二章三話 あの夕日よりもあつい熱
勉強会という予定を大きく逸れたカラオケは、沙凪が来たかと思えば出ていき、伊吹がそれを追いかけていき、しばらく茉莉花と鈴蘭の二人だけで歌うというよくわからない状況になった。体育会系のノリがある鈴蘭の前で歌える曲も思いつかなかったので、茉莉花はほとんどの時間を鈴蘭が好きに歌っているのを聞いて過ごした。
その後は伊吹と沙凪が戻ってきて、一人ずつ曲を回した。席を外している間に何があったのか知らないが、沙凪は一度だけ歌ってあとは拒否していたが、見ているだけでもカラオケを楽しんでいる様子だった。ちなみに歌ったのは誰もが聞いたことのある合唱コンクールの曲だった。
「今日はバタバタでごめんね、茉莉花ちゃん。次はちゃんと予定立てて遊ぼうね」
「じゃーなーまっちゃん! 次はもっと歌聞かせてくれよなー!」
各々、満足した様子で帰っていった。伊吹は沙凪を送るといって早々に離別し、鈴蘭とは駅で別れた。家からの最寄りに着いた頃には、茉莉花は一人。改札を抜けると静けさとやや冷えた空気が出迎えてくれる。
茜色と黒色に染まる街並みを二つの眼で捉えた。地平線に吸い込まれるような夕焼け空が雲を流していき、奥には真っ赤に染まった世界がある。
『結構時間押しちゃったねー。今日は大事な用事あるから、さっと帰ろうよ~』
何もしていないのに疲弊したような声が頭の中に響く。今日一日、内側から色々と話し掛けて来ていたレイナだ。
「いいじゃない、まだ時間あるでしょ」
『だーってリカちゃんお風呂長いじゃん! 10秒くらいで上がってほしいんだけど』
「カラスか。風邪ひくでしょ……なんか連絡来てるし」
独り言になるのを覚悟で適度にレイナと会話しながら歩く。何の気はなしにスマートフォンを取り出すと、一件の通知がきていた。
「……はいはい」
目を細めて呟く。届いていたのは「用事終わったか、駅なら迎えに行く」という簡素な文面だ。親でもなんでもないのに過保護なことで、と少し嬉しく思いながら、その感情を照れ隠しで嚙み殺した。
「おーい、乾だよな?」
「――!」
駅から出てすぐの歩道を歩いていると、背後から声が掛かった。声から誰かが一瞬で分かり、思いもよらない遭遇に背筋が伸びる。振り向くよりも早く、声の主は隣までやってきた。
ラフな格好で自転車に乗っているのは、慎之介だった。顔を見て心臓が大きく跳ねる。
「なんっ……」
「やっぱ合ってた! なんかの帰りか?」
――どうしよう、口が上手く回る気がしない。
朗らかな表情の彼を前に、まさか休日に出会うとは思っていなかったせいで硬直する。なんとか声を絞り出して答えた。
「や……ちょっと、伊吹たちと……勉強してたっていうか、その帰りみたいな……?」
「げ、女子たち真面目だなーおい。俺なーんにも考えず今日もバイトしてたわ」
自転車に跨ったまま、勤勉さを讃えてくる慎之介。実際には三時間しか勉強できていないのだが、そんな訂正を入れられるような余裕はない。先ほどから心臓は鳴りっぱなしで、顔も熱があるのではないかと思うほど熱かった。
「……邪魔になるか、これは」
背後を確認して彼は眉を下げる。二人が並ぶのは幅の広い歩道だが、自転車に跨ったまま歩行者に並ぶのは些かマナーが悪い。後ろから通り抜けていく通行人を見て、慎之介は申し訳なさそうに肩を竦める。
