序章二話 キックスタート


「……変な人たちが沢山だ、おもろ」


 全員揃って沈黙が流れたタイミングで、白髪の女子生徒が真っ先にそれを打ち破った。眠気を抱えたような青の半眼を揺らして、彼女は周りの人物を一瞥する。


「マジで変な集まり。すごいね、皆」

「初対面で二回も変って言われたが、俺そんなに変か?」

「うん。きみはなんか黒い……まっくろくんだ」


 独特な間を保ちながら喋る少女に、最後にやってきた少年も言葉を返す。外見からとったとは思えない謎の呼称に彼は首を傾げた。


「真っ黒はよくわからんけど……えっと、これどういう集まりか聞いてもいいか?」


 質問。だが誰に向けたわけでもなく全体への言葉だったせいか、誰が答えるかの譲り合いのような空気が流れる。またしても沈黙が訪れそうになり、伊吹は勢いよく挙手。そして全員の視線を一身に受ける。


「はいっ! わたしは今日のこの時間、この場所に来たら運命の人と会えるって聞いてきました! わたしをメインヒロインにしてくれるのは誰ですか!」


 今度こそ完全に空気が終わった。

 まるでクラス最初の自己紹介でとっておきのギャグが盛大に滑った時のような、もう誰にも救うことのできない詰みの気配。皆が伊吹の言葉になんと返せばいいか分からなくなっている。


 こういう時、映画とかならヒュウゥ、みたいな風の音が鳴るんだろうな。なんてどうでもいい思考が過った。


「……あー。えっと、メインヒロイン? っていうのはちょっと知らないけどさ」


 またしても少年が喋る。伊吹以外の女子三人は協調性の欠片もなさそうな様子なので、彼が仕方なく沈黙を破った形となった。


「俺も、ついさっきこの手紙を貰って来た。16時にこの公園にって」


 彼がそういって取り出したのは一枚の手紙。非常に達筆な字で書かれた文面には、伊吹のよく知る言葉が連なっている。若干表記に違いはあるが、間違いない――彼も伊吹と同じように導かれた存在だ。

 しっかり見せるつもりで出していないのか、最後辺りの行は折れていて見えなかったが、彼も最後に名前と願いが書き記されているのだろう。


「なんかあったよね。お昼に矢文飛んできて、びっくりした」

「えっ、二人とも紙なんだ。わたしはこう……脳内に言葉が直接! みたいな感じ」

「お前今結構ヤバいやつポイント稼いでるけど大丈夫か?」


 少年に心配されて「なんで! ノーマル女子だよ!」と返すと笑われた。白髪の少女は気だるげに制服のポケットを漁っている。

 と、ここまでほとんど会話に参加する様子のなかった薄緑髪の少女が、ここで声を上げた。


「手紙、なんですね。私はレイルに届きました」


 そう言いながらスマートフォンを慣れた手つきで操作している。会話に混ざりたくない、というよりは必要以上に喋るつもりがないようだ。


 レイルは世界的に普及しているチャットアプリ。インターネットやSNSが当たり前のように普及している今、使ったことのない人はほとんどいないといえるくらい浸透している。

 手紙、矢文、レイル。皆何かしら書面が残る形でメッセージを受け取っているらしい。約一名謎の受け取り方をしているが。


「きみはどう? えっとー……いちまいめちゃん」

「何よ、その意味不明な呼び方。ちゃんと名前くらいあるわよ」


 またしても白髪の少女が謎の呼称をし、紫髪の少女がやや不満げに答えた。彼女は会話にしたくないオーラを全開にしており、つり上がった目つきで睨みを利かせている。身長は伊吹よりも高そうなのに、小動物観に溢れていた。


「あたしはさっき全然使わないメールのところに来た……これで満足?」

「うん、ありがと! 乾さんだよね」

「なんで名前で呼ぶのよ! こんなところで不用意に情報漏らさないでくれる!?」


 ぽろりと苗字呼びをすると、紫髪の少女――いぬい茉莉花まつりかは額に青筋を浮かべて憤慨する。名前を言い当てる伊吹に白髪の少女は驚いたようだが、知っていて当然――茉莉花は1年3組、伊吹のクラスメイトだからだ。


「いや俺もいつ言おうか迷ってたんだよな。でもそんな空気じゃなかったし、全然喋らんし」

「だから、名前出されたくなかったの! とんでもない詐欺とかで集められてたらどうすんのよ! 御手洗!」

「おう、俺も今暴かれたな。これで痛み分けってことで」


 そして背の高い少年――御手洗慎之介は、名前を呼んできた茉莉花にサムズアップを送った。色々と予想を裏切られた伊吹もそれどころではなくて言い出せなかったが、三人とも同じクラスなのだ。

