書きかけの地図

吾妻栄子

書きかけの地図

「お父さん、ナイチってどこにあるの?」

 五歳の満里子まりこはおかっぱ頭を傾げて尋ねる。

「内地かい」

 父親は娘を膝に載せると傍らの藁半紙に鉛筆で書き始めた。

「ここがうちが住んでいる満洲の新京、下に大きな支那があって、蒙古とソ連、そして朝鮮が隣にあって、その先に内地、日本という御国があるんだよ……」


*****

「お祖母ちゃん、何見てるの?」

 七歳のさくらはお下げに結った頭を横に傾けた。

「昔、ひいおじいちゃんが書いて教えてくれた地図」

 古く変色した紙を目にした孫娘は怪訝な声を出した。

「ここは朝鮮じゃなくて北朝鮮と韓国でしょ?」

「そうだね」

 無数の皺の刻まれた手が小さな頭を撫ぜる。

「まだこれで完成じゃないよ」

(了)

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書きかけの地図 吾妻栄子 @gaoqiao412

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