バイトリーダー、転生者と会う

 メイドさんの先導で2階に上がり、黙々と歩くこと約3分。ようやくメイドさんの足が止まった。6才児の体力だとこの屋敷の広さはいじめに感じるね。

 メイドさんはグーにした右手を大きな両開きの扉に近付け、コンコンコンと3回ほどノックしてから姿勢を正した。


「ジャミル様。アルベルト様がお出でになりました」


 無反応。

 さすがはニートだ。居留守はお手の物ということだね。

 しかし無駄だ。なんせ相手は伯爵令息である。

 俺もそうだから分かるが、貴族の子供が1人で行動するなど許されないのだ。

 メイドさんがここまで案内した以上、ジャミルがいないはずもない。

 この状況にメイドさんも困ってるようだし、ここは好きにさせて貰おうかな。


「僕に会いたくないのかもしれないね」


 ちょっと面白いくらいメイドさんがビクッとした。


「そ、そのようなことは」

「そう畏まらなくていいよ。肯定をしたら不敬を問われ、否定をしたら理由を問われる。そんな状況だから焦るのも分かるけどね」


 生前のジャミルは何かをきっかけにニートや引きこもりの類になった。

 そして幸か不幸か、そのきっかけをチャラにできる転生イベントが発生した。

 しかも国王の子。誉れ高き王子としてのリスタートだ。

 将来を約束された第二の人生の始まり。その高揚感は推して知るべきだろう。

 なのに僅か6才にして大きすぎる挫折を味わった。

 クラスとかいう、自分ではどうにもならない要素で嘲られる日々が始まった。

 このストーリーは俺の勝手な予想でしかないが、根拠はそれなりにある。

 もしも合ってたら、心が折れてたとしても不思議じゃないんだよなぁ。


「きみは外で待っていてくれ。後のことは僕の方でどうにかしよう」

 

 こちとら就活34連敗の記録保持者だ。

 その上、バイトリーダーなんてクソみたいな役割を神から背負わされたのに、将来の国王として祭り上げられてるんだぞ。

 心の折れ具合なら良い勝負だ。

 いや、表舞台に立たなくてもいいジャミルの方がまだマシとも言える。


「これで僕はジャミルのお兄ちゃんだ。弟の世話くらい軽くこなしてみせるよ」


 返事は待たない。どうせこのメイドさんに決定権はないからね。

 むしろしゃべらせたら何かあった際に責任を取らせることになっちゃうし、ここはリッズフラント公爵令息が勝手なことをしたという事実を作っておくべきだろう。


「失礼する」


 そんな訳で勝手に入室した。まだ日が高いのに、室内はかなり薄暗い。

 カーテンが閉め切られてるな。こういうところも実に自宅警備員っぽい。

 俺は苦笑しながらキングサイズのベッドに向かった。

 他に隠れられる場所はいくらでもあるが、掛け布団が膨らんでるからね。

 本当に体調不良なのか、そう装ってるのかはともかくとして、


「ジャミル。アルベルトお兄様が来てやったぞ」


 わざと偉そうに言ってみる。その甲斐もあって布団の膨らみは小さく動いた。

 起き上がる気配はまるでないけどね。しかし起きてるならそれでいい。

 この世に異世界というものがどれだけ存在してるかは知らないが、自宅警備員なんて蔑称を付けられてる以上、俺と同じか、それに近い世界から来てるはず。


「返事がない。ただの屍のようだ」


 王侯貴族に向けるにはあまりにも不敬な言葉。本来なら冗談でも許されない。

 しかし効果は抜群だった。ジャミルは血相を変えて上体を起こしたのだ。

 銀髪金目の、どちらかと言うと母親似のルックスだな。


「よぉ、弟。どうやらドラクエはやってたみたいだな」

「……えっと」

「それとも聞いたことがあるだけか? 有名なフレーズだもんな」

「……ネットで」


 ネット。この世界では網を対象としてしか使われてない言葉だ。つまり、


「お前も転生者ということでいいか?」

「では兄上も?」

「せやで」

「その見た目で関西弁は違和感やばい」

「生まれも育ちも愛知だけどな」

「自分は神奈川です」

「めっちゃ都会じゃん。神奈川とか中3の修学旅行で中華街に寄ったくらいだわ」

「逆に自分は中華街に行ったことないですね」

「あー、観光の名所は地元にとって馴染みがないっていうパターン?」

「単純に遠かったので。神奈川と言っても山梨寄りですし」

「なるほど。そういうパターンもあるのか」

「神奈川=横浜のイメージが強いですもんね」

「ごめんて。けどこっちも愛知=名古屋のイメージだろ」

「そこは否定できませんね」


 一緒になって吹き出す。

 なんだろうな。この安心感というか、心が満たされる感じは。


「お祭りで迷子になってたら偶然クラスメイトと出会った時みたいな心境だわ」

「分かります。海外旅行先のお店で店員さんが日本人だったような安心感です」

「我、パスポート持ってない民」

「あっ、ただの例えです。自分も国から出たことない民です」


 また笑い合う。けど時間は有限だ。いつまでもほっこりしてても始まらない。


「ところで、本題に入ってもいいか?」

「はい。改めまして、このような姿で申し訳ございません」

「2人の時はそういう畏まったのはやめようぜ」

「よろしいのでしょうか」

「正直、息が詰まる。俺、前世はただの大学生だったからさ」

「あっ、自分も大学生です」

「そうなのか。あれ? もしかしてそっちの方が年上とかある?」

「19でした」


 よっしゃ。


「俺は21」

「へぇ、2歳差が同い年になっちゃったんですね。不思議です」


 そう言えばそうか。本来ならあり得ないことだよな。


「俺としてはそこにすぐ気付くお前の頭の方が不思議だわ」

「……変ですかね?」

「いや、視点が違うというか。頭が良さそうだなって思っただけ」

「えっと。頭が良いかは分からないですけど、自分、INT70でした」

「めっちゃ高いな。俺は55だったわ」


 って自分で言って気付いた。55って生前の偏差値だよな。まさか。


「ジャミルくん」

「え。なんで急にくんとか付けるんですか」

「気にしないでくれたまえ。それでジャミルくん」

「は、はい」

「一応は関東住まいだよね。どこの大学に通っていらっしゃいました?」

「東大です」

「え」

「東大です」


 ふっ。

 INT=前世の偏差値説が濃厚になってしまったな。


「ジャミルさん、ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんですけど」

「えぇ。なんで急にさん付け。しかも丁寧語になるんですか」


 年齢と学歴。どっちの方が尊敬に値するか。そんなの決まってるじゃんな。


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