第5話 ジャックと悪霊達
「坊っちゃん、いよいよ今夜ですね」
「ジャックは怖くないの?」
「むちゃくちゃ怖いですよ。今から実家に帰っていいですか?」
「えっ?」
この期に及んでも冗談を飛ばすカボチャ頭に、聖は緊張感をそがれていく。この日を乗り越えるための備えは、瑞希からの仕送りによってしっかり対策が出来ていた。ただ、それはジャックがしっかり使命を果たす事が前提のもの。
当日に至ってすらカボチャ頭の雰囲気が全くシリアスモードでない事に、聖の不安は膨らむばかりだった。
「今夜が正念場なんだぞ。しっかりしてくれよ」
「どうか私にお任せを。坊っちゃんは泥舟に乗ったつもりでいてくださいね」
「何だよそれ! 不安しかないよ!」
ジャックはまたクククと御馴染みの含み笑いをすると、暗くなっていく窓の外を眺める。この時間はまだ異変はほとんど感じられなかった。夕食を済ませ、街のハロウィンイベントも終わった頃、ついに山田家の周りにどす黒い不穏な気配が漂ってくる。どうやら招かざる悪趣味なお客さん達が集まってきたようだ。
窓の外を眺めていたジャックは、その時が来たとばかりに作り物の目をニタアと歪ませる。
「ようやく本命のお客さん達が現れたようです。私、ちょっと行ってきますね」
「ジャック! 大丈夫なの? あんなにヤバいのが沢山……」
「安心してください。何のために私がここに来たと思っているんですか。今夜のためですよ。私の華麗な活躍をそこで見ていてくださいね」
いつもと変わらないテンションのまま、ジャックは口笛を吹きながら陽気に玄関から外に出ていった。何なら軽くスキップをするくらいの緊張感のなさだ。聖は平静を装うカボチャ頭がどうやって悪霊を退治するのかを固唾を飲んで見守る。
「お母さん、ジャックって強いんでしょ?」
「そうよ。あなたは知らないと思うけど」
「勝てるかな?」
「ジャックを寄越した父さんを信じましょう」
外に出たジャックはくるりと振り返ると、自分の姿をじっと見つめている親子に向かって投げキッスを飛ばす。
「それでは山田家の皆さん、さようなら~」
その声は2人には届かなかったものの、付き合いの長かった聖は彼からのメッセージを何となく理解出来ていた。それは目覚め始めた霊能のなせる技だったのかも知れない。
「あいつ、相変わらずふざけてるよ」
「でも、いつも通りなら大丈夫って事でしょ。見守りましょ」
「うん」
その頃、ハロウィンによって開かれた異界の扉から無数の悪霊が山田家前に集まってきていた。敢えて結界に弱い部分を作った事で、悪霊は1ヶ所にまとまって現れる。その光景は、見える人から見たらまさに百鬼夜行そのものだった。
当然、元から見える聖にもそれはハッキリと視認出来ている。彼はこの異様な状況を前に、ギュッと手に力を込めた。
「ジャック……死ぬなよ」
彼の願いが届いたかどうかはともかく、ジャックは軽くステップを踏みながら
「やあやあ皆さん。今夜はようこそお越しくださいました」
「お前、よくあの家に潜り込めたな」
「はぁ? 何の事でしょう?」
悪霊の1人、身長が3メートルほどもある青い半透明の大男がジャックに詰め寄る。大勢やってきた悪霊達の先頭に立っているのもあってかなりの実力者に見えるものの、対峙するカボチャ頭は全く動じない。
「お前も俺達と同類だろう? エクソシストに取り入って油断させるためにあいつらの仲間の振りをしたんだよな。さあ、俺達を案内してくれ。今なら無警戒で楽勝で息子の魂を食べられる。久しぶりのご馳走だ。今夜は夜通し騒ごうじゃねえか」
「いやいや、そう言うのはやめましょうよ~。一応私の役目はあなた達にあきらめてもらう事ですので」
ジャックはステッキをくるくると回して悪霊の要求を拒否。ついでにいつものようにクククと含み笑いをしたので、当然のように目の前の悪霊達は秒でキレる。
「お前、裏切るのか?」
「こいつ、きっとあの息子を独り占めにしようとしているんだぜ」
「ゆるさーん! やっちまえ!」
目の前の同類が自分達の敵であると認識され、ジャックは集まった百に近い数の悪霊共に速攻でボコボコにされる。いくら本人に実力があっても、数の力には勝てないのだろう。カボチャ頭は反撃する素振りすら見せず、やられ放題のサンドバッグ状態。
そのヒドい集団リンチの光景は、窓から眺めていた聖にもバッチリ見えていた。
「ジャックやばいよ! あのままじゃ……」
ジャックのピンチに、聖は助けに向かうために体の向きを変える。しかし、一緒に見守っていた百花がすぐに彼の腕を掴んだ。
「ダメ。ジャックは今夜のために家に来たのよ。あの悪霊達の目的はあなたなの。だから出ていっちゃダメ。ジャックならきっと役目を果たしてくれるわ」
「役目ってなんだよ! あのままにしておけないよ!」
「今夜の間だけ持ちこたえられればいいの。ジャックならきっと耐えられる。それに今のあなたじゃ何も出来ないわ」
百花の目は真剣だった。その強い意志を感じ取った聖は改めて窓の外の光景を眺める。しかし、状況は何も変わってはいなかった。
確かに、悪霊達はジャックに暴力を振るう事に夢中になってその場所に留まったままだ。状況が変わらないと言う事は、あの中でずっと彼は耐え続けているのだろう。
ジャックの意識がなくなれば、今度の標的は家に引きこもっている聖に向かう。だからこそ、ボコられながらも必死に足掻いているはずだ。
大量の悪霊を相手にその場に留まらせるための、これが彼の考えた最良の作戦なのかも知れない。それはあまりにも自己犠牲が過ぎていた。
「でもほっとけない!」
「ちょ、きよ君!」
聖は今度こそ母親の静止を振り切って家を出る。ジャックをあのままに出来なかったからだ。今の彼は退魔の力を持たない。けれど、ジャックを助けたいと言う思いが恐怖を打ち消し、勢いで無計画なまま聖を走らせるのだった。
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