バイトリーダー、己の役割を悟る。
来る時に階段を下ったから分かっていたが、ここは地下の一室らしい。
しばらく談笑したのち、ローレンの案内で薄暗い通路を歩くことになった。
やたらと窮屈だな。剣はともかく、槍を振るうのはまず無理だ。
そんな狭苦しい道を無言で歩くこと約3分。
一転して広々とした空間に出た。
そこの中央には、いかにもという雰囲気を宿した祭壇がある。
何を祀ったものかは知らないが、1回や2回くらいはここで生贄を捧げてるんじゃないかな。そう思うくらいには禍々しさを感じるね。
その祭壇の両脇には4人の男性が見当たり、3人は50前後の見た目だ。残りの20代前半くらいの男性は、もしかしなくてもナハトじゃないかな。
「お待たせいたしました」
目的地に着くなり、ローレンは恭しく一礼した。腰が曲がってるから常に頭を下げてるようなものだけどね。
というか、待たされてたのはこっちの方でしょ。小部屋での談笑はこの人らの都合に合わせてのことだと思うし。
「うむ。大儀であったな」
なのに、貴族オーラ全開の1人は偉そうに答えた。
ローレンと違って背筋はピンとしていて、けど整えられた髪や髭はいずれも真っ白だ。良く言えば気品があり、悪く言えば威圧感があるジジイだ。
ルージュから聞いた特徴に当てはめると、おそらくこいつは宰相だな。
「この子が噂の神童ですか」
4人の中で唯一のデブ。力士かってくらい腹が出てる。しかもハゲ。
こいつは宮内大臣で確定だな。ナハトの妃候補を管理してる組織のトップだ。
閑職なので城内での権力は無いに等しいが、ナハトの祖父という立場がその発言力を大きくさせてるらしい。典型的な虎の威を借る狐。いや、狸だ。
「良い目をしておる」
真っ白な法衣に、シェフハットくらい縦長のミトラ。終始ニコニコとしてる好々爺は法王だな。選定の儀式に不可欠なクラス、【
名前の仰々しさに反して【神の代行者】は珍しくも何ともないクラスである。
1つの集落に1人はいる感じだ。そうじゃないと数千万と言われる国民全員が自分のクラスを知ることなんて不可能だからね。
ただのMEN系クラス。教会の言葉を借りれば神聖型クラスだ。
言ってしまえば、こんな大物がわざわざ出張ってくる必要なんてないんだよね。
仮にも王子の儀式だから、その栄誉だか名誉だかを教会に与えるために、大臣が招いたんだと思われる。見返りがなんなのか気になるね。
「やあ。会うのは初めてだね」
そう言うナハトは不健康なくらいに痩せてた。それが元からの体質なのか、夜の生活が激しすぎるせいなのかは分からないが、
「目元はルージュにそっくりだね」
その笑顔は幾分か俺の心を軽くさせた。今のは年十年か前にも見た憶えがある。元気にしてるかな、親父。
「お褒めいただき光栄です。陛下」
「む。褒めてはいないよ。本心からそう思っただけだ」
「同じことです」
「どういうことだい?」
「母上、ルージュは私の誇りですので」
「……この子、本当に6才?」
ナハトが困惑してる。宰相と大臣は感心したように頷き、法王とローレンはニコニコだ。ローレンは孫娘を溺愛し過ぎ。
「ちなみに僕はアルベルトにとって何なのかな?」
「陛下は我が国の太陽です」
「……僕のことも父上と言ってよ」
「ナハト王なきヴァイトは夜の海を泳ぐが如し。陛下の威光があればこそ、我が国の民はまっすぐ進むことができるのです」
「……ほったらかしにしている僕が言えた立場じゃないけど、他人行儀すぎない?」
「ルージュからそう応じるように命じられましたので」
「だとしたら礼儀じゃなく、皮肉として受け取るのが正解なのかな。ルージュは夜更かしが嫌いだから」
「登城の際にも零しておりました」
「それはまずい。アルベルトの方から謝っておいてよ」
「恐れながら、さらに不機嫌にさせるだけかと」
「確かに。子供を利用するなと怒鳴られそうだ」
「近頃はリランカ産の茶葉を好んでいるようです」
「ご機嫌取りにそれを贈れと? この子、出来すぎて逆に将来が不安だな」
