ぜんしんもみほぐし90分

一夏

第1話 予約

店名、もみほぐしサロン299(に・く・きゅう)、評価、星4.8、サロンの特徴、自慢の肉球を駆使したもみほぐしサロンです※臭いに敏感なお客様、当店はアロマのご用意もございますのでご安心ください


「怪しい‥」


15時の休憩時間中、スマートフォンと睨めっこを続けていた環珠子(たまき・たまこ)は訝しげに目を細めて呟いた。そこそこ有名なインテリアショップの営業事務職として勤めている珠子は近頃、長時間に渡るオフィスワークから来る首、肩こり、そして痛みを伴う脹脛の浮腫みに悩まされていた。どれも辛いが中でも、脹脛の浮腫みだけは今すぐにでも対処しなければ、お気に入りのヒールが履けなくなってしまう。そこで、なるべく評価が高く、通いやすそうなボディサロンを見つけようと、真剣にスマートフォンと睨めっこを続けていたところだった。


「怪しい」


再度呟いて、指先で画面をスクロールさせる。

サロンメニュー、ぜんしんもみほぐし90分コースのみ、3,000円、道案内、地下鉄砂場(さば)駅下車、3番出口の階段を右足からお上がりください。

設備、ベッド数1、施術者、シシガミ

そして、オレンジ色に目立つ「予約する」のボタン


「砂場駅って‥最寄駅だけど‥3番出口を、右足から?何、左足から上ったらたどり着けないとでも?まさか」


自嘲気味に笑って、水筒に入れてきたジャスミンティを飲んだ。乾いていた喉が、ごくごく潤ってゆく。飲み口から濡れた唇を離して窓の外を眺めた。高層ビルの22階から見える景色は高いが決して優雅なものではない。周りには同じ様な高層ビルが並んでいて、その隙間から少しだけ空模様が見える程度。聳え立つビル達の全面ガラスにお互いが反射している、コンクリートジャングル。そんな景色にすら疲れた様に珠子は表情を陰らせて、水気の残る唇を手の甲で拭った。


あと3分で休憩時間も終わる。またPCの画面に付きっきりになる時間がやってくる。浮腫みきった脹脛の痛みが増して感じられた。


「もみほぐされなかった時は、文句つけてやるから」


ぼやいてから、オレンジ色に縁取られたボタンをタッチした。明後日、11月4日18時半、ご予約が確定しましたの文字を確認してスマートフォンの画面を消す。金曜日は定時で退勤しようと心に決めて、珠子はPCの画面を点けた。

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ぜんしんもみほぐし90分 一夏 @hitonatsu-kkym

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