バイトリーダー、ニートの家に行く。

 せっかく話題にあがったことだし、俺は弟と会うことにした。

 俺と同じ固有ユニーククラスの保有者。しかも超高確率で転生者だと思われる。なるはやでお近づきになっておくべきだと思うんだよね。


「そうね。将来はアルの下で働くことになるはずだし、幼年のうちに懐柔しておくのも手かもしれないわ。今日はパーティーじゃなくてジャミルに会いに行きましょ」


 ルージュの言い分には少し引っ掛かるところがあったが、パーティーを回避できるなら万々歳だ。諸手を挙げて賛成しよう。

 そんな訳でルージュと一緒に馬車で移動だ。目的地は王都の北東。ツェザーランド伯爵家の屋敷である。

 到着して最初に思ったのは「やっぱデカい」ということだ。とはいえ、リッズフラントのものと比べたらかなり見劣る。ハーフサイズ程度の規模だな。

 先に連絡を入れておいたようで、数十という使用人によって出迎えられたが、個人的には自分の仕事を優先していただきたい。そういう指示だとは分かってるけどね。

 どうやらツェザーランド伯爵は不在のようで、代表として俺らを出迎えたのは伯爵令嬢だった。

 つまり、ジャミルの母だ。

 生前の常識で言えば俺の継母に当たるが、こっちの常識で言えば完全に他人の扱いとなる。

 アルベルト・R・リッズフラントの母親に相当するのは、あくまでミドルネームのRに由来するルージュのみなのだ。

 それは相手方も承知のようで、ドレスのすそを持ち上げて一礼してきた。


「アルベルトさま。初めてお目に掛かります。ネルミーナ・M・ツェザーランドと申します。このたびはようこそおいでくださいました。父の名代として歓迎させていただきますわ」


 ウチのルージュと違ってしっかりしてますね。同じ22歳らしいのにさ。

 しかし童顔だな。その上、巨乳。髪の色こそ銀色だが、シルエットはルージュにそっくりだ。

 妃の選定ってナハトがしてるのかな。だとしたら巨乳好き確定だ。ついでにロリコンも確定。つらいわ。父親の性癖を知るのって苦痛でしかないな。


「リッズフラント公爵令嬢もお久しぶりです」

「お久しぶり。そう堅苦しくする必要はないわよ、ツェザーランド伯爵令嬢」


 なんかこわい。

 これは呼び方のせいだよな。

 お互いに家格しか見てないというかさ。物凄くドライに感じる。

 貴族の人達って本当に仲が良くないと名前で呼び合わないんだよなぁ。

 言ってしまえば、この2人の仲は良くないってことなんだよなぁ。

 挨拶にしたって俺にだけやたらと丁寧だったしさ。

 第一王位継承者は敬意の対象だけど、それを産んだ母親はただの公爵令嬢に過ぎません。みたいなイメージがしちゃうんだよなぁ。


「そうは参りません。リッズフラント公爵令嬢は次期国王の母君なのですから」

「そんなの関係ある? アルはアル。あたしはあたしでしょ。アルが国王になったとしても、あたしの立場は嫁ぎ先のないただの公爵令嬢でしかないわ」


 ヴァイト王国に王妃という地位はない。

 王の子を産み、その子が国王となることは妃にとって最大の栄誉となるが、それ以外で妃になるメリットなんて莫大な支度金を貰えることくらいだ。

 逆にデメリットは多い。

 まず、妃になったら軟禁される。いわゆる後宮というやつだね。

 懐妊し、出産するか、2年の月日が流れるまで実家に帰ることもできない。

 しかも出産したらしたで婚姻を禁じられるとのことだ。

 その身は王に捧げられたもの。

 それに触れるのも、触れさせるのも、王に対する不敬という扱いになるらしい。

 言ってしまえば、妃の人生のピークは妊娠と出産。

 生まれた子供が統率型クラスの持ち主だったらその限りではないけど、基本的にはこの解釈で正しいっぽい。

 要するに、この2人にとっての今後は生前の世界で言う老後みたいなものなんだ。

 何かしらの才覚がないと、これからの一生をだらだらと過ごすしかない。

 

