バイトリーダー、老人とおしゃべりする。
王城に着き、馬車を降りたらルージュと離れ離れになった。
一気に心細くなるね。マザコンじゃないのに一緒に来て欲しいと願ってしまう。
なんせ6年間ずっと傍にいた人だし。ここも初めて来た場所だし。
「こちらでございます」
その上、名前も知らない腰の曲がったジジイと二人きりにされたし。
ジジイに案内されたのは4畳ほどの狭苦しい部屋だった。
しかも調度品は質素な木製テーブル1つと背もたれのない椅子が2脚のみ。卓上には真っ新な羊皮紙とインク壺、羽ペンが1つずつだけだ。
とてもじゃないが、王侯貴族を通す部屋じゃないね。前世の俺の自室の方が百倍はマシだ。高慢な貴族なら怒鳴り散らしてると思うぞ。
「まずはお座りください」
指示に従って着席する。座り心地も最悪だな。俺、一応は王族に値するのに。
「失礼いたします」
ジジイも俺の正面に座った。そこでふと思う。これは良くないな。
前世の俺なら年配の人が座るまで立ったままでいたと思う。座る際にも「失礼します」と言ったんじゃないかな。
王侯貴族としては正しい振る舞いだが、分かりやすく調子に乗ってる気がするね。
郷に入りては郷に従えと言うものの、安易に染まり過ぎるのもよくないな。こういうのを繰り返していくうちに、俺が俺じゃなくなってくと思うんだ。
よし。今さらではあるが、ここからは前世の俺らしくいこう。
「遅れましたが、初めてお目にかかります」
ぺこりと頭も下げてみる。
「アルベルト・R・リッズフラントと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
俺の素性を知らない訳がないが、やっぱ自己紹介は大事だよ。挨拶は基本だって居酒屋のバイトでも最初に習ったしな。
それに俺は知ってるんだ。マンガでもよくあるじゃんか。こういうみすぼらしい見た目のジジイが実は結構な立場にあるっていう展開。
その実、俺は試されてるんじゃね?
ルージュが迷いなく俺を預けたことからも、そうである確率は高いと思うね。
「ほう。さすがは百年に1人と言われる神童じゃな」
どうやら正解だったらしい。ジジイは二カッと笑ってくれた。一転して親しみやすくなったな。
「ワシはローレン・L・リッズフラント。ルージュの祖父に当たるジジイじゃ」
ひいじいちゃんかよ。元公爵という立場ならそこまで偉くないのかな。現在のリッズフラント家にも影響力があるなら話は大いに変わるけど。
「しかしやるのう。ワシとておぬしに名乗られては黙っておる訳にもいかんしな。このジジイの正体に思うところがあっての名乗りなんじゃろ?」
「いえ、まったく」
「これこれ。謙遜するでない。王の子たる者、下々に先んじて名乗らぬようにと教え込まれておるじゃろうて」
「それはそうですが」
「担がれ、囃され、さぞや増長しておるだろうと睨んでおったが、いやはや、あれでルージュには賢母の才があったらしい」
ないです。あの人、基本的に何もしないし、賞賛するとしたら教育係の方かと。
「本来は偽名を名乗る予定だったんじゃがのう。これは一本取られたわい」
自分勝手に話を進めちゃうところはルージュとそっくりだな。俺に損はないからいちいち訂正はしないけどね。
「ところで、ひいおじい様」
「ローレンでよい」
「ではローレン翁と」
「五十も下の子にそう呼ばれるのはこそばゆいな」
「子供のわがままと思ってどうぞご容赦ください」
「ほう。その齢にしてワシを手玉に取るか。ほんに面白い奴じゃの」
中身はあなたの孫娘より年上なのでね。
「それでですが」
「なんじゃ」
「これは何の時間でしょう?」
「おお、そうじゃったな。選定の儀式が始まるまでの間に、おぬしのステータスを解析しておくようにとナハト王から命じられたのじゃよ」
「解析? ということはローレン翁のクラスは」
「察しの通りじゃ。ワシは【
驚いた。国内に2人しかいないとされる非常にレアなクラスだ。
と言っても、レアなだけで大したクラスじゃない。
そのクラスに付随した権能、いわゆるスキルは『対象のステータスを解析する』というもの。
解析の宝玉とか言う魔道具で似たようなことができるため、【初雪草の葉】は世間的にはハズレの評価だ。
解析の精度がまるで違うらしいけどね。
解析の宝玉がリトマス試験紙なら、【初雪草の葉】による解析はpH測定器くらいになる。
俺は前者でしか解析したことがないが、5段階でしか計測できないんだよね。後者は百段階で測定できるらしいのに。
実際のところ、普通に生活するだけなら5段階で充分だけどね。偏差値と同じで1なんて誤差らしいから。
「それは楽しみです。彼を知り己を知れば百戦殆からずと言いますからね。自分のことをよく知っておくのは大事だと思います」
「ふむ?
そうですって言いたくないな。
孫爵とは「孫氏曰く」を口癖にしてた転生者のせいで広まってしまった言葉だ。
滑舌が悪かったのかな。ソンシイワクがソンシャークと聞こえたみたいで、近代ではさらに変化して孫爵となったそうだ。
しかもその転生者が軍略に長けてたこともあり、天才的な軍師に対しては敬意を込めて孫爵と呼ぶ傾向にある。
国によってはそれにちなんで本当に孫爵という爵位を作り、優秀な軍師に与えているとかいないとか。
「敵を知り己を知れば百戦殆からずじゃなかったか?」
これだよ。元祖孫爵の野郎、口癖にするくらい孫氏が好きだったくせに、誤訳の方で広めてるんだよな。
ああ、インターネットが恋しい。
それ間違ってますよって指摘できないのが辛いぜ。
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