「いやーなんだかんだ仲良くやってんだな、お前ら。また皆で出掛けようぜ。じゃあまた学校で――」
言葉を締め括って立ち去ろうとしたのだろうが、茉莉花の肉体は意識よりも早くそれを拒んでいた。気付けば片手で彼の袖を掴んでおり、まともに機能しないはずの口も信じられないほど真っ直ぐに言葉が出た。
「待って……!」
茜さす街並み、アスファルトが反射する夕日。顔の赤みも今ならそれほど見えないだろう。跳ねる鼓動を無視して彼を呼び止める。
「ん? どした?」
「……いや、その……」
無意識。唐突に湧き上がった情動だが、今はそれでも縋りたいと半ば自棄になっている気がする。
しかし続く言葉が出てこない茉莉花に、慎之介は何かを察したように「ああ」と声を上げた。
「帰り道、途中まで同じなのか。じゃあ一緒に帰るか!」
慎之介は何食わぬ顔で自転車から降りて、周囲の邪魔にならないよう端に寄った。並んで歩く図が完成する。
「この前のこともあるし、一人は心細いよな」
この前のこと、と言われて一瞬だけ記憶がフラッシュバックする。血走った眼の男、血を滴らせるナイフの切っ先、伊吹の悲痛な声。あれから幾日も経過しているというのに、たまに思い出しては昨日のことのように考えてしまうのだ。
事故だった。けれど、どこか不可解な事件でもあった。
「あれからどうだ? 他にストーカー被害とかは」
「そう何回もあるわけないでしょ。平和よ、今のところは」
隣を歩く慎之介は、あの事件の全貌を知らない。警察も不審な男が口走っていたことを妄言と処理しており、茉莉花とレイナの繋がりは有耶無耶にされたままだった。ただ運悪く厄介な人物に目を付けられただけ――周りからの結論はそんなものだ。
『もっと皆心配してほしいよね~。レイナちゃんは今後がフアンだよ~』
レイナの声がする。あれ以来両親からも過保護気味で、緩くはあるが門限まで定められてしまった。配信のために比奈の家に行くときだけは例外として許してもらっているが、茉莉花自身の行動範囲が狭くなったのは間違いない。
だが、それが慎之介に送ってもらう切っ掛けになるのは僥倖。思う存分、この状況を活用させてもらおう。
などと計算高い考えをもって行動出来たら苦労しない。
そもそも、心の準備すらできていないのに衝動的に呼び止めたわけだ。その後のことなんて考えているわけがない。
「どした? 大丈夫か、具合悪いのか?」
「……別に、なんでも……」
予想だにしなかった鉢合わせ、そして送ってもらうこの状況。茉莉花の心臓は破裂しそうなほど心拍数が上がっていた。血の巡りと鼓動の加速に合わせ、彼女自身もまたゆでだこみたいな顔になってしまう。流石に夕日では誤魔化しがきかないので顔を逸らした。
(どうしよ――めちゃくちゃニヤけてしまう……!)
赤くなった顔だけではなく、上がり切った口角もできれば見られたくない。好きになってから時間も経っているとはいえ、まともな恋愛経験がほとんどない彼女にこの状況は酷だった。
「なあ、本当に大丈夫――」
「うっさい! 大丈夫って言ってんでしょ!」
『はいやらかした~! なんでそうなの!?』
――今同じこと思ったわよ! 言われなくても!