「そうは言いましても、リッズフラント公爵令嬢は魔術の才をお持ちですよね」

「一応はね」

「一応? A判定のINTを有しながら一応ですか? 宮廷魔術師に任命されたとしても、誰もが納得するという才女なのに?」

「あのね。INTだけ高くても仕方ないでしょ。宮廷魔術師に求められるのはステじゃなくて職能と技能と経験なの。あたしより適任の人材なんて腐るほどいるわよ」

「そのくらいは私も存じております。私が申し上げたいのは、それでもリッズフラント公爵令嬢は宮廷魔術師に任命されるということです」

「どうしてよ」

「やはり、あなたがアルベルトさまの母君だからです」

「アルがあたしを贔屓するって言いたいの?」

「そうではありません。周囲が勝手にそう企てるのです」

「あー、忖度ってやつね」

「それも違いますよ」

「じゃあなんなのよ。はっきり言いなさいよ」

「偉大なる国王の母君は、偉大なる存在であるべきだと民が望むからです」


 あぁ。

 これはキリスト教における聖母マリアみたいな話だな。

 母体が特別だからこそ、子供もまた特別なのだ。

 そんなシンプルな話が好まれるというか、納得しやすい訳だね。

 極端なことを言うと、魔王討伐の偉業を成した勇者は殺人鬼と娼婦の子供だった、みたいなことを言われても受け入れるのが難しいんだ。

 殺人鬼の子供が殺人鬼になった、の場合は何の疑問も浮かばないけどね。


「私もあなたも王の子を産みました。けれど、私はハズレで、あなたはアタリだったんです。私は、あなたと違って未来の国王を産むことができなかったんですよ」

「……ハズレって」

「私のステータスは実に平凡です。あなたと違って誇れるものなんてありません」

「だからステは所詮ステでしかないでしょ。こだわる方が間違っているのよ」

「それはあなたが持つ者だから言えるんです!」

「あのね。冷静になりなさいな」

「そうやっていつも私を見下すようにして!」

「それはあなたの被害妄想よ。あたしは誰にでもこんな感じだし」

「嘘よ! どうせあなたも私のことをハズレだとバカにしてるんでしょう!」

「してないってば。そもそもハズレだなんて考えたこともなかったもの」

「それこそ嘘に決まってる! だってみんなが言ってるもの! 私がハズレだったせいで! あの子もハズレの烙印を押されてしまったって!」


 目尻に涙を溜め、握った拳を震わす姿に、俺はどう思っていいか分からずにいた。

 子供をハズレと評されて荒れる気持ちは分かる。

 心を病むほど陰口を叩かれたみたいで同情したくもなった。

 こういうのはあっちの世界もこっちの世界も同じだな。

 王の子を産むという賞賛されるべき大仕事をやってのけたのに、それに1ミリも貢献してない外野のゴミどもが好き勝手なことをほざきやがる。

 1人残らず不敬罪でしょっ引いてやればいいんだ。

 けど、だからと言ってルージュに八つ当たりをするのは違うだろ。

 そこだけは許せん。心底腹が立った。


「あのさぁ。それってそんなに大事なこと?」


 ルージュはそうでもなかったみたいだけどね。どっちかって言うと呆れてる。


「きっとジャミルはアルの力になれるわ。あたしとアルはそのことをとても嬉しく思ってるし、頼もしくも思ってるの」


 そう言いながらルージュはネルミーナに近寄っていき、ぎゅっと抱きしめた。

 百合百合しいですね。それ以上にお胸がとても苦しそうです。

 当然、お相手は困惑してる。長い銀髪を撫でられ、困惑の感情は募るばかりだ。


「心無い言葉に晒されたことはお気の毒だけどね。子供がたかだか国王になれないくらいで、自分やジャミルのことをハズレだなんて言わないでちょうだい」

「……たかだかって」


 不敬罪にも程がある。笑っちゃったけどね。


「アル、この子はあたしに任せて、ジャミルの元にいってらっしゃい」

「そうさせていただきます」


 妃同士、色々と確執もありそうだしな。どうぞごゆるりと。

 俺はお言葉に甘えてニートに会ってきますよっと。


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