溜め息を吐かれたよ。解せぬ。
「水を差すようで恐縮ですが、刻限となったようです」
その法王の言葉で、俺以外の全員が数歩下がった。逆に法王は俺の目の前までやってくる。おしゃべりはここまでってことだね。
俺は跪き、顔の角度をやや下げる。どうせ法王の足しか見えないし、雰囲気を出すためにも目を閉じてみようか。
その実、刻限に達した時点で俺の魂にクラスの根源はもう宿ってる。
厳密に言えば、俺はもうクラスを保有してる訳だ。
けど俺にそれを知覚するすべはない。
前世で流行った新型コロナウイルスみたいなもんだ。
自覚症状が無くても陽性だったりするのと同じ。
その高性能検査キットが【神の代行者】という訳だ。
「汝、アルベルト・R・リッズフラントが賜りし役目を我が右眼に」
「汝の称号は、【歯車の王】である」
大人どもが息を呑んだのが分かった。逆に俺は溜め息を吐きたくなったね。
王。
称号にその文字が入っている時点で、統率型クラスなのは確定。
この瞬間、俺はアルベルト・R・ヴァイトになってしまった訳だ。
てか【歯車の王】ってなんだよ。
歴代国王のクラスはすべて調べたが、そんな称号はなかったと思う。
ただの
後者の場合、ナハトに代わって国王をやらされる確率が極大になる訳だが。
「汝、アルベルト・R・リッズフラントが賜りし二つ名を我が左眼に」
「む?」
ん? なんか法王が言い淀んだぞ。
称号と二つ名。この2つを認識することで俺のクラスは効果を発揮する訳だが。
「法王よ、いかがなされた」
さすがは宰相。貴族レベルをカンストしてそうなだけはある。儀式の最中に【神の代行者】以外がしゃべるのは禁じられてるはずなのに。
「いえ、失礼いたしました。このようなことは初めてでしたので」
法王は咳払いを1つ。改めて俺にこの世界での役割を言い渡す。
「汝の二つ名は、バイトリーダーである」
は?
え。
は?
【
めちゃくちゃ大層な称号が付いたけど、それって社会の歯車的なやつでは?
俺は思わず立ち上がり、ギャラリーの表情を伺ってみる。どいつもこいつも困惑顔だね。
「バイト? ヴァイトでなくてか?」
宰相の疑問は当然だ。この世界にバイトの概念はないからね。
「バイトですな」
「バイトとはなんだ?」
「存じ上げませぬ。憶測でよろしければ申し上げますが」
「構わぬ」
「通常、選定の儀式は6才の誕生日に行いませぬ。王族は翌日、上級の貴族もそうですが、下級の貴族で1か月以内。平民は1年から3年ほどの内と聞き及びます」
「それが何か関係あるのか?」
「此度の儀式は最速最短で行いました」
「であるな」
「いつもならまだ猶予があるはずでした。なので神からすれば青天の霹靂。そして慌ててクラスを用意したがゆえ、しくじったのではないかと」
おいおい。
「しくじった?」
「弘法も筆の誤りという言葉がございます」
「それはつまり、神がヴァイトとするところをバイトとしてしまったと?」
「ご明察にございます」
アホかよ。神様をバカにしすぎだろ。法王の座を今すぐ返上しろクソジジイ。
「なるほどな」
なんで納得するかな。この宰相もさっさと若手に籍を譲るべきじゃねーの。
「ヴァイトリーダー。王位継承権を授かるに相応しい二つ名ですな!」
大臣が大喜びで手を叩き始めちゃったよ。ローレンなんか感涙しちゃってる。
「アルベルト、おめでとう! 是非ともその力でヴァイト王国を導いてくれ!」
最も大はしゃぎしてるのはナハトだけどね。こいつ、どんだけ国王をやりたくねーんだよ。
「戴冠の儀を行えるのは16才からですので」
要するに、この国の弱体化が始まるまで10年しかないということだ。
バイトリーダーなんかに国を率いる力なんてある訳がないからな。
「父上もこれに安心せず、より良い後継者を求めてさらにお励みください」
じゃないと国が滅びるぞ。
頼むから現れてくれよ、第二王位継承者。
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