 しかし、未だ一か月も経過していない学校生活で三人に深いつながりはない。同じ教室内にいるな、くらいの認識だった。


「三組の人が三人もいるなんてすごい偶然だよね。しかも皆、謎のメッセージでここに来たんでしょ?」

「今言う必要、絶対なかったじゃない……」

「……でも、なんか。自己紹介必要だと思うよ」


 まだポケットの中身を探索している白髪の少女が、目線も零さずに答える。静かに冴え渡る声音だが格好が絶妙に決まっていない。


「だって、書いてあったじゃん。手紙に」

「――!」


 そう言われてハッとする。伊吹は自身の脳に強く刻まれたお告げを想起した。


『あなたが15歳になった春の、4月21日の16時ちょうど。夕日を背景にひとつ鐘が鳴るその時、丁花公園の時計前にてあなたは運命の出会いを果たすだろう。

 その出会いを無碍にせず、縁を生涯大切にしなさい。そうすればあなたの願いが、夢が叶う』


「“その出会いを無碍にせず、縁を生涯大切に”……ってことは、俺たちが自分の願いを叶えるためには」

「今ここにいる全員と仲良くすればいいってことだね!」

「俺の送られてきた文章と少し違うのが気になるけど……そういうことだな」


 つまり、伊吹は自身の願いであり夢でもある“メインヒロイン”になるためには、今ここにいる全員との親睦を深める必要があるということだ。きっと他の4人も同じ条件なのだろう。慎之介の言葉に他のメンバーも納得したような顔をしていた。


「それなら他二人も名前を――って、あれ!? 一人いないよ!?」


 まだ名前も知らない二人に尋ねようとして、既に公園から一人消えていることに気付く。薄緑色の髪の、唯一他校の制服を着ていた少女が見当たらなくなっていた。


「え、いつの間にいなくなったんだろう……? と、とりあえず――」

「ヤバイ。ごめん。全て学校に忘れたから。戻るね」

「え」


 仕方がないので一旦白髪の少女に名前を聞こうとすると、それよりも早く彼女は手を上げた。先ほどから制服のあらゆる収納スペースを漁っていたのだが、探していたものが何も見つからなかったらしい。

 というか全く気にしていなかったが手ぶらである。本当に何も持っていない。


「また学校で。話はいつでも聞くから。じゃ」

「あ、ちょ……ちょっと!」


 韋駄天。

 瞬く間に公園から去って行く姿があまりにも美しくて、制止する余裕すらなかった。


「……」


 互いに名前を知り合っている三人だけが残る。ずっと不機嫌そうに顔を歪ませている茉莉花は、目線を逸らしながら舌打ちした。


「あたしも帰る」

「乾さんも!? 折角だしどんなメールが来たのか知りたいんだけど……」

「イヤ。疲れた。用事あるの」


 拒絶を並べるように言葉を連ね、つかつかと猫背で帰っていく。止めようと思えば止められたのだが、「もう喋りかけるな」オーラを全開にした背中には流石に声を掛けることはできなかった。

 伊吹はまだ残っている慎之介をちらと見る。彼も申し訳なさそうな顔をしていた。


「いやー……この流れで言うのも悪いんだけど、俺本当は今日用事あってさ。あんまり時間に余裕なくなってきてる」

「御手洗くんもなんだ……もしかして高校生って皆忙しいのかな……わたしだけ暇人……!?」

「それは分からん。とりあえず今日は帰るけど、また明日にでも話そう。不明瞭な点が多すぎるし」


 そうして彼も「すまん!」と言い残して帰っていった。広々とした背中に男子らしさを感じながら、最初に来て最後まで立っていた伊吹は眉を顰める。


「……これは、大変そうだな~……」


 どうやらメインヒロインへの道は遠いらしい。今度は本当に一陣の風の音がして、完全な静寂が公園に訪れた。それは今日の予行練習で下見に来るときいつも感じていたものだが、より一層深みの増した寂しさだった。

 まるでこれからの前途多難さを、短い春が気を利かせて教えてくれているようで。期待ばかり膨らませていた伊吹はしばらく立ち尽くしたままだった。




◇◇◇



「え~~~~~~~~~~~~~~……」

「何、どうしたの? 溜め息かと思った」

「いや……なんでもないよ、お母さん……」


 伊吹は、その夕方は今年一番の疲労を感じていた。まだ今年が始まって四か月半くらいだが、それでも今日という日は忘れられない日になっただろう。それだけは間違えようのない事実だった。


 勿論、思い描いていたものとはかなり違う形の衝撃だが。


「運命……いや、運命的……だったん、だよね? だって急に五人も集まるなんて、絶対おかしいし……みんなお告げじゃなくてメールとか手紙とかで……いや、でも……」

「何ブツブツ言ってんの。手洗いうがい、忘れずにね」

「はぁ~い」


 店休日のためリビングで寛いでいた母に生返事をして、足洗い手洗いうがいを済ませてから階段を上り、自室へ入る。そのまま倒れ込むようにベッドへ体を預けた。

 今日は学校でも特別なことはなかったし、夕方に少し用事があったとはいえそこまで遅い時間の帰宅にもならなかった。むしろ想定していたよりだいぶ早いくらいで、まだ外は夕焼けに染まり切っていない。


