレも反対しきれなくなり、翌日朝早くから探検に行こうという話になった。

 そうして予定が決まり、日が暮れるまで遊び思い思いに家へ帰っていった。


 その日の遊び場からオレの家は近かったので最後まで残っていたが、残っていた友人も家へ帰っていったので流石にオレも帰ろうと帰路に着く。

 そうして数分程帰り道を歩いていると、月葉にぃ……中国地方の方の大学からフィールドワークとやらでオレ達の街に数月前からやってきていた入方月葉という兄ちゃんに出合った。


「おや、かさねさんの所のしゅう君じゃないか」


 この月葉にぃはアイドルグループにいそうな程のイケメンで友人の女子や街の女性陣に大変ちやほやされていた。


 普通なら反感を覚える筈なのだが、この月葉にぃは大変人が良く、オレ達の遊びによく付き合ってくれたし、力仕事なんかを嫌な顔一つせず手伝ってくれるので男達からの覚えも良かった。

 当然、オレも月葉にぃは大好きだった。


「帰りかい? 送って行こうか」

「いいよ、月葉にぃ。もう二、三分で家につくもの」

「──それもそうか。じゃあまた明日。明日は何処で遊ぶのかな?」

「……いや、皆明日は遊ばないよ。宿題やらなくちゃならないから」


 そこで一つ、嘘をついた。

 月葉にぃはいい人なのだが如何せん真面目過ぎる。子供だけで裏山の奥まで行くのを見逃してくれる様な人では無い。

 そう思って、明日は遊ばないと嘘をついた。


「あー……夏休みだもんね。私も昔は溜め込んでたなぁ……」

「じゃあ、また今度」


 昔日を思い出しているのか、月葉にぃが遠い目をしていたのでそれを放って歩き出した。


「また今度。早く寝なよ〜」


 月葉にぃと分かれて、2分程で家に辿り着いた。

 そのままご飯を食べて風呂に入ると遊び疲れからか眠気に襲われ、眠りについた。田舎では朝も早いが夜も早いのだ。


 ◇


 窓から差し込む朝日が眩くて、目が覚めた。

 雲一つ無い快晴。不気味なほど晴れ渡った青空はオレを吸い込む様に深かった。


「いってきまーす!」


 目が覚めて間もなく朝食を掻き込み、前日に頼んでおいた弁当を水筒と一緒にリュックサックに突っ込み走り出す。

 少し遅れたかな? 等と考えながら走っている内に集合場所の山道に辿り着いた。


「「おそいぞー!」」


 せっかちな友人達はどうやら30分近く待っていたらしく、後5分待って来なければ置いていこうという話になっていたらしい。

 そこで必死に謝り、女子達の小言を甘んじて受け入れると遂に、裏山の奥深くまで行く探検が始まった。


 希子の案内に従って最初は山頂のお寺まで続く参道を登って行く。田舎の子供とは凄いもので非常に長い階段を駆け足で登って行った。


「えーと……あ、ここ!」


 中程まで登った辺りで希子が立ち止まり、石で作られた参道の側面、森の中を指差す。


「ここからちょっと森に入ったら、道がある筈!」


 オレ達は恐怖心が何処かに消え去ったかの様なワクワクとした心持ちで、好奇心と共に歩みだした。

 参道をそれ、森の中へ百メートル程進むと、確かに希子の言った通り、足場に木で埋め込まれた山道にぶち当たった。


「おぉ〜、ここがー!」


 誰のとも知れぬ、歓声が湧き上がった。

 怖いもの知らずの子供といえど、できるのなら徒労は避けたいのだ。これまでの移動が無駄にならなかったのは嬉しかったのだろう。


「さー出発!」


 ◇


 山道を歩き続け、太陽が丁度真上に来た辺りで遂に希子の言う建物に辿り着いた。


 その建物の外見は黒い長方形であり、木で出来ているようだった。窓等は一つも無く、建物全体をぐるりと一周する様にいくつかの木を支えとして、古めかしい注連縄が内と外とを隔てる様に巻かれていた。


「宴会用の物が置いてあるんじゃなかったのか」

「変な建物ー」


 その建物を指差し友人達は口々に喋り始める。その声に驚いた鳥達が飛び立って行く光景を眺めて、『あ、弁当食べなきゃ』等と場違いな事を考えていたその時、風に揺られた注連縄が切れ、ぽとりと地面に落ちた。


