第6話 目覚めた力

「ジャックをいじめるなああ!」

「おい、あれ……」

「へへ、ご馳走の方からわざわざやってきてくれるとはなあ」

「やったぜ! 今から宴だあああ!」


 捕食対象が自ら向かってきたため、悪霊達はそれぞれが歓喜の声を上げる。退魔用の道具を何も持たず、ただ無防備で突っ込んでくる少年を前に、悪霊達は一気に襲いかかってきた。


「早いもの勝ちだぜえお前らあ!」

「あ、抜け駆け禁止だろ!」

「俺が最初に喰うぜぇぇ!」


 悪霊達は今まで怒りをぶつけていたジャックにはもう何の関心も抱いていなかった。そうして、百体近いこの世ならざる者達が数の暴力で津波のように聖の前になだれ込んでくる。彼らから漏れてくるのは、夜の闇よりも暗いおぞましいほどの悪意だった。

 悪霊達は密集して溶け合い、ひとつの意志のもとで動く巨大な塊になる。それはまさに巨大怪獣だ。その状況を前にしても聖は全く引かなかった。強い意志で、決意を秘めた瞳で、目の前の化け物に毅然と立ち向かう。


「お前ら、みんなあっちに行っけーっ!」


 このたったの一言の叫びで、悪霊の塊は呆気なくバラバラになり、更には強い力で吹き飛ばされていく。聖の秘められた退魔の力が目覚めた瞬間でもあった。


「うわあああ!」

「嘘だろーっ!」

「まだ目覚めないはずなのにー!」

「飛んだ計算違いだー!」


 悪霊達はそれぞれに恨み言を言いながら、次元の向こう側へ強制送還されていく。不浄な存在が一掃された後、残ったのは地面に横たわるカボチャ頭だけ。初めて力を行使した聖は息切れを起こし、その場にバタリと倒れた。


「ぼ、坊っちゃん……流石です。マスターより才能がありますよ」

「ほ、本当?」


 ジャックの声を聞いた聖はヨロヨロと立ち上がり、そのまま倒れたカボチャ頭のもとに歩み寄る。百体近い悪霊達に徹底的にボコられていた彼は見事にボロボロだった。


「なんで反撃しなかったんだよ」

「あの数は無理ですよ、流石に」

「本気を出せば何体かは倒せたんだろ? 本当は強いって……」

「私はただの案山子かかしですから……」


 初めて耳にするジャックの弱音に聖が動揺していると、その作り物の三角の瞳から生気が弱まっていくのを感じ取る。この異変に、彼はジャックの体全体を見回した。


「おい、ジャック……お前」

「気付かれましたか。私も向こうに戻る時が来たようです」


 聖の見ている前で、ジャックの体がすうっと消えていく。元々彼の体は仮初めのもの。中の悪霊の力が消えればその中身も維持出来ない。ジャックの体が消えると言う事は、ジャックの力も尽き果てたと言う事なのだ。

 その事実を直感で感じ取った聖は、意識が消え入りそうなカボチャ頭に向かって叫ぶ。


「まだ行くなよ! 早いよ!」

「でも今夜はハロウィン。約束の日ですからねえ……」


 ジャックがそうつぶやいた後、彼の目の光は消え、呼応するようにその体を消していく。そうして、ハロウィン仕様のかぼちゃの頭だけがぽつんと残った。霊感があるからこそ、聖はその事実を素直に受け入れ、かぼちゃを持ち上げて抱きしめる。


「ジャック、今まで有難う。さようなら……」


 聖はしばらく星空を見上げる。都合良く流れ星は流れなかったものの、満天の星空を眺めている内に不思議とスッキリとした開放感が彼の心を満たしていった。

 満足するまで星空を眺めた聖は、かぼちゃを抱いたまま家に戻ってくる。その様子を見て全てを察した百花は、かぼちゃごと息子を優しく抱きしめた。


「きよくんもジャックもよく頑張った、すごい、偉い!」

「有難う、母さん。もう寝るね」

「力を使って疲れたもんね。おやすみ」


 部屋に入った聖は机の上にかぼちゃを置いてベッドに転がり込む。初めての力の行使で極度に疲労が溜まっていた彼は、秒で眠りについたのだった。


「う~ん……ジャック~……」


 泥のように眠りに落ちた聖は、いつも目覚める時間を過ぎてもまだまだ深い夢の中。その時、何とも気持ち悪い、それでいて懐かしい気配を感じて彼はパチリと目を覚ました。


「ジャック?! って、そんな訳ないか……」

「いえ。私ですよ、坊っちゃん」


 そこには、すっかり体を生やした見慣れたカボチャ頭が。もう二度と復活しないと思いこんでいたジャックがそこに立っている事に、聖の認識はバグってしまう。


「お、おま、帰ったんじゃなかったんかーい!」

「ちょっとしたジョークですよ~」


 ジャックはそう言うと、クククと御馴染みの含み笑い。またしてもからかわれた事に怒りが込み上げてきた聖は、この軽薄なカボチャ頭に迫る。


「そう言う悪趣味なのはやめろ~!」

「でも、安心したでしょう。坊っちゃん、とてもニコニコしていますよ」

「う、うるさぁ~い!」


 おどけて逃げるジャックを、顔を真赤にした聖が追いかける。そんなドタバタ劇を見て、百花はクスクスと笑うのだった。



 目覚めたとは言え、今の聖はまだまだ未成熟。上手く力を使いこなす事すら出来ない。ジャックはそんな彼に能力の使い方をコーチをするため、山田家に残ったと言うのが真相らしい。

 ジャックと聖、2人のからかいからかわれる愉快な日々はまだまだ続くようだ。



(おしまい)

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