過去との覚悟

世の中なんてものは大抵クソなもので溢れかえってる。


全部、ゼンブ、ぜんぶ


そして、私は今までそんなクソな世の中の事なんて死ぬほどどうでもいいと思ってるだろう。


私が楽しんでやっている事も、私が友達と思っている人も、本当は自分ではなんとも思っていない。

ただ私の横にある不明確なの存在。

そこに快不快がなく心底どうでもよかった。


でも実際には、こんなものは全部嘘だ。

いや、嘘だと思う。そんな事今の私には分からないから。


ただ全部が分からなくなった。あの日から私は、私が全部分からなくなった──────────




「こんな薄暗い中壁ドンとは君もいきだなぁ〜。もしかして私への愛の告白かい?それとも私のエスコートが下手で怒っているのかな?」


フロイラインは殴りそうな手を抑えて、右手でミレアの胸ぐらを掴み壁へと押しやった。


「怒ってませんよ。えぇ、怒ってません。ただ、初めて会った時からたいして面白くない人だとは思ったら、ほんとに面白くないんですもん。怒りくらい出ますよ」


必死に手を抑える。

この感じ、おそらく本当だ。こいつの言ったことに嘘偽りはない。


「ほんと……よくそんなんで王様やってますよね……。尊敬しますよ……」


「そうかい、そりゃどうも。ならそんな王様から君に一つ質問。君にとって母親とはなんなんなんだい?」


また質問か……。


「…………ただの私にとっての一人の家族。それ以外何があるってのよ」


「そうかなぁ〜?君を見てるとそうは思わないけどなぁ〜」


まただ……。また、この目だ。軽蔑と侮蔑の混じった見下した目。


「何が言いたいのよ……」


「うーん……じゃあ君にもわかるように言うと」


ミレアが不敵な笑みを浮かべる


「君の人生暇そうでいいなって事!」


「もういい死ね」


ミレアがそう笑顔で言ったその瞬間、フロイラインは腰にさしていたナイフを抜き、首へとナイフをはしらせ、血が舞う。……はずだった。

ない……。どこにもない。


消えた。確かに手に持っていたナイフがない。当たるどころか、いきなり消えた。まるでアリスが消えた時と同じようにパッと音もなく。


「お〜、怖わっ」


確かに私はミレアの首にナイフを走らせたはずだ。

確かにやったはずだ。


そんな焦っている私とは裏腹に、ミレアは冷たい顔をしながら冷静に掴んでいる手をどかし前へと歩き出しながら淡々とひとりで喋り始めた。


「君、さっきの質問覚えてる?国と国民、どっちが大事か。私はね、どっちも。何故か!それはねぇ、どっちもあれば私は幸せだから〜!単純明快っ!……これって強欲だと思う?」


「てめぇのお気持ち表明は聞いてねぇんだよ。

・・・・・お前は自分の欲を満たすために、ただお母さんを殺したのか」


「・・・うーん、それは違うかなぁ〜。昔ね、この国はちょっと色々とやばかったんだよねぇ〜。まぁその原因は君の母親なんだけどさ」


悪びれた様子もなく、ミレアは淡々と昔の事を語っていく。


「君の母親って研究者でしょ、君も知ってる通りさ、あの人ちょっと私でも引くくらい凄まじくてさ。それで国がダメになっちゃって。人は取られるは、とにかくあの人はなんでも出来たんだよ、迷惑な程に」


ミレアは悪びれもせず次々と語り出していく。


「…………いつまで続くのその話。いい加減殺したいんだけど」


「待って!ここからが本題!じゃあ、私の国に人が居なくなるとどうなるかっ!はいっ、フロイラインくんどうぞ!」


「知らん分からどうでもいい。聞いてないから黙ってろ」


「正解!そう国が無くなっちゃうんだ〜!いやー、これは大問題!」


ミレアはヘラヘラと犬でも相手するかのように、そう答えた。


「持ってる力は使わないと。実に合理的に端的に」


「そんなことのせいでお母さんはっ……!」


私がそう言うと、ミレアが睨みつけるようにこちらを向いてきた。さっきまでとは違う甘くて恐怖を覚える顔。さっきまでとはまるで違う。


明らかに雰囲気が変わった。


「君はさっき自分で言っていなかったかい?中途半端が一番ダメって。それにさ君、そんな風に言ってるけど君の本音じゃないでしょ。行動も言動も全てが君の言葉じゃない」


「…………」


フロイラインは何も答えない。答えれない。


「…………はぁ〜、君がすっごい怒ってるっていうのはよくわかる。でも私はさ、この国が大好きなの。愛してやまない私の国。皆が明るくてこんな私がいる国。そんな国が大好きなのだから、この国と人のためなら私はなんだってできる」