人間関係すらまともに続いたことがなかったのに、恋愛なんてどうやったら上手くこなせるというのか。今の態度も相手が慎之介だから笑い飛ばしてくれているが、普通なら一発でアウトである。
どうにか心に平静を呼び戻すため、茉莉花は出来る限り感情を言葉に乗せないように話し始めた。
「……ば、バイトって言ってたけど……何やってんの?」
「映画館で働いてんだ。なんかノリで面接行ったら受かっちゃってさ、条件も悪くないし、休日はだいたいそこでバイトしてる」
「へー……あんたが映画館ね」
「なんだよ、ちゃんとやってんだぞ。どんだけポップコーンが落ちてても座席が濡れてても、文句言わずに馬車馬の如く」
「顔が笑ってないんだけど」
平気そうに話すが、表情は愚痴を零すときのそれだ。不満が隠しきれていなかった。
アルバイトの経験がないので、働いている人間の感覚は今一つ理解できない。嫌悪感漂う表情の慎之介が大人びて見えて、何もしていない自分が少しだけ恥ずかしくなった。
歩道は進むほど人気が減っていく。土曜の夕方から夜に差し掛かるこの時間は、平日に比べて道行く人が少なかった。
「乾ってさ、変わったよな」
「はっ? え、何が?」
「いや何がって……関わりやすくなっただろ。間違いなく」
唐突に切り出してきて、出た、と思った。
彼は稀に今のような、優しく温かい声音で話すことがある。意図せずそうしているのだろうが、もし仮に狙ってやっているのならとんだ女誑しだ。
胸の奥から込み上げてくるむず痒さは、そんな彼の声に本能が色めき立って起こる症状に違いない。堪えがたい感覚を誤魔化すように前髪を弄って気を紛らわす。
「そう、かな」
「おう。絶対そうだ。少なくとも俺は今の乾の方が好きだぞ」
「そ――は!? 好っ……やめろ! 軽々しくそういうこと言うな!」
訂正。とんだ女誑しだ。
異を唱えようと思わず振り向いてしまい、彼の目線とかち合った。細く男らしい目つきに脳がチカチカと危険信号を送っている。口をパクパクさせてそれ以上言葉が出なくなってしまう――反応が乙女のそれすぎて、自分でも反吐が出そうだった。
「いや、あの……そのっ」
「おい、顔真っ赤じゃねーか。ちょっと待ってろ」
そう言うと慎之介はエラーを起こして硬直する茉莉花と自転車を置いて、道端にある自販機に向かって駆ける。素早い動きで財布を取り出したかと思うと何かを購入し、行きの倍近くのスピードで帰ってきた。手には『ぶっとびサイダー』が握られていた。
――何? こいつは。
一発芸を擦る芸人を見ている気分だ。彼の中で飲み物はこれしかないのだろうか。お陰で気分がぶっ飛んで冷静になれたけれど。
「とりあえず頭冷やそうぜ、熱中症だったら大変だ」
「……冷えたわよ、なんか……割と」
「? そうなのか?」
鈍感もここまでくるといっそ清々しいまである。普通こんな反応ばかりしていたら気付くだろ、とツッコミを入れたくなるくらいだ。
彼の中には恋とか愛とか――あと恥じらいとか。それらは備わっていないのかもしれない。もしくは茉莉花が女子として一切見られていないか。
「なんか、あんたはあんたよね」
「何言ってんだ。俺はいつだって120%俺だぞ? 果汁もたっぷり」
「気持ち悪いわ! 何その表現!」
一度頭が冷えたことで羞恥心やときめきはなりを潜め、少しずついつもの調子で話せるようになってきた。
ツッコミに笑い返す彼の顔はいつもと変わらない様子で、その変化のなさが少しだけ寂しくて。
(――もう、このままでもいいかな……)
表情をやや不機嫌そうに歪めるものの、何にも邪魔されないこの帰り道が何よりも愛しく思える。恋慕が一方通行であることは自覚して、その上で茉莉花は今の幸せを嚙みしめていた。
むせ返って嗚咽にならないよう、ゆっくりと咀嚼しながら。
「……あ。……そういえばそうだった……」
しかしどうやら幸せの味は長続きしないらしい。
いつもの街並みが見えてきた矢先、彼女は視界の先に見知った人影を見つける。それが何を意味するのか察して、隣を歩く彼の服をもう一度引っ張った。
「ここでいい。後は大丈夫だから」
「お前の家ってこの辺りなのか?」
「ううん。もうちょっと先だけど――大丈夫」
きっぱりと言い切って、足を止めた彼の方を振り返る。
