バイトリーダー、バイトをしてみる。

 メイドさんはジャミルの服装を目の当たりにして驚きを見せたが、


「こちらでございます」


 苦言を呈すことなく案内役に徹した。上位者の在り方にケチを付けるのは不敬ということなのかな。そんなの裸の王様を大量生産することになるだけなのにね。

 ウチのメイドさんも本心では俺の振る舞いに文句とかあるのかなぁ。

 そうしてややへこみながら通されたのは、想定より小さな応接室だった。

 と言っても、前世の庶民感覚で言えばかなり広い。コンビニ1件くらいはありそうだ。テーブル1つとソファ2つくらいしか家具がないから、空間の無駄遣いと評するのがベターだと思うけどね。

 この世界、どんな相手でも一律のおもてなしをするのはマナーに反する。

 王族や高位貴族と会するならもっと広い部屋を用意するし、調度品も最高級のものを置く。下位の貴族相手でも見栄を張るためにもう少し豪華な部屋を選ぶはず。

 逆に平民の大商人などを相手にするならこの規模で充分になる訳だ。

 だからどの屋敷にも最低でも3種類の応接室がある。リッズフラントで言えば5種類あるが、これはウチだと下から2番目と同等だ。

 舐められたものだね。しかし俺が憂慮すべき点は他にある。


「ジャミル! あなた! なんという格好で! はしたない!」


 入室の直後にネルさんが激昂した。勢いよく立ち上がり、地団太を踏みかねないくらいの様相を見せてる。


「ルージュ公女に失礼でしょう!」


 まじか。呼称が変わってる。ルージュめ、この短時間でネルさんを篭絡したのか。


「気にしなくていいわよ、ネルミーナ。それに失礼と言うなら、体調の優れない子を呼びつけるほうがよっぽどでしょ」

「ですが!」

「どうせアルがそのままで良いって言ったのよ」


 バレてる。


「着替えないのと、待たせるのと、母上は後者の方が嫌かなと思いまして」

「そうね。そろそろ帰りたいと思って呼びつけたわけだし、数十秒で済む別れの挨拶のために何十分も掛かる着替えをされるのはねぇ」

「そうでしょう、そうでしょう」

「そういうことだから、ネルミーナ、お座りなさい」

「……本当によろしいのでしょうか」

「あたしが礼儀に無頓着なのは、この応接室を選ばせたことで分かるでしょ?」


 ルージュの指定だったのか。この人、仰々しいのが嫌いだからなぁ。


「あたしとアル相手ならこのくらいの接待で充分だから」

「でも」

「ほら。貴族が来ると使用人たちも慌ただしくなるでしょ?」

「それは、はい。そうですが」

「ウチのメイドも言ってるのよ。貴族が来るとスケジュールの調整が大変だって」

「調整、ですか?」

「特に予定外の食事をすることにでもなったら、お客さんの好みに合わせた食材を急いで集めないといけないそうでね。それで日中に片付けないといけない仕事に手が回らなくなって、徹夜をすることになるのもざらなんですって」

「そうなのですか。しかしそれも仕事のうちなのでは?」

「それはそう。でもあたしだったらそんなのはイヤなの。夜はぐっすり眠りたいの。そのイヤなことを一緒に暮らす子たちにさせたくないのよ」


 チラッと案内役のメイドさんを見てみる。感動してらっしゃるね。ルージュはただ何の気兼ねもない状態で寝たいだけなんだけどな。


「だから他の貴族の目がある場所ならともかく、普段はこの程度で構わないわ。そしてくれたほうがあたしたちも来やすくなるし」

「……ルージュ公女がそうおっしゃるのであれば」


 有難い。これでツェザーランド家にはアポなしでも来れるな。ジャミルとの連携を取るのにもかなり都合が良い。


「それでアル。ジャミルとのお話は終わったの?」

「最低限の部分は」

「ユニーク解明のヒントを得られたということ?」

「それもありますが」


 俺はジャミルの背中を軽く叩いた。弟は慌てて一歩前に出て一礼する。


「僕とジャミルの価値観はとても似ています。年も近いですし、話し相手として重宝したいと思います」

「へぇ、じゃあ王位継承権を得たらジャミルを従者に任命する?」


 ネルさんが目を丸くした。いくらなんでもそうはならないだろって思ってそう。

 なんせ王位継承者の従者を担った者は、将来的に要職に就くのが慣例だ。

 ジャミルはまだ6才。これからどう成長するかも分からない。なのに国の根幹に関わる話を持ち出すのは早すぎるもんな。

 しかしだ。


「その予定です。僕が戴冠した暁にはジャミルには宰相になって貰いますよ」


 この国の未来のため。何より俺が楽をするためにね!


「その際は粉骨砕身の覚悟で王の信頼に応えたく存じます」


 仰々しい宣言と共にジャミルが恭しく一礼し、その姿にネルさんは感極まったかのような表情を見せた。親孝行、上手くいきそうで何よりだよ。


【ジャミル・N・ツェザーランドからの依頼を達成しました】

【アシスタント業務経験値を1獲得】

【依頼主の信頼度を5獲得】

【アルバイト状態が解除されました】


 またよく分からん用語が出てきたな。

 というか、今のやり取りだとルージュの手柄が大きい気がするけど、それでも俺の功績になるのか。

 判定がザルすぎる。いや、仕事が不充分だからこそ獲得経験値が1なのか?

 そもそもアルバイト状態の恩恵がよく分からなかったしさ。

 よし、これは検証が必要だな。パーティーなんかに出てる場合じゃない。

 今日から本格的に【歯車の王バイトリーダー】を研究しよう。


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