そう、私に言ったミレアの顔は真剣だった。それは嘘偽りのない彼女の本当の本音。それは彼女を、言葉を見ていればよくわかる。


ミレアはこの国のために、この国の人のためにやった。

それは私がいくら怒っても、この国と人にとっては最高の選択だったに違いない。この国に誰もミレアを問い詰める奴なんて居ない。


なら私は、今から何をすればいいんだ。個人の感情で何をすればいい。


なら、私は今から誰に刃を向けなければならないんだ。どうやって今血を流せば、過去の血は晴れるんだ。


なら私は、誰を恨めばいいんだ。

私は・・・、私をどうやって作ればいいんだ。

そう自問自答する答えに、私は返してくれはしなかった。


「私たちは友人だったんだよ?悲しくないわけないじゃん。私は私を貫いた結果だから私は全てを受け入れてるつもり・・・・・、ってこんな事君に言っても分からないか。」


私に対する哀れみの目。私はその返答にただ、暗い夜の中当たらない拳を振るった。わけも分からずただ必死に、勝手に手を動かしていた。

フロイラインは自分が分からない。


私は一体何に対してこんなにも怒っているんだ。

母を殺された怒り。それもある。

だがフロイラインはそれとは違う何かがある。

フロイラインはそんなことも分からずただ必要に拳を振るった。


考えようとしても、頭に出てくるのは私じゃない言葉。

いくら考えても、いくら時間が経とうと結論は出ない。

怒っても、いくら悲しんでも出てくるのは頭の後ろにいる誰かの声。


そんな事を考えている時にはもうフロイラインはミレアへの攻撃止めたていた。もう動かす意味も分からなくなってきた。


「なんかもう……、いいや どうすればいいのかわかんない……」


フロイラインは空を見上げながら立ち尽くした


「ねぇ、ミレア……。私って今は何をすればいいの…」


「知らないよ。目の前にいる仇を壊れるまでぐちゃぐちゃになるまで壊せばいいんじゃないかな」


「したいよ・・・」


「ならその足で、手で足掻きなよ。足掻いて足掻いて、いつものように誰かの真似をしてさ」


「したいよ・・・、そうしたいけど・・・、できないんだよ!手が!足が!私が!全部動かないんだよっ!お前を殺したいほど憎んでるはずなのに!全部憎んでるはずなのに!でも動かないんだよ……!」


