第4話 ジャックと花火とやってきたハロウィン
聖のエクソシストの力は15歳の誕生日までは目覚めない。今はただ悪霊が見えるだけ。そしてその悪霊も、昼間の舞鷹市では月に一度目にする事があるかどうか。悪意のない霊も見えはするものの、そう言う霊体は主張が弱いのもあって、彼にはほぼ感知出来ないのだ。
エクソシストの一族に生まれたからこその、霊能力の特質でもあった。
聖は家で飄々とした態度を崩さないカボチャ頭の行動を真剣に観察する。ジャックは見られている事を意識しながら、家事を手伝ったりソファに寝っ転がってくつろいだりしていた。
「ジャック」
「はい。何でしょう?」
「お前、僕を守るために来たって言ったよな? どのくらい強いんだ?」
「ほう、ついにそこに気付きましたか」
ジャックはソファから立ち上がると、腕を曲げて筋肉を見せるポースをする。ジャックの体は外側の皮に霊体エネルギーを満たした風船みたいなもの。なので、必要最低限の体積しか持たない。
つまり、腕を曲げたところで筋肉が膨張する事はなかった。
「こんなところです」
「全然筋肉ないじゃないか!」
「まぁ私の体は筋肉で出来ていませんので」
「無意味なポーズやめろ!」
またからかわれていると感じた聖は普通にキレる。ジャックはクククといつものリアクションを取りながら聖に向けて手をかざした。すると、彼は何かの力を感じてコテンと倒れる。
「筋肉はないですけど、こう言う事は出来ます」
「そ、それが悪霊の力か?」
「いずれ坊っちゃんにも使えるようになりますよ」
倒れた聖は強い重力を感じて立ち上がる事が出来ない。その力はジャックがその場を離れても残り、30分ほど持続する。軽い力の行使でここまでの事が出来る彼の実力を実感した聖は、その力に軽く恐怖を覚えるのだった。
お盆になっても帰らなかった瑞希は、変わりに大きな小包を家に送っていた。その中に花火セットがあったので、その夜は家族でプチ花火大会をする事になる。
「坊っちゃん、やっぱり夏は花火ですね」
「実は僕、こう言う花火は初めてなんだ」
「おや? 毎年花火が贈られているものかと」
「父さんはいつも違ったものを送ってくるんだ。今までは母さんと2人だったから」
ジャックは指を顎に当ててフムフムと意味ありげに頷く。とにかく今年の夏は花火を楽しむべしと言うミッションが与えられたと言う事で、山田家は日が暮れてから庭で花火を楽しむ事になった。ちなみに、そのセットは何か特別なものと言うものでもなく、ホームセンターとかで売られているような市販の花火セットといくつかの特殊な花火。
適当に取り出した花火に火をつけると、すぐに火花が飛び散り聖の目はキラキラと輝いた。
「うわっ、すっごい」
「楽しいですね~。坊っちゃ~ん!」
「うわっ、ジャックすげえ!」
ジャックは両手に花火を持つと華麗に振り回して場を盛り上げる。そのアクションはまるでヲタ芸のようだった。いや、それは確かにヲタ芸だったのだろう。地下アイドル現場などでよく見られるやつだ。
今までそう言うアクションを見た事のなかった聖は、派手に動き回るジャックを見て盛んに拍手をしていた。
花火が初めての彼は、袋に入っている花火を次々に点火させていく。真夏の夜を派手に彩る火花と音は、庭を一時的な異世界に変えていた。あっと言う間に普通の手持ち花火を遊び終え、ヘビ玉などの変わり種花火も終わり、最後に残ったのは定番の線香花火。
パチパチと静かに弾ける火の花をじいっと眺める地味な展開に、聖もまた心を落ち着かせていく。
「派手な花火も良かったけど、やっぱ最後は線香花火だなあ」
「落ち着きますよね」
「そうだ……って、ジャック、燃えてる燃えてる!」
「およ?」
なんと、さっき派手に花火を振り回していた時に、自慢のカボチャ頭に火が燃え移っていたようだ。元々がかぼちゃの作り物とは言え、そこは悪霊が宿った特別仕様。花火程度の火花で燃えるはずがない。
当然、わざと燃やしていたのだけれど、聖にそれが分かるはずもなかった。彼はすぐにバケツの水をジャックに浴びせる。
「ダメじゃないか。自分の体をもっと大切にしろよ」
「これは坊っちゃん、有難うございます。しかしずぶ濡れです、これでは風邪ををひいてしまうかも」
「悪霊も風邪をひくの?」
「あはは。確かに。私は風邪とは無縁でした」
ジャックは自分の頭をペシペシと叩いておどけてみせる。この2人のやり取りを百花は優しく見守っていた。
やがて8月も過ぎ、夏休みが終わった聖はまた学校に通い始める。少しだけ明るくなった彼は、今度こそ友達が出来るかも知れない。ジャックはそんな期待を胸に秘め、高くなっていく青空を見上げていた。
9月と言えば台風のシーズンでもあるものの、強力な結界に守られている舞鷹市に自然災害は全く襲ってこない。山田家を襲う悪霊達もまだまだ弱いものが多く、就寝中の聖が気付く前にジャックが全て対処していた。
そうして、ハロウィン当月の10月がやってくる。ジャックはいつもの軽薄な調子のままだったものの、聖はハロウィンと言う最後の試練の時を間近に控えて日に日に緊張感を高めていた。
「なぁジャック」
「はい? おやつはもう食べたでしょう?」
「そうじゃなくて! お前、ハロウィンが終わったらいなくなるのか?」
「そうですねえ……集まった悪霊次第でしょうか? 雑魚しかいなかったら大丈夫かも知れません」
彼の心配そうな声に対して、カボチャ頭はいつものようにおどける。しかし、今回のハロウィンに集まるであろう悪霊はこれまでの低レベルのものとは訳が違う。去年までなら、街の強力な結界と父親が家に戻る度に仕込んでいた浄化術式で聖を狙う悪霊から守る事が出来ていた。
それはまだ彼が幼かったからでもある。大物悪霊達はまだ待っていたのだ。
力の目覚めを目前に控えた14歳の最後の日の聖こそが、悪霊達が求める最高のご馳走だ。今年のハロウィンでは、どんな大物悪霊がどれだけの数集まって彼を狙ってくるのか皆目見当もつかない。
だからこそ、その最大のピンチを乗り越えるためにジャックが山田家に使わされた。瑞希が用意した切り札だ。
「ジャックは僕を守るために来たんだろ? その命を懸けて……」
「何言ってるんですか? 私も死ぬのは嫌ですよ。だからヤバくなったら逃げますからね」
「ちょ……」
「坊っちゃんもその時は自力で何とかしてくださいね~」
ジャックはまたいつものようにおどけると、用事があるからと言って聖の前から姿を消す。カボチャ頭の軽口が本音でない事は、一年間ずっと一緒に過ごしてきた彼にはお見通しだった。
「ジャック……」
その後も嵐の前の静けさのように何事もなく日々は過ぎていき、ついに10月31日を迎える。この日の夜が異界の扉の開くハロウィンだ。今夜だけは舞鷹市の霊的な結界も意味を成さない。
聖を狙う大量の凶悪な悪霊達と、彼を守るジャックとの最後の戦いがもうすぐ始まろうとしていた。
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