「──ぁ、あ、あ、あああああああああああ!」


 その瞬間、突如として希子が寄生を上げた。

 目は見開かれ、口からは泡を拭きながら、顔を掻き毟る様にして、叫び続ける。


 奇妙な光景に皆は一瞬、呆然としたが、直ぐ様冷静になり希子の元へ駆け寄り口々に『大丈夫か?』『演技ー?』と声を掛ける。


「か、かかかか! さねねねねねね!」


 黒い建物の方を指差し、希子はそう叫ぶ。

 皆がその指につられる様にして建物の方を向いたその瞬間、眼前に何か、黒いモノが現れた。


「──ぁ」


 その黒いモノは呆けた様にだらしなく開いたオレの口に飛び込んできた。

 その直後、凄まじい耳鳴りに襲われ、目が熱をもったかの様に熱くなる。


「か、かかかかかか! ささささささね!」


 その次は身体の自由が消えさり、喉から勝手に音が漏れ出す。発音を止めようと思って身体に力をいれてもオレの絶叫は止まらず、希子を囲んでいた友人達が半分程こちらにやってきた。


「な、なぁコレ……やばいんじゃ……」

「演技とかじゃ無いんだよな?」


 友人達の焦った様な表情を何処か他人事の様に見つめながら、オレは絶叫し続ける。そうしている内に、友人達の中からまた一人、オレと希子の様に絶叫する者が現れた。


「また、増えた……!」

「おい、コイツら連れて山を降りよう!」


 友人達がオレの手を引き、背中を押し無理にでもこの場から立ち去ろうとするが、オレの身体はまるでそこに根を張ったかの様に、微動だにしない。


「お、重っも……! コイツこんなに重くなかったよな!」

「くそ、蹴り飛ばしてでも動かせ!」


 冷や汗を滝の様に流す友人達、オレと同じ様に立ち竦んで絶叫する希子ともう一人。それを涙で歪んだ視界の済に捉えながら、オレは何かと目があった。

 オレを取り囲む友人達に重なる様にして存在する黒いヒト型。赤い雫を流す瞳、ぐちゃぐちゃに壊れた耳鼻、どこまでも黒い、靄の様な肉体。

 ソレがケタケタと嗤うのを至近距離で見つめ、オレは此処へきたコトを心底後悔した。


 涙を流しながら悔やんでいると、黒いヒト型が動き出し、オレの目に入ってこようとする。その時オレは、入られたら終わりだと、本能の様なモノで知覚した。

 しかし、オレに身体を動かす事は出来ず友人達に黒いヒト型は見えていない様子で、オレを守ってくれるモノは存在しなかった。

 そうして、黒いヒト型の先端が僅かにオレの瞳に触れた瞬間──、


「────急急如律令」


 月葉にぃが飛び込んできて、俺の額に御札の様な紙片を貼り付けた。


「月にぃ!?」

「月葉くん!?」


 御札の隙間からちらりと辺りを見渡すと、友人達はすごく驚いている様だった。


「話は後。希子ちゃんと幸ちゃんは問題無い筈だ。愁くんは──どうにかしてみせるよ」


 そう言うと月葉にぃは鞄から更に御札や何かの液体の入ったら小瓶を取り出し、俺に振り掛けた後、永々と何かを唱え始める。


「──、────、────」


 何かを唱え始めた瞬間、耳鳴りが更に酷くなり、何も聞き取れなくなった。

 その次に瞳が熱くなるが、月葉にぃが液体を振りかけると目に宿る熱は収まった。


「──、────爾真名禍套嶺カサネ也!」


 最後のその一言だけは聞き取れた。

 が、次の瞬間、俺の意識はブラックアウトした。


 ◇


 目が覚めると俺は、街の集会場に寝かされていた。

 友人達の姿が見えないのは心配だったが、それ以上似あの黒いヒト型から解放されたのだという安堵感の方が強かった。


 布団から起き上がり、安堵感を包まれていると集会場の扉が開き、老人達や俺の両親、友人達の両親がぞろぞろと入ってくる。


 そうして次々に何があったのか、何をやったのかと根掘り葉掘り聞かれた。

 特に老人達はしつこい位に聞いてきた。


「まさか、辿り着いたと? 馬鹿な、木下が持っている地形図にアレの位置等……!」

「目が棲まわれた、か。片目で済んで良かったというべきか……」


 黒いヒト型を見たと話した途端、老人達は血相を変え山頂までお坊さんを呼びに行ったり、家から盃や古刀を持ち出してきたりした。

 あまりの慌て様なので両親達がどういう事か聞き出そうとするが、『今はそれどころではない』と一蹴され、俺と共に集会場に立ち竦んでいた。


「……申し訳ありませんが、右目はもう……」


 老人が呼んで来たお坊さんは俺の右目を見るなりそう断言したが、


「他は……完璧な対応がされている。──これは、……を……と対応させる事による封印……?