来た道には影が長く伸びており、少し先を行く自分のものが彼と重なっていた。
「また学校で。……あと……ありがと、またね」
「おう、気をつけてな」
オレンジと黒が織り成す景観を名残惜しく思いながら、それ以上は言葉を紡がずに駆け足で彼から離れていく。それは「途中まで道が同じ」なんて言っておいて本当はどこかから道が違ったことを意味していた――ずるい男だと、ゆるむ頬を抓りながら思った。
ペダルに足を掛ける音に振り返ることはない。再発しそうな心の病を無理やり抑え込んで、出来るだけ速く道を進んだ。
「よう、意外と早かったな」
しばらく進むと、ややハスキーな声が出迎えてくれる。意地の悪い笑みを浮かべて腰に手を当てる彼女のもとに、息を切らしながら辿り着いた。
「……はぁっ……別に……迎えとか、いらないんだけど」
「はあ? わざわざ来てやったのに随分じゃねえか」
「あたしは別にあんたに用とか』『あはぁ~お迎えどうも★ 聞いてよ~今日リカちゃんカラオケいってたんだよ! レイナちゃんも歌いたかった!」
強制的に身体の主導権を奪われ、動きも声色も気持ち悪いくらい別人になる。外で入れ替わるリスクを何度教えてもこの調子なのだから、レイナの自由奔放さについては半ば諦観気味だ。溜め息を吐きながらも茉莉花は抵抗することなく、レイナの好きにさせようと思った。
「カラオケ、いいじゃねーか。身体の方は慣らしてきたってわけだろ? ……オマエのテーマソングはバッチリだ。今夜は死ぬほど練習してもらうから覚悟しろよ」
白黒のプリン頭――黒川桔花が目を見開いて言う。『以下切り捨て』の名前で活動している彼女は、レイナのヘッドハンティングによって『ラヴリーレイナ』のオリジナル曲を専属で作曲する協力者になっていた。
今日は記念すべき第一曲目が完成したというので、茉莉花の用事が済み次第練習する予定だったのだ。
「わ~い、楽しみだなあ★ じゃあ早速、ちゃんひなのお家にれっつご~」
「さっさと行くぞ、どっかの誰かが男に媚び売って時間無駄にしてっからよ」
「おい! 聞こえてんのよ黒川!」
乾茉莉花の一日は終わりだ。これからはレイナの夜が始まる。
恋の余韻に浸る時間は、今日もなさそうだった。サイダー受け取り忘れたな、と冷えた頭で考えるくらいしかできなかった。
(……あれ)
ふと、頭の中に靄があることに気付く。数秒前まで脳内に存在したはずの言葉が一気に遠くなって、霞んで見えなくなっていた。
(レイナに……何か言おうとしたんだけど――まあ、思い出した時でいっか)
この時の言葉は結局思い出されることはなく、忘却の彼方へ追いやられてしまった。けれど思い出せないことなら大したことではないのだと、言い聞かせるようにして納得したのであった。
何か、大切なことを見落としている気がしたまま。そんな感覚だけを残して。
◇◇◇
チャイムが鳴る。授業の終わりと同時に昼休みの始まりが知らされて、教室内はガヤガヤと自由な音を立て始めた。
「……センコーのとこ行ってくる……」
「あはは……行ってらっしゃい」
絶望の表情を浮かべる鈴蘭を見送る。テストで分からなかったところを自分で聞きに行くことにしたらしい。大雑把な性格だがそういうところは真面目だった。
勉強会の成果もあって、彼女のテスト結果はそれほど悪いものではなかった。しかし苦手科目がどうしても点数が低く赤点ギリギリで、親から「それで満足するな」と釘を刺されたようだ。
鈴蘭の姿が見えなくなると、伊吹は素早く立ち上がって教室の後方へ向かった。窓際の一番後ろ、茉莉花の席だ。入学式直後、担任の思い付きでいきなり席替えをしたことでその席を獲得した彼女は、イヤホンで何かを聴きながら外を眺めていた。
「まーつーりーかーちゃん」
「……はい、何?」
茉莉花は視線を教室内に戻し、片耳からイヤホンを外した。黒い有線の、多分そこそこの値段がするものだ。
「それ付けて授業受けてたの? 悪い子だ~」
「終わってから付けたに決まってんでしょ……そういえばあんた、テストどうだったの?」
「わたしはぼちぼちかな~。だいたい予想通りだよ」
予想通り、と聞いて茉莉花は少し嫌そうな顔をした。もう片耳のイヤホンはつけたままで、何を聞いているのか少し気になる。
