二十八 広場とひとりごと

 はじめて来た場所のような気がした。でも、確かに覚えている場所だった。

 芒村すすきむらにたどり着き、羽衣座はごろもざが最後の公演をした広場に来た。二年ぶりだった。二度と来ることはないはずだった。

 木々に囲まれた広場には、誰もいない。空気は、軽かった。ひっそりと静かなだけで、重苦しくはなかった。ゆっくりと見まわして、奥に大きな石が置かれているのを見つける。皓夜こうやは広場に足を踏み入れた。

 近づくにつれて、その石がなんなのかがわかった。いびつな山のような形をした石の足元には、花束が置いてあった。竹皮の包みと、水筒もある。

 皓夜は石の前にひざまずいた。目を合わせるみたいに、石を見つめる。自然そのままのようなかたちの石は、ああ来たのかと迎えてくれているみたいにも見えた。

 そっと手を伸ばして、触れた。ざらざらしてごつごつして、少しひんやりしている。目を閉じると、まわりの空気に意識がとけだしていく気がした。


 来たよ。

 来ました。

 もう来ないって、思ってた。

 来ようなんて思ったこともなかった。

 でも来てしまったよ。

 言いたいことがあるんだ。

 おれは。


 目を開けると、さっきと何も変わらない景色が見える。そっと石から手を離す。

「皓夜兄ちゃん」

 振り返ると、いちたかが少しうしろでのぞき込むように首を傾げていた。由良ゆらはかすかに微笑んでいた。

 いちたかの手には花が四輪握られていた。淡い紅の花弁に、やわらかな緑が添えられた撫子だった。そっと皓夜に渡してくれる。皓夜はその可憐な花たちを受け取って、石の前に置いた。

 ふたりが皓夜のうしろにしゃがんで、手を合わせてくれる。皓夜はもう一度石に触れて、そっと撫でた。

 ざらざらして、ごつごつして、ひんやりしていた。それでもいいと思った。

 ふと、水の流れのような声が小さく、何かをつぶやく。振り向くと、由良はまぶたをおろしていた。歌い出していた。

 それは三年前にはやった曲だった。羽衣座でも演奏していたものだ。皓夜がはじめに吹けるようになった三曲の中のひとつ。誰が言い出したのかわからないどことなく陰気な歌詞だが、調べはずいぶん朗らかな曲だ。

 でも由良の澄み切った声で紡がれるそれは、その場の空気を集めてそっと抱きしめるように、おだやかだった。もういないひとたちを、静かに思い出しているようだった。はかなげで、切実だった。

 遠いとおい星の、かすかなまたたきに出会ったのに、すぐに見失ってしまったような。でも確かにそこにあったのだと、目を凝らして捜して、でももう、見つけられなくて、どうしようもなくこいしくて。

 いちたかが皓夜の隣に来て、真剣な表情で石を撫で始めた。

 皓夜は腰の袋から笛を取り出した。由良の歌にあわせて、笛を吹く。空気の中に重なる音がとけていく。

 吹き抜けるすずやかな風にこたえて、さわさわと木の葉がささやいている。夏の色よりも少しやわらかな青の、空が見えている。秋なのだと、感じる。みんながむかえるはずだった、秋なのだということが、身に染みる。

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