ローリング・スタンダード
「いやぁ、久しぶり」
中西のやつが、調子付いていた。
三軒茶屋の通り、右に回って証明写真台の前で、俺はそいつの顔を見つめていた。
「…なにが久しぶりだ、くそ野郎」
無駄に、息をした。中退した高校時代はこの野郎と俺は、自堕落に生きて。
_そんで、俺は死んじまった。
「つぅーか、オマエ、透けてね?」
手のひら、ぶらぶら。
こちょこ口で呟く中西は、小柄の鼠の風貌。そんでもって俺は、キャメルの煙草を咥えていた。
「足元から、透けてるわ」
「え、なんで?」
「おま、おまえなぁ…」
等の昔に死んでる相手、そいつに向かって中西は惚けたように、証明写真台の前に座り込んだ。
そうして、一張羅のスーツから煙草取り出して。くそみたいに、俺に火を寄越せと目配らせていた。
「なんだよ、死んでんのか」
「なんだよ、イカれてんのか?」
火、数年ぶりに付けたライター。また、死んでからの飢えが湧いてくる。
中西と出会ったのは、高校をなんとなく中退してから、道玄坂のラブホを歩いている時だった。クエン酸をブツに見立てて、土浦のヤンキーに数札と交換して。そんなのがバレて、神宮前から走って、疲れて、そんで道玄坂歩いてるとき、中西が出て来てた。そう、AV屋から、出て来た。手にはクエン酸のブツ持って、それをまた売りしていた。バイブと交換して、馬鹿みたいに鼻膨らませて。俺は思わず、くそ野郎って殴ってしまっていた。
俺らは、そうやって出会った。そして、そうやって別れた。
なんせ、俺は死んじまったから。
「なぁ、ヒュウちゃん」
「んなだよ」
「オレ、パスポート取りに来たの」
「へぇ、そうか」
「そうよ、沖縄に行くんだよ」
「沖縄ってぇと、海ぶどうだな」
「ああ、海ぶどう。あれ、気持ち悪いけど美味しいよな。でも、ナマコの漬け物が食いてぇのよ」
「ナマコ、か」
「そう、ナマコ」
意味のない会話、中西も遂に年貢の納め時らしい。火のついた煙草が、萎んできて。
俺はまた、思わず_。
「すまねぇな、今まで」
そう言えば、中西は煙草吹かして、証明写真台の前でクエン酸じゃない粉を撒きながら。パスポートの写真を撮ろうと、246のクラクションが鳴り響いていた。
「いいのよ、全然」
微かに線香の香りもするもんだから、俺は中西のスーツの寄れがどうにも。
久しぶりと調子付いた口調とは、また訳も違う、そんな若さがあった。
「だってよ、ヒュウちゃん殺したの、」
吹かした煙が、俺たちまで戻ってきて。
「_オレじゃん」
向かいの喫茶店の換気扇、そいつに飲み込まれていった。
何気なしだった。未来なんてないもんだから、ふとした瞬間に揉めて。中西のやつが、ただ押しただけ。俺は道玄坂のラブホ街の階段から転げ落ちて、ぽっくり。
その揉めた理由も、俺が沖縄に行こうとしてたから。
沖縄は日本だっていうのに、本当はフィリピンまで逃げるつもりでいた。
今の中西と同じように、海ぶどう旨ぇから、ちょっくら行ってくる。そんな言葉で別れ濁して、いやそんな惰性から抜け出そうと必死に取り繕った。なんだか、中西裏切るみたいな、俺は人一人殺したまったような心持ちでいたから。
海ぶどう、中西の財布から抜いた札と同じぐらいの情けなさを食らいたくて。俺は結局、中西を置いて行ってしまった。
中西がパスポート取りに来るまで、ずっと会いに来れなかったように。
「なんだよ、俺死んでのか」
「なんだよ、イカれてんの?」
煙草も残り短く、立ち上がった中西の背中見つめながら、俺はライターを側溝に落としてしまった。
それから、クラクションも消え去って。残っていたのは通りに擦り付けられた煙草の跡だけ。喫茶店の換気扇も、どうにもシケた匂いを漂わせていた。
「まぁ、達者でな」
「古臭いな、オマエ」
「いいだろ、オツだ、オツ」
「へぇ、へぇ、最悪だね」
振り返らず、証明写真台の暖簾をくぐる中西は、煙草ポイ捨てしていって。
おいって叫べば、足元からふらつきながら、少し微笑んだ頬が後ろから。
「ナマコはゲテモノじゃねぇのかよ、中西」
そう言えば、そんな頬が見えていた。
「馬鹿言えよ、ヒュウちゃん」
暖簾がばさっと開いたまま、俺も透けたままに。煙草がちゃぽんと、側溝に詰まって。三軒茶屋の通り、右に回って証明写真台の前で、俺はそいつの顔を除けないと。
中西のやつが、調子付いていた。
「_チンコ、みてぇなもんさ」
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