第3話 ジャックと聖14歳の夏

 季節は春を過ぎ、そのまま夏がやって来る。聖の14歳の夏は特に何もない。何故なら、友達を作らないようにしていたからだ。この街で10年も暮らしているのだから、クラスに知り合いがいない訳ではない。ただし、あまり深く付き合わないようにしていた。

 だからこそ、定番の中高生の夏イベントも彼にはほぼほぼ無縁だった。


「坊っちゃん、友達と遊んだりしないんですか~?」

「1人がいい。霊感があるってのもイジられる元だし、気の合うやつもいないから」

「それは坊っちゃんが深く関係を作ろうとしないからですよ。自分から飛び込まないと友好関係は築けませんよ?」

「簡単に言うなよ。今更話しかけるきっかけも思いつかないよ」


 聖のこの軽い悩みに、ジャックは腕を組んで視線を天井に向ける。自分の事について真剣に考えてくれるこのカボチャ頭に、聖は珍しいものを見るような眼差しを向けていた。


「何ですか?」

「お前、本当に変わってるよな。まるで人間みたいだ」

「そりゃ、私も元人間ですからねえ。人の心くらい分かりますよ」

「あ……そっか」


 悪霊は悪い事をしていた人間が死んだ成れの果て。父親から聞いていた事を思い出した聖は、目の前のカボチャ頭を今まで人間扱いしていなかった事を少し反省する。室内が不自然な沈黙に包まれ、少し空気が重くなった。

 この静寂を、何か閃いたらしいジャックがその軽薄な声で打ち破る。


「そうだ! 友達を家に呼ぶのはどうですか? 私、しっかりおもてなし出来る自信がありますよ?」

「お前みたいなのを他人に見せられるかーっ!」


 ドヤ顔のジャックに聖はキツいツッコミを入れる。提案を却下されたカボチャ頭は、またいつものようにクククと不気味に笑いながら彼の部屋から出ていった。



 夏と言えば夏休み。人との接触を極端に控えている聖は、当然引きこもりの日々を送っていた。ずっと家にいるためにジャックとの接触も多く、おかん並みにお節介を焼いてくるカボチャ頭に彼は辟易していた。


「坊っちゃん、ちゃんと宿題はやってますか?」

「やってるやってる。構わないでくれよ」

「そうは行きませんよ。坊っちゃんには健全に育って欲しいんです」

「あーもう!」


 リビングでテレビを見ようとしていた聖は、イチイチ口を挟んでくるジャックに向かって声を荒げる。その後、興奮したまま自室へと戻っていった。感情のままにドアを閉める音が強めに響き、その様子を見ていた百花も心配そうな表情を浮かべる。


「やっぱり、ずっと家にいるように言ってきたのが良くなかったのね」

「ほう。そう言う事でしたか」

「あの子、いつ悪霊に狙われるか分からないから。この家の敷地内なら安全だし、つい口に出してしまっていたの。あの子が幼い頃の話なんだけど」

「きっと坊っちゃんも素直になれないのでしょうな……」


 ジャックは顎に手を当てるとふむふむと何度かうなずく。14歳と言えば思春期に入っていてもおかしくない年齢だ。父親の瑞希はこの2年ほど家には戻ってきていない。難しい時期に父親が不在と言うのも、成長期に与える影響は大きいのかも知れなかった。

 ジャックは、自分が聖の心の支えになろうとぐっと拳を強く握りしめる。


「坊っちゃーん、おやつを食べましょう」

「置いといて。後で取りに行くから」


 リビングでの1件以降、聖はジャックを避けるようになっていた。どこかのタイミングでばったり会っても言葉は交わさない。ずっと家にいる以上、居候のカボチャ頭との遭遇率は高いのに。冷戦状態が続いている2人の間の奇妙な空気は、母親を心配させるのに充分なものがあった。

 しかし、この状態をヨシと思っていないのはジャックも同じ。彼は殻に閉じこもった聖の自室にスーッと入り込む。


「1人で何やってんです?」

「うわああああ! なんで?」

「私に鍵なんて無意味ですよ。別に結界もないですしこの部屋」


 壁抜けをしたジャックに聖は大声を上げる。部屋に閉じこもっていた彼はエアコンをガンガン効かせながらスマホでゲームをしていた。この予想通りの展開に、ジャックは軽くため息を漏らす。


「夏休みを満喫してますねえ」

「嫌味かよ!」

「いえいえ。ゲームは面白いですか?」

「ただの暇潰しだよ」


 聖はベッドに飛び込んで枕に顔を埋める。プライベートな空間にいきなり踏み込んだのだから当然の反応だろう。ジャックはまたクククと笑い、その態度に彼はキレた。


「何の用で来たんだよ! 出てけよ!」

「そうそう、これを持ってきたんですよ」


 ジャックはそう言うとスイカを差し出す。食べやすく切り分けられたものではなく、スイカそのもののようだ。ちらりと視界の端に入れた聖はガバリと起き上がった。


「なんでスイカをそのまま持ってきてんだよ! この部屋で切るのかよ!」

「よく見てください、ちゃんと切ってますよ」


 ジャックの言葉に注目すると、そこには三角の目と大きく開いた口が。ハロウィンかぼちゃ仕様のスイカだったのだ。


「これ、ジャックが?」

「ええ」

「器用だなぁ」

「何なら、こう言う事も出来ますよ?」


 ジャックは自分のかぼちゃ頭をテーブルに置くと、加工されたスイカを頭部に据える。かぼちゃからスイカに変わったその変化に違和感がありすぎて、聖は笑いをこらえきれなかった。


「あはは、何だよそれ」

「かぼちゃは器でしかないので、移し替えればこう言う事も出来ます」

「やめてくれよ。おかしすぎる」


 腹を抱えて笑う彼を見たジャックは、あっさりと頭をかぼちゃに戻す。聖はすぐにスイカに視線を移した。そこで、このスイカの中身がそのままな事を確認する。切り抜いたところから覗く新鮮な赤い果肉を目にした彼の空腹中枢が反応した。


「ところでそのスイカ、冷えてるの?」

「やっとそこに気付かれましたか。では早速切り分けましょう」


 ジャックはどこからともなく取り出したナイフでサクサクとスイカを切っていく。それを同じくどこからか取り出した皿の上に並べていった。食べやすく三角に切られたスイカが並び、聖はすぐにそれにかぶりつく。


「うんま~」

「お気に召して頂けたようで何よりです」

「やっぱジャックはかぼちゃが似合うよ」

「お褒めに預かり光栄です」


 こうして2人は何となく仲直り。夏休みの間も軽口を言い合える仲になる。一緒にテレビを見たり、聖の宿題をジャックが手伝ったり、一緒に庭の草むしりをしたり、家庭菜園の収穫をしたり、家事を手伝ったり――。

 そんな楽しい時間は、あっと言う間に過ぎていった。

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