第3話

「あれ? 秦軍が撤退?」


 陣を引き払っている?

 なんかあった?

 密偵を放つと、全員戻って来た。警戒はしていないらしい。

 本当に撤退みたいだ。


「う~ん。この時代に、嘘の撤退ってあったっけ?」


 でも、兵法書を書いた孫臏そんびんは、過去の人だな~。あの撤退が、本当かどうかも分からない。


「趙括将軍! 今こそ追撃すべきです!」


「あ~、追撃はなしね~。それよりも、上党へ行くんで、準備してね~。復興っていうか、侵攻になるのかな? 土地を取り返さないとね~。そうしないと、国民から総スカン食らうよ~」


「「「えええ?」」」


 上党は、今回の戦争の原因となった土地だ。奪い返さないといけない。

 そうしないと、趙国に逃げ込んだ元韓の民が納得しないだろう。


 そう、本当の趙括は、目的を履き違えていたんだ。



 一ヵ月後、趙国の領土から秦軍が撤退した。

 魏国に矛先を向けたらしい。

 まあ、そうなるか。白起将軍を起用して、秦の宰相范雎はんしょの策も上手く嵌まらなかった。

 秦国としては、遊ばせておくより他の土地に進軍した方がいいよね。


「魏国は、『戦国四君』の信陵君がいたよな~。でも、白起将軍の方が戦上手なんだよな~」


 まあ、まだ戦国時代が終わっていないので『四君』とは呼ばれていないだろうけど。

 俺も食客を三千人抱えれば、『五君』になるかもしんないし。


「楚国と韓国は、震え上がっているんだよな~。合従軍は、渋るんだよな~。あれ? 長平の敗戦は避けれたけど、状況は変わっていない?」



 その後、将兵だけを残して、俺は一度帰ることにした。

 王様に報告しないとね。

 王宮に着いたら、いきなり謁見だった。


「なんで、攻めなかったばい?」


「平地で戦えば、兵士数が数倍でも負けていた可能性があります。でも、白起は魏に向かいました。今から上党に向かい土地を奪い返したいと思います」


「それよりも、魏国から援軍の要請が来とるとよ? どうすっと?」


 あれ? 魏国から?

 歴史が変わってんじゃん。



 とりあえず、返事は保留にして貰った。

 実家に帰ると、母親が抱きついて来た。


「流石、趙奢の息子です。信じていましたよ、括!」


 嘘つけ~! あんたの行動は、歴史書に残るんだぞ! 息子を1ミリも信頼してなかったじゃん!

 ごほん……、落ち着こう。


「来客があると思います。もてなしの準備をお願いします」


「それなのですが、廉頗将軍がずっと待っていますよ?」


 客間に移動すると、廉頗将軍が食事していた。この爺さん、大食漢なんだよな……。何人分食ってんだよ。


「おう、趙括! 待っておったぞ!」


「とりあえず、防衛戦で秦軍を防ぎました。無傷の将兵が45万人残っています。ここからだと思います」


 固い握手を交わす。

 親子ほど年の離れた戦友ともができた瞬間だった。



「藺相如殿は、もう立ち上がれませんか……」


「うむ。もう頼れん」


 そうなると、頼れるのは、平原君と扈輒こちょう将軍、李牧将軍くらいかな~。全員、親世代だな。

 邪魔になるのは、郭開だな~。今から排除しておくか? でも、郭開が邪魔になるのは20年後なんだよな~。

 今は下級役人かもしんないし。


 そう思っていたら、平原君が来た。


「趙括将軍! 魏に援軍を送って貰いたい!」


 焦ってんのね。

 そう言われてもな~。

 そうすると、木簡を出して来た。


『姉をあなた平原君に嫁がせてるのを忘れていますか? 援軍に来てください。信陵君より』


 ……逆になっている?

 でも、歴史として変わらないこともあるんだな……。


 そう……、白起と秦軍をどうするかによって、この時代が決まるんだ。

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