君にとどける花束を



「それで、学校を辞めるということですか」


「いやぁ〜……そのなんというか……一身上の都合で……」


「はい一身上の都合の都合です」


「二人とも学校辞めてニートになるんだよね!」


「ちょっとミレアさんっ黙ってて下さい!!ニートはアリスだけです!」


「なっ!!違うわよバカッ!私たち旅に出るんですカイル先生!」


今はカイル先生とアリスとフロイラインで三者面談のような形で話し合っている。

さっきまで私とカイル先生の二人で話し合っていたが、その最中食材を買い終わったアリスが家へと帰ってきた。

そして仲良く三人でお話し合いという訳だ。


時々後ろからミレアが茶々を入れてくるのがめちゃくちゃうざい。そしてその度にアリスに頭を叩かれている。


今のフロイラインの気分は災厄だ。字が違うがこの際災厄という文字でもフロイラインにとって変わらない。

最悪だ。

来るな!呼んでもいないのに!思い出の中でじっとしといてくれ。

別にカイル先生が嫌いという訳じゃない。むしろ好きな方だ。

でも……、やっぱり怖いじゃん先生に話すの。何されるかわかんないし……。


「先生怒ってます……?いきなりこんな事言って……」


「別に怒ってませんよ。フロイラインさん達が辞めると自分で決めたのなら私が口を出す権利はありません」


スラッと言った。別に怒ってる様子もない。


「なんかあっさりですね。もっとこう……色々言われると思ってました」


「ミレアさんに聞きました。フロイラインさんはやりたい事が見つかったのでしょう。それを止めるのは教師として恥ずべき事なので、私はあなた達の背中を全力で押すだけです。二人が居なくなるのは少々悲しいことですが……」