 陰陽図による擬似的な太極、その狭間に……」


 俺の手足等を見つめ、小声かつ早口でぶつぶつと呟き始めた。所々、どんな意味なのか分からない単語が出てきたので、全てを聞き取る事はできなかった。


「──いえ、この街で日常生活を送る分には問題無いでしょう」


 俺の目を見つめて、お坊さんは優しい口調でそう言った。

 その後──、


「所で、君は入方君に助けられたと言っていたね?」

「はい、そうですけど……」


 そう返答すると、お坊さんは黙り込んで、何やら考え込み始めた。そうして、たっぷり数十秒程沈黙した後、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ポツポツと喋り始めた。


「実はね……入方君は、帰ってきていないんだ」


「────え?」


 思いもよらぬ言葉に、思考が空白に染まった。

 だって、俺を助けてくれた月葉にぃが、帰って来ていないなんて、そんなのはおかしい。

 あの黒いヒト型をどうにかしてくれたのは月葉にぃだ。

 あの人が帰って来ていないなんて、おかしい。


「子供達は皆無事だったよ。希子ちゃんと幸ちゃんはなんとも無い。ただ──一人だけ、入方君が戻ってきていない」


 襲い来る、深い絶望。胸を過ぎる、深い後悔。

 軽率な行動を取ったオレが帰って来ないのは構わない。だけど……オレを助けてくれた、月葉にぃが戻って来ないのは三留られない。


「気付いたら、入方君は何処かに消えていたそうだ」


 お坊さんの言葉なんか耳に入らない。

 胸の奥深くで、ぐるぐると自己嫌悪と後悔の念が渦を巻く。


「うそだ……」


 うそだ。うその筈だ。うそに決まっている。


 よく一緒に遊んでくれた月葉にぃが。

 俺を助けてくれた月葉にぃが。

 優しかった、月葉にぃが戻って来ていないなんて。


 うその筈なんだ。


「い、いかん! 倒れるぞ!」


 そうして再び、意識が黒く溶け落ちる。


 ◇


 ──夢を見ていた。


 着物姿で、痩せ細った農民ヒト

 道中に斃れ、もう二度と目を覚まさぬ武将ヒト

 ギラついた目で、武器の手入れをする農民ヒト


『違う』


 飢餓で苦しみ、落人を狩ってどうにか糊口をしのぐ人々。

 ヒト等、気にも止めず世界を照らし続ける太陽に手を合わせて懇願する、無辜の人々。


『違う』


 山間の小村で起った飢饉。その時代であれば、いつ如何なる時、どんな地域でも起こりうるありふれた悲劇だ。

 女子供に老人……弱いものから死んで行き、その屍肉ニクを喰らって人々は僅かな命を明日へ紡ぐ。

 そんな地獄のただ中、ただ一人、生きた子供がいた。


『違う。俺は──』


 生まれつき、生命力が強かっただけの何処にでもいる子供。両親に教えられた知恵に従い、木々や草木の隙間から虫を見つけ出し、なんとか食いつないでいた子供。

 だが、地獄のただ中、とうに正気を失った人々はこの子供に"神"を見た。


『俺は、人間だ──』


 自分達が屍肉を喰らってまで生きているのに、この子供はどうしてか生き永らえている。

 同じ年頃の子供は皆、とうの昔に死に絶えたというのに──。


 そして、考えつく。

 この子供が生きているのは、何かから恩寵を受けているからでは無いのか、と。


 今よりもずっと、ヒトとヒトならざるモノの距離が近かった時代。神々や妖怪、怪異が信じられていた時代。

 自分達の理解の及ばないモノは皆、カミとして扱われた。


『森で捕まえた虫を食ってたんだよ──!』


 故に、何故か生きている子供に人々はカミを見た。

 この子であれば、我等を救ってくれるのでは無いか、と。


『腕も足も必要無い』

『この子を贄として捧げれば、我等は救われる』

『俺たちの為に、捧げられてくれ』


 人身御供。

 カミが宿った子をカミへ捧げ、我等無辜の民を救って頂く。この子には悪いが、大勢の為だ。

 ──大人しく、捧げ物になってくれ。


『ぁ、ああああああああッ!』


 ここで意識は再び浮上する。


 ◇


「──ぁああああッ!」


 喉が痛くなる程叫びながら飛び起きた。

 見た夢の内容はしっかりと、脳に刻まれていて思い出せないなんて事はなかった。