「予想通りってまさか学年一位? 全教科満点とか?」
「わたしのことなんだと思ってるの? そんなわけないじゃん、学年八位だよ」
「いや一桁じゃん。十分でしょ、ホントになんなのよあんた」
口を歪ませて軽く不快そうな顔をすると、ちらりと八重歯が覗いていた。レイナと入れ替わっているときはニコニコしているからよく見えているが、茉莉花自身はあまり見せたくないらしい。口の開き具合が気になって彼女は「んっ」と閉口した。
「茉莉花ちゃんはどうだった?」
「真ん中ぐらい。……というかテストのこと聞いちゃったけど、なんか他に用があって来たんじゃないの?」
話を強引に打ち切られた。伊吹は「そうだった」と気を取り直して机に両手をつき、真剣な眼差しを茉莉花に向ける。紫紺の瞳にはクエスチョンマークが浮かびそうな困惑があった。
「わたし、茉莉花ちゃんと仲良くなれたよね?」
「はい?」
困惑の色は更に強くなる。
彼女は引き気味に顔を逸らして、口元を片手で隠した。
「……いやまあ、なったんじゃない。知らんけど」
「そうだよね~良かった! じゃあやっぱり、こういう感じがいいのかな……」
「話が見えないんだけど。何言ってんのよ、さっきから」
語調を強めて尋ねられて伊吹は両手指を後ろで組み、左右に小さく揺れて微笑んだ。話に追いつけない茉莉花は眉をひそめているが、鬱陶しがられている様子はない。
「この前ね、茉莉花ちゃんときっちりお話しできたなーって思ったんだ。あの時なんていうか……これだ! って感覚があったの」
「……聞いてもよく分かんなかったわ。それで、何の話?」
「だから氷室さんとも、そうなれたらいいのかなって」
瞳に希望を宿して答える。紫紺の瞳から反射して見える赤い少女の姿は陽光を一身にあつめたような存在感を放っていた。
氷室沙凪とは休日に思わぬ形で接触できた。少しの間ではあったが共に過ごし、彼女がただ冷たいだけの人間でないことは分かってきたつもりだ。しかしそれでも何かが足りない――“縁”といえるだけのものを形成できたとは到底思えなかった。
打ち解けることに成功した茉莉花、願いを叶えることに協力的な姿勢の慎之介、「急がなくていい」と言ってくれた閑流――あとは沙凪と、皆の集まりに来てもらえるくらい打ち解けられたら良い。そんな予感がある。
「氷室さん、ねえ……ま、カラオケも結局最後まで居たし……いい感じなんじゃない? あんたがどこを目指してるのかは知らないけど」
「とりあえず皆がどういう願いをもってるのかって話がしたいから、氷室さんがオッケーしてくれたらみんなで集まりたい……と思う!」
ひとまずのゴール。それはやはりもう一度、メッセージを受け取った者たちで集まることだろう。認識のすり合わせは必要不可欠だ。
そのためにはもう少し沙凪と関わる必要があると思い――スマートフォンの振動と、訪れた通知を見て伊吹は目を光らせた。
「……うん、頑張ってくるね!」
「はあ……行ってらっしゃい?」
何が何だか分かっていない様子の茉莉花を前に意気込む。
その通知は再び沙凪と会うことが出来ることを意味していた。カラオケ帰りにレイルを交換したが、意外にも彼女は連絡をしっかり返してくれるタイプだったのだ。
『分かりました。よろしくお願いします』
淡白な返答ではあったが、提案を承諾してくれていることにかわりはない。沙凪との関係性も、明確な進展が見られているといってもいいだろう。
「あ、伊吹」
昼食の準備をしようと踵を返すと、思い出したかのように茉莉花に止められる。曲を聴き終わったのかイヤホンを外した彼女は、自身の髪を軽く整えながら言った。
「あんた、次あの子を誘うなら一人で行った方がいいわよ。流石に」
「え、そう?」
「当たり前でしょうが。自分以外全員他校の子とか、どう考えても地獄でしょ」
丁寧に釘を刺される。本当は茉莉花一人くらいなら誘ってもいいかと思っていたのだが、言われてみれば一対一の方が会話がしやすいのも事実だ。忠告を受けて伊吹は「なるほど」と深く頷いた。
その様子を見た茉莉花に、「もうちょっとちゃんと考えなさい」と怒られた。お母さんのような態度だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます