女子大生、生活を綴る。

薬研軟骨

お母さん、私、エクソシストになる。

 絶対に仇をとる。疼き苦しむ左半身に代わって、右半身は殺意に満ち溢れていた。

 私がこうも歪んでしまった原因を、時を遡って説明しよう。

 日付は6月29日の真夜中。正確には6月30日の午前1時過ぎ。梅雨と夏の始まりが重なって、熱帯夜の鱗片が伺える蒸し暑さに包まれ、眠れずにいた。何度か体勢を変えて、ようやくベストポジションに落ち着く。皆無だった睡魔も訪れ、意識を手放そうとしたその瞬間。耳元に、悪魔の音色が聞こえた。夏と言えば、照り着く太陽、青春の真っ盛り、そして__夏の悪魔こと、蚊である。そして悪魔の音色とは当然蚊の飛ぶ音であって、最悪のタイミングでその音色を聞いてしまったのだ。そして最悪なのはタイミングのみでなく、状況もだった。蒸し暑さのせいで服を着る気も起きず、布団も被りたくない。今の私をゲームに例えれば防御0、名前をつけるなら吸血場が最適な状態だった。

 私は悩んだ。コイツを排除してから安眠につくか、運に任せてそのまま眠ってしまうか。しかし前述の通り私の眠気はピークに達している。数秒の沈黙の間、私は後者を選んだ。後にこれが、最悪の選択になることを知らずに。


 ___苦しい。いや、まだ苦しくはない。痒い。痒いのだ。左半身のみが痒い。目覚めてみれば手が勝手に体を掻きむしっていた。半ば自業自得とは言え、腑には落ちない。吸っていいなんて許可を出した覚えは無い。

 

 許せない。

 

 その一心が私を支配した。

 そして冒頭へ戻る。立ち上がり、照明をつけ、両手を広げ聴覚を研ぎ澄ます。無駄に動き回らずとも、アイツはまた私を求めてくる。自分を餌に、おびき寄せるのだ。

 そして聞こえた、憎き音色。目を開ければ目の前に、いた。血をふんだんに吸ったせいか、動きが遅い。私は思わず笑ってしまった。滑稽過ぎる。私より自業自得という言葉が似合う。

 さて、ここからは簡単だ。壁に止まったヤツを仕留めてしまえばいいだけ。しかしこの白い壁に痕跡が残ってしまうから、ティッシュで仕留めてやろう。

 私が目を離したのは一瞬だった。

 

 そのたった一瞬の内、ヤツを見失ってしまった。

 意地でも仕留めてやる。お前が部屋を出ようと、家を出ようと、地の果てまで追い掛けてやる。

 余裕だった表情は歪み、憎悪に変わった。時刻は午前4時。私が家を出るのは午前6時30分。

「__今夜は寝かせてもらえない、か。」

 女子大生対悪魔の生死をかけた闘いが、今幕を開ける__。

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