バイトリーダー、グレる。

 アルベルト・R・リッズフラント王子、第一王位継承権を賜り、近くその名をアルベルト・R・ヴァイトに改める。

 選定の儀式から一夜明け、その吉報は瞬く間に国の隅々まで伝わった。

 お陰であの日から数か月間、俺はあちこちのパーティーに引っ張りだことなった。

 社交界デビューってやつだね。

 どいつもこいつも目をギラギラさせて、俺とお近づきになろうとしやがる。

 中には俺と同い年くらいの娘を連れてきて、将来の妃候補にとおすすめしやがる。

 正気の沙汰じゃないよ。

 俺、バイトリーダーだよ?

 バイトリーダー相手に爵位持ちの偉いおっさんが揉み手をしながら寄ってきて、まだ思春期に入ってない純真無垢な娘を差し出してくるんだぜ?

 封建主義の倫理観ってガチでやばいよな。

 いわゆるお家のためというやつだと思うが、令和の時代に庶民をやってた俺にはまったくピンとこない。

 むしろ人身売買みたいなイメージが先行しちゃって、貴族どもの印象が最悪だ。

 そんな狂った世界を毎日のように体験してしまったせいで、俺の心はすっかり憔悴してしまったのである。

 だから仕方がないのだ。

 自室のやたらと豪華なソファでだらしく寝そべりながら、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出したとしてもね。


「俺、もうパーティーに行かない」


 だって何のメリットもないもん。

 得をするのは俺との関係を築きたがってる貴族どもだけでしょ。

 山ほど貰った贈り物もリッズフラント家が回収してるみたいだしさ。

 挨拶に応じる時間が長すぎてろくにメシも食えないしさ。

 こっちは6才児なのに、座って挨拶をするのは失礼だからって立ちっぱだしさ。

 しかも常に笑顔でいろとか言われんの。辛い思いをしてるのにだよ。

 そりゃあ笑顔なんてお手の物だよ。居酒屋のバイトで振りまきまくってたしさ。

 けど「はい、喜んで―!」というレベルでやるのは無理。

 何も喜べないよ。むしろを俺を喜ばせろよ。

 これ、虐待だよ?

 前の世界なら児相が動いてるレベルだよ?


「アル、わがままを言わないの」


 黙れネグレクター。

 王位継承権を得た以上、俺はもうルージュより高位の存在なのだ。

 たかだか公爵家の令嬢ごときが上から言ってんじゃねーぞ。


「その手の付き合いは大事じゃぞ」


 孫娘溺愛ジジイも黙ってろ。

 腰と性根をまっすぐにして出直してこい。


「けどいま最も大事なのは【歯車の王バイトリーダー】の検証でしょ」

「それはそうじゃがのう」

「でもそんなのどうしようもないでしょ」


 その実、俺の【歯車の王】はハリボテだった。

 過去に類を見ないクラスのせいで、人類が積み上げてきた叡智も役に立たない。

 平たく言えば、効果不明。

 この世界にはステータスを測定する魔道具やクラスはある。

 クラスを特定する魔道具やクラスもある。

 しかしクラスの詳細を解析する魔道具やクラスは存在しない。

 お医者さんのアレに近いな。

 現代の医療技術では手の施しようがありません。

 酷くね?

 神様の奴、酷くね?

 勝手にクラスを授けておきながら、説明書を付けてくれないんだぜ?

 こちとら異世界初心者なのによ。チュートリアルもないんだよ。


「いいよね。2人とも珍しいクラスだけど、固有ユニーククラスという訳じゃないし」


 俺の【歯車の王】は前代未聞のクラスである。

 まさに唯一無二。仮に世界中の歴史書を紐解いても、何のヒントも得られない。

 一方でローレンの【初雪草の葉ユーフォルビア】はかなりレアだけど、何百年も前からその存在は知られてる。

 だから選定の儀式から僅か数日で、ステータスの解析を行えたらしい。

 いいよなぁ。説明書付きのクラス持ちはよぉ。楽ができてよぉ。


「ふむ。ワシの【初雪草の葉】はともかくとしてじゃ。ルージュの【千紫万紅カラフル】は、ヴァイトの長い歴史においてもこの子のみしか授かっておらん。範囲を世界に広げてもたった3例じゃ。固有クラスと比べても遜色ないのじゃぞ」


 だからなんだよ。他に例がある時点でユニークじゃないだろ。なんでこのジジイはすぐに孫娘を持ち上げようとするんだよ。


「あっ、そーいえば」


 当のルージュはジジイのヨイショを容赦なくスルー。緩いウェーブの掛かった金髪で指を遊ばせながら、


「ジャミルのクラスもユニークだったのよね」

「えっと。ジャミルとは?」

「アルの弟だけど?」

「え」


 俺、弟がいたのか。

 いや、そりゃいるか。第一子たる俺の誕生から6年だもんな。10人はいそう。


「ツェザーランド伯爵令嬢のお子じゃな」


 ジジイも知ってるのか。もしかしたらジャミルという奴もローレンのステ解析を受けたのかもね。


「そう。ジャミルは先月で6才になって、エターナルガーディアンという固有クラスを授かったみたいなの」


 なにそれ。バイトリーダーの1億倍はかっこいいじゃん。超羨ましいんですけど。


「称号は何なの? 久遠の守護者。みたいな感じ?」


 厨二病という訳じゃないけど、やっぱこの手の話は少しわくわくしちゃうね。


「いいえ、たしか」


 ルージュは目線を上げ、唇に人差し指を当てた。我が母ながら可愛いな。


「そうそう。自宅警備員よ」

「は?」

「だから自宅警備員。意味はよく分からないけど」


 自宅警備員っていわゆるニートの別称だよな。

 永遠に働かないで自宅に引きこもってるから【自宅警備員】エターナルガーディアン

 皮肉が効き過ぎだろ。

 てかそいつ、もしかしなくても転生者じゃね?


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