曇りない目で見つめるカイル先生。

やっぱり私はこの先生は大好きだ。純粋でまっすぐ、よく生徒を見てくれている。


「いや〜、カイルもそういう事言えるようになったんだ〜。私感動だよ〜。チューしてあげよっか?」


「やめてくださいミレアさん。生徒の前ですよ」


「いいですよ別に。先生私の裸体見たんですから。それより恥ずかしい事なんてないですよ。他人のキスなんてなんとも思いません」


「それは……、本当にすみませんでした……」


「それより知り合いなんですかお二人?」


そう言うとカイル先生は口ごもった。こんな先生は見たことがない。

さっきから、ミレアがカイル先生にもちょっかいを出しているが、全くカイル先生は微動だにしない。


だが、なんというか、そんなの事をされていても学校より雰囲気が柔らかい。

私から見ると、二人を見てると随分と仲がいいように見える。


「カイルは七燈のこと隠してるからあんまり言いたくないんだよね〜。戦塵 カイル・バーン・ライデリック君〜」


「ちょっとミレアさん!」


なんか聞こえたが、驚いたら負けな気がする

ミレアは私に嘘をついたという前科がある。これも嘘の可能性がある。

本当なら、昨日の今日で二人目だぞ。そんなポッポみたいな存在なのか七燈は。

これは聞いたら負けだ。よし、無視しよう


「カイル先生七燈なんですか!」


アリスが聞いちゃったよ。アリスがミレアの事嘘つきって言ったんでしょ。馬鹿なのかアリスは。


「アリスそんな訳……」


「はい……七燈やってます一応……」


恥ずかしそうに言う先生。

やってるんだ。


だが、カイル先生が七燈と言われても何故かあまり驚かない。そういう雰囲気があるというかなんというか、この人は学校でも一人異質だった。


「私とカイルは同じ七燈で長い付き合いでね。それで、君たちをここまで飛ばしてもらうようお願いしたんだよ。色々するためにね」


「あれミレアさんのせいですか……。この人に二度と変な事頼まないでください……、本当に……」


それであれか……、人間発射……。

先生、結構強引に引っ張って私達の事上に放り投げたもんな……。

今思うと、先生の「風は好きですか」とか全くもって意味がわからん。


「……それで、なんでカイル先生は七燈なのに学校で教師なんかやってるんですか?国は?」


「国の管理は私の妻にしてもらっています。私はこれからの子供たちについてやっていきたいですから、例えそれが違う国の子でもやれる事はあると思ってあの学校にいます」


濁りのない目。この人は本当にそう思ってる。

それより先生に奥さんいたんだ。


「……立派ですね。正直かっこいいです先生」


「ありがとうございます…」


カイル先生は嬉しそうに頭を下げる。

そしてその横でアホ面で見ているミレア。

まるで違う。性格以前の問題だ。カイル先生とこの人では、人としてなにが違う。


ここに居る人達全員がミレアを見る。フロイラインもアリスもカイル先生。


「………この人は……、ダメだね……」


「ダメね……」


「私が言うのもなんですが……、救えないです……」


「うわーみんなして。普通に傷つくんだけどそういうの」


「ならミレアさん普段何してるんですか」


「うーん……、おしゃべり?」


「ほら」


「ダメね」


「救えないですね」


ミレアが膝から崩れ落ちた。なんというか……、こういう大人を見てると……、哀れだ……。


「君たち……、早く旅に出なよ……。お姉さん一人になりたいから……」


そう言うと、ミレアは寝室にこもってしまった。


「なんか……ごめんなさい。お姉ちゃんの恥ずかしいところ見せちゃって……」


「大丈夫ですよ。ああいう人だとよく知っていますから」


「なんかもう慣れた……。ミレアさんいつもうるさいし」


だいぶ静かになった。静か過ぎるほどに。

だが、ミレアがいなくなったら無くなったで静かにはなったは良いものの、二人の空気が重くなった。


それもそうだ。ここには今先生と中退生徒という、なんとも話しにくい状況が出来上がった。


ミレアがこの場に居たから、この状況で喋れていたがミレアというムードメーカーが失った今、二人は喋れない。


そもそも、この二人は進んで人として話すような人達では無い。

ミレアという話題が無くなったら、次は何を喋ればいいか二人は分からない。

その結果、どっちが次話すのかと待つ二人がいる。


「……」


「……」


「あの……」


「「はいっ!」」


「なんで……、そんな二人とも固まってるんですか……」


「いや……その、先生コーヒー入りますよね?!ちょっと待っててください、今入れてきます」


そう言ってアリスはキッチンに向かおうとした。

こいつ、私を置いて逃げる気だ。


「おいっ、貴様どこへ行く……」


「何かしらフロイライン……コーヒー入れないといけないから……」


フロイラインは、先生にバレないように必死にアリスの腕を掴み、蛇のごとく逃さない。

アリスが抵抗するが、逃がしたらここで負けだ……


「大丈夫ですよアリスさん。今はいりませんので」


「なっ……!分かりました……」


断られたか。私を置いて行こうとした罰だ。

でも、まだこの重い空気のままだ……。


「……」


「……」


「あの……」


「「はいっ……!」」


「二人は夢とかはありますか?」


意外な質問が来た。夢か……


「教師として、最後に生徒の夢は聞いて起きたいですから」


「私は……、ありますけど……恥ずかしから言いたくないです……」