「─────そうか、それが君の本心か。今までのは全部他人を真似た偽り。滑稽過ぎて笑えるよ……」


ミレアがどこからともなく出したナイフを手に握りしめ手を挙げる。

もういい。これで

私はこれで終わる。

立ち上がって殺したい相手に。動かない手足をもいででも殺したい相手に。

この殺人鬼を最後まで理解できないまま、お母さんのように殺されて終わる。

そういう終わりでも……、悪くない。

いいんだこれで。

目を瞑りその時を待つ……、はずだった。


体が浮いた。誰かに抱えられている。

目を開けると、小さいく私を包むように抱え、必死に走るアリスがいる。間違うはずがない。

アリスだ。


「なんで……、どこいってたのよアリス……」


「説明はあと!一旦逃げるわよ」


アリスは私を両手に抱えながら走って、ミレアからの距離が離れていく。

いくら抱えられて走っていただろうか。

しばらくして薄暗い場所へと降ろされた。

着いた場所は街灯が一つポツンとある人が誰も通らない路地裏。

フロイラインがいた場所からはだいぶ離れた距離にある。

アリスの顔を見ると疲れなど一切ないない、ただ怒りの表情があった。


「あんた何してんのよっ!だからあんな奴には関わるなって言ったでしょ!」


フロイラインはその言葉に殺意を覚えた。

アリスは私の何を知ってるんだ……。


「今更何……。急にいなくなって会っていきなり説教?消えてよ……」


フロイラインはアリスに八つ当たりするように言う。こんなことアリスに言っても意味が無い。


本当に言いたい言葉は出ないのに、フロイラインがそれを一番分かっているはずなのに自然と出ていく。


だが、アリスはそんな私を真っ直ぐと見る。

いつものように。私をちゃんとみてくれている。

そんなアリスに次第に自分が嫌になっていく。


「ごめん……、今の言葉忘れて……。・・・よし!アリス今日は何して遊ぶ〜!ってゆっても今からじゃ遅いかー!てへ!」


「……何があったのよ」


「何も無かったよ!」


「じゃあいつもみたいに馬鹿みたいに笑ってよ……」


「私は何時でもニッコニコの天才フロイラインちゃんだぜぇアリスちゃん……!」


「嘘よ」


「嘘じゃないよ……!」


「じゃあ……、なんで……そんな、笑顔を作ってまで泣いて辛い顔を隠すのよ!」


アリスが哀れみのような悲しい目でフロイラインを見る。

そんなアリスに対してフロイラインは必死に笑顔を続ける。


「そんな訳ないじゃん〜!だってほら……泣いてなんか……ないよ……!」


フロイラインは必要に作った。笑顔を、今までやってきた自分を。

私は笑顔にならなきゃいけない。

私は友達の前では絶対に笑顔を作らなきゃいけない。


そうじゃないと私は……。


その時、フロイラインは自分の顔から一粒の水が頬をつたって自分の手に落ちる感覚がした。


「あれ……、今日……って……雨…だっけ……!」


そう言うがフロイラインはもう分かっている。

目から涙が溢れ出す。

何度も何度も顔を拭うがなくならない。

何度も何度も私から滴り落ちる。

認めたくないほどに。

だがフロイラインはまだ笑顔でいる。


フロイラインはもう────────

壊れている。

あの時から今まで────



フロイラインは一瞬アリスを見てミレアがいる方へと歩き出す。

これ以上壊れないように。自分がいつものようにできるために。


「ただ……ありがとう……アリス!」


そうニコッと空へと見せた表情は誰も知らない。

でも最後に笑顔ができたのは私の最高の1ページだ。

今はもう足は軽い。手も動く。

今なら行ける。私ならいける。

そう思ってアリスの横を通り過ぎようとした時後ろから衝撃が来た。

とても暖かい。


「それ以上歩いたら殺すわよ……」


言葉とは裏腹に優しく抱きついてくるアリス。

暖かい。とても暖かい。

一瞬体が固まった。

次の瞬間にはフロイラインは泣いた。

自分の今の感情も分からないままぐちゃぐちゃに心がなりながら泣いた。

ただ安堵すら覚えるアリスの胸の中で子供の頃のように必死に泣いた。


「まだ何があったか聞いてないんだけど」


アリスが優しく問いかける。

それからはもうフロイラインは本音しか口から出なかった。


「お母さんを殺したやつを見つけた…」


「そう……。で、フロイラインはどうしたいの……」


アリスが問いかけるがフロイラインは答えない。

答えれない。


「分かんないよ、そんなの……殺したいにきまってる……」


「それは本音?」


「違う……、本当は……殺したくなんかない……!私は人が死ぬのが何よりも怖いんだよ!私が殺したら、私みたいな人が出てしまう……。でも……頭がわかんないんだよ……もうわかんないんだよ……」


フロイラインは怒りにも感じる声で言う。

頭の中がぐちゃぐちゃしている。


「私は……お母さんが大好きだった……!」


皆は知らないだろう。親がいる気持ちを。


「知ってる……、いつも嫌ってゆうほど聞かされたわ……」


「あの日常が……大好きだった……!」


皆は知らないだろう。日常なんて簡単に壊れてしまうことを。


「知ってる……、いつも楽しそうに話してたもの……」


「だからだよっ……!お母さんが大好きだった。あの時間が一番楽しかった!何もかも!お母さんがいて私が!皆がいるあの時間がっ!だからあの日常が戻るなら……、そう思って私に出来ることは全部やった……。お母さんの真似をして、面白くもない研究を夜遅くまでして、私という存在を無くして……」


そうだ。私にとってお母さんは神様にも等しかった。

だから、子供の頃はいっぱいお母さんの真似をした。

お母さんの好きな事は私も好きになった。

お母さんのする事は何でもした。

なんだってやった。たった一人の親なのだから。

でも勝手に死んだんだ。私を残して。


皆は知らないだろう。小鳥は親鳥が居ないと何も出来ないんだ。


だが、最初からそんな親が居なければこんな事を考えることすらなく死ねるんだ。むしろ幸せだ。


でも、私の場合は違う。親がいた。お母さんがいた。

でも、一番かまって欲しい時に、一番愛して欲しい時にお母さんは消えたんだ。私の前から。


知ってるか。中途半端に育てられた奴は何もされてないやつより何も出来ないんだ。

愛され方をよく知っているから。


だから私は私なりに頑張った。あの日常を戻すために。

頑張って頑張って頑張ってがんばってガンバッテ。

その結果、残ったのは壊れた私と頭に映るお母さん。


このまま逃げようかとも思った。逃げれる人は強いよ。何もかも忘れて逃げる勇気。私にはそんな事出来なかった。私は……、いい子だから。


そして、結局何もできなかった。なにも報われなかった。

だから私はお母さんの真似をした。小さい頃よくやっていたように。


意味が分からないだろう。何故こんな事をしたかって。

私にも分からない。その時にはもう私は壊れていたんだから。

多分、幸せにでもなれると思ったんじゃないかな。破滅しかないとわかっていても、それにすがるしかなかったんだと思う。


なんでそんな思考回路をしたかなんて思い出せない。今更思い出したいとも思わない。

でも、そうゆう風にやったら気分だけは晴れた。

人と関わって、明るくなって。

でもやっぱり苦しかった。


全部私のせいにするのやめて欲しい。全部私の手柄にするのやめて欲しい。それは、私じゃないんだから。


不愉快。

私が今聞きたい言葉はそれじゃないし、そんな言葉望んでない。

いつもそう思って続けてた。


「そう……。それで……、今まで楽しかった……?」


「今の話を聞いてそう思うなら……君は馬鹿だよ……」


「そうね、今までそんな事だろうと思っていたけど助けれなかった私は馬鹿だわ」


「え……」


フロイラインは目を丸くした。


「気づいてないとでも思った?フロイライン、いつも無理して笑ってたでしょ。フロイラインを見てると不安になってくるわ。無理していつも無駄にうるさい声出すし、おまけに笑っているけど目が死んでる。例えるならあれね、チベットスナギツネそのもの」


「わかってるなら……もっと早く助けてよ……」


「やろうとしたわよ何度も。フロイラインが住んでる家、あれってあなたの母親が死んだ家でしょ」


「……」


フロイラインは何も答えない。


「図星ね」


そうだ。私はまだあの家に住んでいる。

あそこにいれば何かわかると思って、あの日を取り戻せると思って。

でも結局は何も分からなくてこのザマだ。


「私はあの家何回も燃やそうとしたわよ。あれが無くなればフロイラインは変わると思って」


「どうゆうこと……?」


「いつも理由つけて燃やそうとしてたじゃない。昨日の朝だって」


昨日の朝……。

確かに、私が遅刻したから家を燃やそうとしてた。

その日以外も、何かに難癖をつけては家を燃やそうとしてた。


「野蛮人じゃん……」


「あなたを助けられるならそう呼ばれてもいいもの。これから先もあなたが助けて欲しいなら助けるから」

「友達なんだから」


「ふっ、何それ……」


「やっと笑ってくれた。フロイラインはそっちの方が可愛いわよ」


そうだ悲しんでなんていられない。私は前に進むんだ。


「ありがとう……アリス、助けてくれて。もう……大丈夫!フロイラインちゃん今から復活するよっ!」


そうだ、私はもう大丈夫だ。

今からは、どうなるか分からない物語を一人で作っていかなくちゃいけない。

でも、アリスは大丈夫と言ってくれた。

今から始めるのは私のプロローグ。存分に楽しんでいこうじゃないか!


「よし……、始めようか!」


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