 どうしてこうなった。それしか考えられなかった。


「……五人、五人でしょ……え~……運命ってなに……?」


 覇気のない独り言を垂れ流しつつ、丁花公園での出来事を頭の中で整理する。

 伊吹はてっきり、お告げの通りにすれば自分をメインヒロインとしてくれる男性と出会えるとばかり思いこんでいたが――どうやらそこが違っていたらしい。


「まあ……確かに、男の子と出会うとも、二人だけとも、言われてないけどさ」


 相手が誰であろうと愛する自信はあったし、恋する覚悟もあった。しかし複数人いては恋とか愛とか、ヒロインとかそれ以前の問題である。

 考えてみれば、どんな人が来るとか誰が来るとか、何人来るとかそんな細かいことは一切教えてもらっていなかった。メインヒロインという言葉ばかりに気を取られて生きてきたことを一瞬だけ後悔しそうになって、クッションに顔をうずめたまま首を振る。


「いや――メインヒロインになるための試練が始まった、ってことでしょ!」


 およそ9年、今日のために磨き上げてきたのは何も手先の技術や容姿だけではない。どんな困難にも立ち向かえるだけの精神力を身に着けたつもりだし、何があっても受け入れるつもりでもいたのだ。

 彼女は闘志を燃え上がらせて現状を整理することにした。


 まず考えるべきなのは、あの場に複数人いたこと。伊吹としては丁花公園で結ばれるべき相手と出会って恋愛街道一直線だとばかり思っていたのだが、そもそもそれが間違っていた。そうするとお告げの『縁を大切にしなさい』の意味も、想像とは大きく違う意味になってくる。


「運命の人とお付き合いしてねってことじゃなくて、みんなと仲良くしてねって意味だったんだ」


 文脈と状況から、そう考えを改めるべきだろう。しかしここで考えるべきことがもう一つある。“運命”という言葉についてだ。

伊吹の願いである“運命の相手のメインヒロインとして、結ばれること”にある“運命の相手”とは、今日の出会いとは別のことかもしれない――ということ。


 可能性の一つ目。今日の出会いを大切にすれば、いつか運命の相手と出会える。

 可能性の二つ目。今日の出会いの中に、運命の相手がいる。


 前者であれば問題はないが、後者だった場合大変なことになる。

皆も同じように願いが記されていたから集まっていて、願いもバラバラなら良い。しかし“メインヒロイン”を目指す者があの中に、伊吹の他に居た場合――


「メインヒロインって三人も四人もいるものなの……? そういう作品もなくは……なかったかも。『恋してマジックちゃん』とか……あっ! 『夢の彼方にさようなら』も、作者が二人ともメインですって言ってたよね……!」


 一刻も早く落ち着きたくて思わず考えていることが口に出てしまうが、そんなことを構っている場合ではなかった。独り言は考えを纏めるのに役立つ。

 体を勢いよく起こして、本棚にある恋愛漫画のタイトルを目で追い始める。確かに記憶の中では、主役級に扱われるヒロインが複数人いる漫画がいくつかあった。後で兄の部屋も確認しよう。


 と、そこまで思考を巡らせて一度引っかかる部分があった。


「……いや、どうなんだろ。わたしが喋った時みんな変な顔してたしなあ」


 そう、伊吹が「わたしをメインヒロインにしてくれるのは誰ですか!」と高らかに言い放った時、全員引いているような微妙な顔をしていたのだ。少なくとも反応からして慎之介は何を言っているのか分かっていないようだったし、女子三人も同じ目的ならもっと別の反応があっただろう。


 それならば、可能性が一つ潰れる。メインヒロイン複数人の修羅場展開は避けられた、と見ていいはずだ。

 というかそうであってほしい。お告げに対する異様な妄執はともかく、伊吹だって結ばれるなら一対一のフラットな関係が好ましいと感じている。


「……」


 部屋の姿見に映り込んだ自身を見て、眉間のしわに気が付く。ここまで深く考え込んだのは生まれて初めてかもしれない。母譲りの大好きな赤い二つの瞳には迷いの波が生じており、瞳の色に合わせた髪のインナーカラーとお気に入りのカチューシャもなんだか少し、くすんで見えそうだ。


(辛気臭いのは、似合わないぞー……!)


 鏡の中の自分に喝を入れようと、手のひらで両頬を叩いてみせる。じわりと微かな痛みが伝わってきた。

 ここまで考えてきたことをまとめると、結局他の皆のことを知らなければ話は進まないということになる。一人一人接触するか、もう一度集めるかして話をしなければならない。これ以上は伊吹一人で考え込んでも何も進まないだろう。


「……よし、頑張れわたし!」


 とりあえず明日以降、今日集まった全員に声を掛けてみよう。

 それを決意して伊吹は翌日に備えるのだった。


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