「私は……、今は自分の夢がわからないです……」


「そうですか……」


私は今、夢と言う夢は持ち合わせていない。まだ自分のしたい事がよく分かってないからだ。


「……アリスの夢ってなんなの?」


「…………私は、昔から……友達を作ること……。フロイライン以外ずっと友達いないし……」


「いやぁ、アリスちゃんそれ子供の時から言ってるよね〜。何年も聞いてると、お姉ちゃんいい加減に悲しくなってくるよ」


突然現れる、一人部外者の声。

毎度の事ながら、ミレアが突然後ろにいた。なんかもう驚かなくなってきた。


「……言ってますよねミレアさん。突然後ろに現れないでくださいって……。部屋にいたんじゃないんですか?」


「アリスちゃんが友達の話してたから飛び出してきちゃった。……それでこれ今なんの話なの」


「……私達のこれからの夢の話です」


「そう……。……それでフロイラインちゃんの夢ってなんなの?」


「……分かんないです。昨日やっとスタートしたばっかりで……、自分の夢という夢が無くて……」


「……そっかー。なら自分に対してじゃなくて、人に何かをするって考えたらいいんじゃないかな?」


人に何かをする……。私が何かを……。

その時、外に映る一本の花が見えた。昔お母さんに貰って、嬉しかったあの花。

アリスに……──────────



「……私は──────────」


━━━━━


雲ひとつない……。

ただ美しくて、空が青い。掴めそうなほど広くて、握るには狭すぎる。


静かで、うるさくて、鼓動が鳴り止まない。

不思議で、怖くて、嬉しい、今はそんな私──────────



「うわぁ〜、ここから飛び降りるの……。アリス死なない?」


「大丈夫よ、私がいるんだから。」


「君たち早く飛びなよ〜。なんなら私が落としてあげようか!」


「ミレアさん辞めてあげてください。二人ともタイミングというものがあるんですから」


皆口々に喋る。

今は、崖近くで四人で最後の話をしている。ここから飛び降りればもう会えないかもしれないから、旅に出る前とは思えない程随分と賑やかだ。


「……君たち仲良くしなよ〜。喧嘩したらお姉ちゃん怒るから〜」


「いつか私の国にも来てくださいね」


だがこんな賑やかな会話も、もうすぐ終わる。


「…………それじゃあ、行こっかアリス」


「そうね……」


二人は崖の前へと立つ。ここから飛び降りたら私の旅が始まる。


「あっ……、ちょっと待って……これあげる!」


そう言ってミレアさんから手渡されたのは、日記本だった。


「なんですかこれ……」


「帰ってきた時、どんなことがあったか見たいからさ〜。色々書いてよね!」


「分かりました……」


フロイラインは日記を胸へと抱え、再び前へ出る。


「……それじゃ、Good Luck!二人とも良い旅を!」


「フロイラインさんとアリスさん。楽しんで来てくださいね」


目の前に広がって映る、青い空と緑の大地。

今まで見た事のないくらい美しい。


「よし……、じゃあいっせーのーでで飛ぼう!」


「……分かったわ」


二人は手を繋いで、足に力を込める。


「それじゃあ……」


「「いっせーのーで!」」


二人は勢いよく背中から飛び降りる。

風が体を突き抜け、私たちを祝福する。この世界が私達の門出を祝うように、風が二人を包み込む。


「気持ちぃ!アリス!」


「これっ、さいっこうねっ!!」


もう上の二人は見えない。風が私たちを下へと落としていく。


「……なんか一瞬だね」


「そうね」


二人は強く手を握り合う。今から始まるんだ……──────


「…………私さ、……夢……あるって言ったじゃん」


「そうね、……この世界にある花を集める……だっけ?」


「あれ、続きがあるの……。……アリスは花好き?」


「好きよ。フロイラインと同じくらい」


「それなら良かった……」


「何よ……」


フロイラインはさらにアリスの手を強く握る。


「私さ……昔……お母さんに一本の花を貰って嬉しかったの。その花は今でもあの家にある……。だから……次は私がアリスにあげたい。喜んでもらえる、この世界を旅して私が好きな花をアリスに……。私はアリス好きだから」


「花を……私に……?」


「うん……。でも私は強欲だから……好きな花見つけたら選べなさそうだから……」


……今から言うことは、私のエゴだ。

これは私が出来る最大限の夢で、私の押しつけの愛で、私の嬉しい事だ。


私は君の笑顔が好き。私にとっての明日のような笑顔が好き。


私は君の怒ってる時が好き。何についていつも怒ってるか分からないけど、私は好き。


私は君の目が好き。その真っ直ぐな目が好きだ。


私は君の全部が好きだ。


きっとお母さんも、私に花を渡す時同じような思いで渡していたと思う。


「─────だから……、私の最高を作るよ……。アリスに……、君にとどける花束を!」



┈┈┈ ━━━━━━











──────────申し訳ないがこれは僕の物語じゃない。


随分と長い話で、何枚ものページをめくった日記に書かれたたった1ページの話


祝福などなかった。希望なんてなかった。


この世界は皆呪われている。

それが僕はたまたま神に呪われただけの話だ。


神と言う呪いを続ける限り、誰もそれからは逃れられない。

僕も、母も、全員。


フロイライン・スターチスは、寒い夜僕を残して



死んだ──────────

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