 あまりにもリアルなヒトの解体。

 四肢を切断し、瞳を抉り、鼻を砕き、耳を削ぎ、そして最後に心臓を一突き。

 解体されている側から見た、その惨劇光景はあまりにもリアルで、生々しい血と臓腑の臭いすら覚える程だった。


「……起きたのかい」


 冷や汗を滝の様に流し、全身をびっしょりと塗らしたまま暫くの間呆然としていた。意識が断絶し、夢遊病の様にぼうっとしていると、軽やかな声が聞こえた。


「あぁ、静かに。私はもう此処に居てはいけないからね」


 優しげでいて、涼やかな風貌。長身痩躯。

 ──月葉にぃだ。


 月葉にぃは口元に指を一本立て、『静かに』とでも言う風にジェスチャーをする。


「突然の事で悪いが、私はもう此処には居られない。もう、消えないとね。だが──当事者である君には知る権利がある。あの、黒いヒト型について、だ」


 とても恐ろしくて、二度と経験したく無い様な恐怖ではあったが、聞かねばならないとでもいう風な強迫観念じみたモノに背を押され、つい首を縦に振った。


「相承った。では、心して聞いてくれ」


 そうして、月葉にぃは刹那の間瞠目し、ポツポツと語り始めた。


「……四百年程昔、この地は飢饉に襲われた。女子供に老人は皆死に絶え、若い男達にも餓死者が出る程でね。それはもう大変だったらしい」


 夢で見た内容と同じだ。

 道端に無数の屍が斃れている地獄。

 それが、此処で起きたなんて──。


「落ち武者狩りなんかも血眼になってやって食べ物や武器、衣服を剥ぎ取り、金に替えて糊口をしのいだ。そんな地獄の中、一人の子供が生き残っていた」


 またしても、夢と同じ。

 もしかしたら、あの夢は──。


「どうしてかは知らないがただ一人生きている子供である彼、または彼女に人々はカミを見たらしい。……極限状態で妄信に走るのなんてよくある事だ」


 やはり、夢と一致していた。


「未だ神々や怪異が汎く信じられていた時代。自分達の領域では理解出来ないものを神や妖怪として分類し、時に人はソレに縋る。自分達の手におえないモノでも、ヒトでは無い者であればどうにかしてくれるかもしれない、ってね」


「そうして、その子供はカミとして扱われ、カミに救いを求める為の道具として扱われた。ヒトの世界にあるモノを捧げる代わりに、我等を救ってくれ、とでも言う風に」


「その後は……まぁ、君の想像の通り。人身御供となった。ただ、それだけなら良かった」


 そこまで言うと月葉にぃは俺の方に向き直り、真剣な表情で俺を見つめる。


「その子が人身御供となり、生贄として捧げられても飢饉は治まらなかった。当然だね。その子はカミでもなんでもないのだから。──だが、そこにある男が現れた」


 それから先は、夢で見なかった領域。

 あの黒い建物、黒いヒト型に関する話なのだろう。


「その男はこの地に現われるなり、子供を生贄に捧げた事を看破し村人達にこう言った。『童は未だ神の元へは至って居らぬ。我が祭祀によって真に神の御元へと至り、そなた等に救いを齎すだろう』と」


 右目が疼く。鈍い痛みが走り、僅かに熱を持つ。

 直後、痛みは和らぎ、熱は治まる。


「そうして男は村人達に取り入り、とある儀式を始めた。……当然、それは村人達の望みでは無く男の望み──かつて男が使えていた国を滅ぼしたモノへの報復を叶える為だ」


 あの時の様に、自分の身体が自分の意思で動かなくなる。

 直後、肉体は弛緩し制御が効く様になる。


「儀式の内容は伝わっていないが……それは成功し、ある存在を生み出した。……生贄となり恨みを抱きながら死んでいった子供を核に、数多の恨み辛み、呪い──禍いを套ね、山嶺の如くに集める者」


 あらゆるヒトが抱く、ちょっとした恨み辛み。

 僅かな心の隙から、生まれる些細な呪い。

 禍いと呼ばれ、忌み嫌われるモノを一点に収束させる。

 そうして、禍いの塊を創り出し、報復を成し遂げる。


「男はその存在に『禍套嶺カサネ』という名を与え、報復を成し遂げようとソレを解き放った、が……当然制御なんか出来ない。禍套嶺はこの地で暴れまわり、人々を狂わせ、殺し合いを産んで飢饉で滅びかけた村にトドメを刺し、男は怒り狂った村人に殺された」


 妖術と呼ばれるモノを操り、脅威を生み出した男は村人に殺され、村人は脅威によって死に絶えた。

 その村の跡地に成立したのがこの街なのだろう。


 だが──、


「そうして、かつてこの地にあった村は滅んだ。だが、禍套嶺は滅んではいなかった。ヒトでは無いナニカ、生き物では無いナニカと成り果てたソレは時の流れによっても滅びはしなかったらしい」


 だが、何故『禍套嶺』はあんな建物に封じ込められていたのだろうか。


「この地にあった村が滅んで数百年後、新たに人々がやってきた。彼らは村の跡地に驚き、野晒しになって朽ち果てた亡骸の残骸を供養し、この地に新たに村を興した。

 だが、禍套嶺は滅んでは居らず、この村をも滅ぼそうと人々を襲った」


「ばたばたと村人が斃れて行く状況に危機感を覚えた村長は遠方からさる祈祷師を呼び、その祈祷師は命を掛けて禍套嶺を封印し、外界へ一切の干渉を出来なくした。だが、祈祷師はその代償として命を喪い、一人の子を遺した。そして、その子はこの地で大切に育てられた」


 ヒトが、禍套嶺を封じ込めたと言うのか。

 あんなモノを、ヒトの手でどうにかしたというのか。


「その子……祈祷師はかさねという家名だったそうだ。──いいかい? 君の一族はこの地で禍套嶺アレを封印していたんだよ」


 衝撃だった。21世紀にもなってそんな非科学的な事が存在するなんて。


「何十年経っても封印は破れず、禍套嶺はこのまま数千年の時を掛けて滅んで行くと、そう思われた。君たちがあの封印に辿り着くまでは」


「まって、注連縄は勝手に切れたんだ。俺たちがやった訳じゃない」


「そりゃそうだろうさ。子供があんな綺麗に縄を切れるもんか。アレは禍套嶺がやったんだ」


 どういう事だろうか。

 禍套嶺は封印されて、何も出来なくなっていた筈だが──?


「感受性豊かな子供であれば、そういうモノと"繋がり"やすい子の一人くらい居る。そういう子に禍套嶺ヤツは干渉し、己の元へと呼び寄せ、内側から封印を破り宿主とした。封印を破るのに消耗した力をその子の中で蓄えようとでも考えたんだろう」


 封印を破っただけでは力を消耗し過ぎて、遠からず消え去る。それを避ける為に禍套嶺は狡猾にも希子を利用し、己が元へと呼び寄せ、宿主にした。

 そういう、事なのだろうか。


「だが、その場には君が居た。己を封印した祈祷師の血族、子孫。禍套嶺は標的を君に変え、君を宿主として利用し殺そうと、君に飛び込んだ」


 ──俺の身体に、禍套嶺アレが宿っている……?


「俺の、身体はどうなったの……?」


「直接禍套嶺ヤツが干渉した右眼は……まぁ良くないモノを映す様になってる筈だ」


 そういうと月葉にぃは眼帯を俺に手渡し、つけるように言う。大人しくその指示に従い、眼帯をつけたが特に変化は訪れない。


「後は……いや、得に変化は無い」


「禍套嶺はどうなるの?」


 そう質問すると、月葉にぃは瞠目し、呟く様に言った。


「君の中で再度力を蓄え、いつか蘇る」


 その直後、柔らかな微笑みを浮かべた。


「だが、それはもう無理だね。君の中から無理矢理追い出して封印し直したから。後十数年で本格的に滅ぶんじゃないかな?」


 その言葉を聞いた途端、突然と奇妙な安堵感に襲われる。


「……月葉にぃは、何なの?」


 助けられたあの時から、ずっと質問したかった事。

 それを口に出す。


「ただの学生だよ。こういう事に詳しくて、なんとかできるだけの、ね?」


 隔世遺伝らしい、日本人離れした銀色の瞳を歪めウィンクをして、月葉にぃは立ち上がる。


「じゃあ、これで。妙な力を持ってる人間は──私は、無闇矢鱈に目立たない方が良いからね」


 次第に遠ざかって行く背中を見つめながら、漠然と、もう二度と会えないんだろうな、と想う。

 遊んで貰った想い出を回想しながら、涙ぐんでいると、ふとその事を思い出した。


「──月葉にぃ、ありがとう!」


 俺のその言葉に、月葉にぃは片腕を上げて応えてくれた。

 だが、その歩みが止まる事は無い。

 

 だけど、それでも。

 万感の想いを籠めて、暮れなずむ黄昏の空の、彼方までも響く様に。感謝の言葉を紡ぎ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

禍套嶺(かさね) 夜月詠 @yatsukiyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