バイトリーダー、ニートの生涯を知る。

「という訳なんですけど」


 俺はあらかた説明してみた。

 前世の人生。その終わり。

 今世は上手くいきそうだったが、【歯車の王バイトリーダー】とかいう不名誉なクラスを得てしまったこと。

 そしてこのまま俺が次期国王となったら大変なことになる、と。


「なるほど。自分はヴァイトリーダーだと伺ってましたが」

「この世界にはバイトの概念がないでしょう? だから勘違いしちゃったみたいで」

「一般の感覚で言えば棚から牡丹餅でしょうけど」

「俺は王様なんぞになりたくないので」

「正直、自分も勘弁です」

「そもそもあのお偉い方もバイトリーダーの意味を知ってたら、王位継承権を与えようなんてなる訳がないですからね」

「ですね。ところで敬語をやめません?」

「俺、ジャミルさんを尊敬してるんで」

「……兄上が思ってるほど大したことでもないんですけど」

「東大生が大したことないとか意味が分からないですよ」

「忘れてませんか? 自分、【自宅警備員】エターナルガーディアンですよ?」


 そうだった。東大生なのになんでクラスがニートなんだ。ニートの定義は家事・通学・就業・職業訓練をしてない34歳以下の人って感じだったと思うけど。


「ジャミルさんはどういった経緯でこちらに?」


 今さらながら自分の話ばかりしてたことに気付いた。気が利かなくて申し訳ない。


「……えっと。長くなってしまうんですが」

「どうぞどうぞ」


 どうせ時間には余裕がある。それにタイムアップになったらルージュから呼び出しが来るはずだしな。


「自分、モテなかったんですよ」


 んんん?

 想定外の方向から話が始まったな。


「垂れ目で、天パで、チビで。小学校の頃は勉強も苦手で、運動はもっと苦手で。女子と話すとすぐ顔が赤くなっちゃって。上手くしゃべることもできなくて。バレンタインのチョコも母親以外から貰ったことがないんです」


 今の姿からは想像もできないから相槌を打つのも躊躇うな。


「だから自分に自信を持てなくて。結婚は疎か、女の子と付き合うこともなく一生を終えるのかなって漠然と思ってたんです」


 ネガティブが過ぎる。とは一概に言えないか。俺も就活の沼にハマってる時は、そのくらいマイナス思考になってたしなぁ。


「あれは小6の正月でした。母親の実家に遊びに行ったら8個上の従兄が彼女と一緒にいたんです。自分と同じく垂れ目で天パでチビなのに!」


 おおぅ。


「自分は従兄に尋ねました。どうやって彼女を作ったのかと」


 そこでジャミルは背筋を伸ばした。一転して誇らしげに胸を張る。


「東大に入ったら女子が寄ってくるようになった。従兄はそう言いました」

「な、なるほど」

「それで自分は東大受験にすべてを捧げたんです。テレビも、マンガも、ゲームも、邪念が入りそうなものはすべて断ち切って、数人しかいなかった友達との付き合いもなくしました。不退転の覚悟で勉強机と向かい合ったんです」


 そこは素直に凄いと思う。俺は色々なものに気を向け過ぎたからな。


「そして6年後。自分は東大生になりました」

「凄いっす、ジャミルさん。まじかっけーっす」

「しかしモテませんでした」

「え」

「いや、よく考えたら分かることなんです。小6の自分は勘違いをしてたんです」

「と言うと?」

「なぜ東大になったらモテるのか。そこをちゃんと考えてなかったんです」

「東大生は将来有望だからモテるとかそんなんじゃないですか?」

「自分もそうだと思ってましたよ」

「え? 違うんですか?」

「だって周囲にいる女子ってみんな東大生じゃないですか」

「あっ」

「その女子達からすると、ただの東大生に興味は向かないんです。イケメンの東大生に興味を向けるんです」


 なんて残酷な話なんだ。


「けど合コンに行けばワンチャンあるのでは? 東大生以外の女子にはやっぱり高学歴は魅力に見えると思いますし」

「合コンですか」


 ジャミルくんがふっと笑った。


「どうやって参加するんですか?」

「え」

「誘ってくれる友達なんていませんよ?」

「……」

「誘ったとしても笑われるだけでしょうし、何よりそんなコミュ力ないです」


 そうだよな。卑屈すぎるとは思うけど、青春をなげうって勉強してたんだもんな。


「例の従兄がどういう経緯で付き合ったのかは聞いてないんです?」

「聞きました。とても残酷な返事がきましたね」

「えっと。なんて?」

「レンタル彼女だったそうです」


 まじかよ。


「従兄は東大生になってもモテませんでした。その事実が恥ずかしくて、つい見栄を張ってしまったとのことです」


 気持ちは分からなくもないけど、ジャミルにとっては本当に残酷な話だ。


「くだらないとお思いでしょうけどね。自分にとって東大生になることは人生を変えるための手段でした。なのにそれでは目的が達成できないと知って、一気に疲れてしまったんです。何もする気になれなくなったと言いますか」

「燃え尽き症候群みたいなものですかね」

「ですね。どうせがんばってもモテることはないと分かってモチベが死にました」

「それで引きこもったと」

「はい。そしてネトゲにハマってしまい、生活費のすべてを課金に注ぎ込み、気付けばこちらにいました」


 一気にくだらない話になったな。これは敬語で話さなくてもいいかも。


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