バイトリーダー、バイトのことがよく分からない。

「いまいちよく分かんねーな」


 あれから10日が過ぎた。

 ジャミルとは毎日のように会って数々の検証をしてみたが、【歯車の王バイトリーダー】の全容は解明されていない。

 というか1歩か2歩くらいしか進めていないのが現状だ。

 今日もジャミルにリッズフラント邸まで来て貰い、俺の私室で恒例の研究会を開いてるけど、もう2時間近くソファに座りっぱなしの状態である。

 びっくりするくらい取っ掛かりがないんだよな。

 ここまで来ると前世の有名な科学者や発明家達は本当に偉人なんだと思わされる。

 あの方々はノーヒント、或いは先人の知恵をきっかけに、歴史に残る様々な発見をしたんだよな。

 その先にゴールがあるのかも分からない状態でさ。

 ただただ目標を目指して。きっと周囲から奇異な目を向けながら。

 答えを求めて手を伸ばし続けたんだよな。

 本当に凄い。心の底から感心する。

 そして同時に思う。

 俺には無理だよ。

 分からないことがあったらグーグル先生に尋ねちゃう世代の人間だもん。

 何かを解明するなんて無理すぎる。探求心が絶望的に足りてない。

 

「バイト状態はアルバイト中ですよーくらいの意味しかなさそうですね」


 一方のジャミルはまだまだくじけてない。

 理系らしいからね。この手の研究みたいなのが肌に合ってるみたいだ。今も分厚い本を膝に置いて目を忙しなく動かしてる。


「だな。バイト状態で【初雪草の葉ユーフォルビア】を使って貰ってもステに変化はなかったし」


 今現在で新たに判明してるルールは5点だけ。

 1:ジャミルから何かを頼まれると【歯車の王】が反応する。

 2:バイト状態は依頼を達成するか、クリアを諦めないと解除されない。

 3:バイト状態になっても特に何の恩恵も感じられない。

 4:バイトは1日1回しか受けられない。

 5:同じ内容のバイトは受注できるが、クリアしても報酬を得られない。


「依頼主になれるのが自分だけというのもよく分かりませんよね」

「やっぱバイトの概念を知ってるかどうかなんじゃねーの」


 ルージュ、ジジイ、ネルミーナに事情を説明した上で依頼を出して貰ってみたが、【歯車の王】は無言を貫きやがった。

 一応はジャミルが『アルバイトという古代語がある』と嘘を吐いて仕組みを説明してみたのに、いまいち伝わってる感じがしないんだよな。


「ですけど兄上のバイト状態ってあっちのバイトと違いますよね?」

「時給が発生しないしな。現状、完全歩合制だけど、日本の法律で言えば違法だし」

「しかも条件次第で報酬ゼロになりますからね」

「労基に突撃待ったなしだよな」

「ですです。やっぱりシステムで言えば冒険者ギルドのクエストに近いですよね」

「だな。クエストと違ってバイトをキャンセルしてもペナルティはないけど」

「そうやって中途半端に似通ってるせいで説明が難しいんですよね」

「この世界にない言葉を使わないと一から十までの解説は無理だしな」

「はい。アルバイトを古代語と言ってしまった手前、漢字だらけの法律用語を連発する訳にもいきませんし、過去の転生者がもっと労基法を周知していてくれたら話は簡単でしたが、そうそう上手くはいかないものですね」

「まあ、この国に関係ない法律が広まる理由もないしなぁ」


 バイトはあくまで労働契約の一種。使用者と労働者の関係だ。

 けど冒険者ギルドのクエストは似て非なるもの。

 俺は冒険者ギルドを派遣会社、冒険者を派遣社員みたいな感じで認識してたが、ジャミルに言わせると、前者はブローカー、後者は個人営業主らしい。

 端的に言えば、冒険者は労働者じゃないってことだ。

 なのに冒険者しかクエストを受けられない。

 その辺の齟齬がルージュ達を混乱させてるんだと思うね。


「俺ら以外に転生者がいたらワンチャンあるってとこじゃね」

「そうですね。そこには自分も期待してます」

「期待?」

「依頼できる者が2人になったら、バイトは1日1回というルールが、実は1人につき1日1回だと判明するかもしれません」

「ただの検証大好きっ子かよ。これだから理系はよぉ」


 今はそんなことよりバイトをするメリットを知りたいんだよ。

 と内心で悪態をついてたら部屋のドアが勢いよく開いた。

 叩扉もない上に乱暴な入室。これは間違いなくルージュだな。


「アル―」


 案の定、ロリータな母親だった。

 むしろ他の人が今みたいなことをしたら、首が物理的に飛びかねないからね。


「入室する際はノックしなさいといつも言ってるでしょーが」

「そんなことより聞いて欲しいことがあるのよ」


 貴族の令嬢がマナーをそんなこと呼ばわりするってどうなんだ。リッズフラント家はもっと気品というものをこの人に教え込むべきだったよ。

 幸か不幸か、もはや日常茶飯事だからジャミルも驚かなくなったけどね。今も軽く会釈しただけで手元の本に目を落としたし。


「なんですか」

「以前にアルバイトの話をして貰ったじゃない?」


 ジャミルが目線を上げた。俺も思わず背筋を伸ばして、


「もしかして理解できました?」

「いまいち」


 いまいちかぁ。ジャミルも目線を下げてしまった。


「ではなんでしょう」

「こないだは冒険者ギルドのクエストみたいなものって話してたじゃない?」

「微妙に違いますけどね」

「そう。その差は今でもよく分かっていないのだけど、ついさっきこれに似てるかもと思えるものを見かけたのよ」


 ジャミルが再び目線を上げた。あまり期待しない方がいいぞ。


「何を見たんです?」

「ウチの騎士団よ」


 いや、まったく違うだろ。

 騎士団って前世で言えば会社みたいなものだしさ。

 騎士は騎士団に就職してる感じだと思うぞ。

 要するに、バイトじゃなくて社員だ。


「あっ、そっか」


 しかしジャミルが良い反応を見せた。


「見習いの騎士ですね?」

「それ!」


 ふむ。なるほど。そういうことか。

 試用期間中ってある意味ではバイトみたいなものだもんな。

 これは1歩前進できるチャンスかもしれない。


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