バイトリーダー、初めてのお出かけをする。

 夕食を終え、しばらくしたらリッズフラントの屋敷に馬車がやってきた。

 馬車なんて前の人生も含めて初めて乗るね。

 王侯貴族の子供は6才になるまで家の敷地から出ないという慣習があるため、馬車を見る機会こそあっても、乗る機会は皆無だった訳だ。

 なので俺は地図上でしか現在地を把握してない。

 ここはヴァイト王国の王都北部に位置する、リッズフラント公爵家の敷地内にある屋敷。小学校の校舎1個分くらいの広さがあるが、ルージュ曰く、王都に滞在するための別荘らしい。

 リッズフラント公爵領にある屋敷はショッピングモール1個分くらい大きいみたいだから、この世界の連中も基本的には地球の金持ちどもと似たような思考をしてるということだ。高い・広い・大きいを権威の象徴と捉えてる訳だね。


「アル、足元に気を付けてね」

「はい、母上」


 ルージュの手を借りて馬車に乗る。外装も内装も豪奢な作りだが、大人が4人も乗れば窮屈に感じるサイズだ。ほぼ軽自動車だね。一転して庶民的なのがちょっと面白い。個人的にはこのくらい慎ましい方が気は楽だ。


 ルージュも乗り込み、外からドアを閉められたら程なくして出発する。目的地は王城とのこと。城は日本製のものしか肉眼で見たことがないから非常に楽しみだ。


「あー、めんどくさ。なんでこんな夜中にお出かけしなきゃいけないのよ」


 親子水入らずの環境になった途端、ルージュさんがぼやき始めた。この人、いつもこうなんだよな。


「夜じゃないと儀式ができないとか?」


 この時ばかりは俺も堅苦しい言葉遣いをやめる。以前に「貴族がそのような言葉を使うのはいかがなものかと」みたいなことを言ったら逆ギレされたからね。


「日中でも大丈夫なはずよ。ただアルが生まれたのが夜中だったから、それに合わせてるんじゃないかしら」

「なるほど。厳密に言えば僕はまだ6才になっていない訳か」

「そうね。もう2時間くらい後だったかしら」

「なら本当は敷地から出るのもよくなかったり?」

「そこは問題ないわね。法律上で言えばアルはもう6才だもの。選定の儀式を行うには生誕から丸6年以上が経っていないといけないっていうだけ」

「え。じゃあ別に儀式は明日でもよかったってこと?」

「そうよ。なのにあの人ったら今晩が良いって聞かなくて」

「スケジュールの問題なのかな」

「ただ1秒でも早くアルのクラスを知りたいだけよ」

「それは僕も気になってはいるけど」


 6才の誕生日を迎えた子は、選定の儀式を経て、この世界における役割のようなものを神様から授けられる。

 それがクラスだ。偉い人達の間では職能と呼ばれてるらしい。

 前世を無宗教で過ごしてた身としては、それって本当に神の仕業なの? と疑いたくなるけど、大勢の人が神と崇めさえすれば、その得体のしれないモノが人でも悪魔でも神とされるのが宗教でもある。

 令和の時代でも価値観のアップデートは重要だった。この件においても「そっか。この世界には神的な存在がいるんだね」くらいに捉えるべきなんだと思う。

 実際、その神とやらの力は絶大なものみたいだしな。

 我が父にしてヴァイト国王、ナハト・T・ヴァイトには5人の兄と2人の姉がいたりする。つまり、前国王の8番目の子供だった訳だ。

 なのに選定の儀式により、ナハトは6才にして第一王位継承権を得た。それどころか16才にして即位。我が国の国王となったのである。

 その最たる原因がナハトのクラスだ。

王の中の王キングオブキングス

 バカみたいな名前と裏腹に、その効果は凄まじいものがある。

 なんと、ナハトに統治される国の民は無条件で能力が向上するのだ。

 ゲーム感覚で言えば、レベル2つ分くらいのパワーアップが見込めるらしく、こいつを国王にしない理由がない。みたいな感じで半ば強制的に国王にされたと聞いた。

 逆に言うと、ナハトを超えるクラスを得ない限りは国王にされることはないということだ。

 ナハトを超えるクラスを得たら強制的に国王にされるということでもあるけどね。


「あの人は好きで国王になったわけじゃないのよ。だからアルの才能に期待してるんじゃないかしら。こんな夜中に選定の儀式を行っちゃうくらいにね」


 仕事を辞めたいのになかなか有望な新人が入ってこないせいで引継ぎを行えず、辞めるに辞められなくて困り果ててるようなもんだな。ブラック企業みたいだ。


「けど父上のクラスって過去最高レベルのものなんでしょ? あと50年くらいは王様をやってる方が国民のためになるんじゃないの?」

「そうね。でもそれはていの良い生贄じゃない?」


 そう言われたらそうか。我らヴァイト国民はナハトを王位に縛り付けることによって快適な日々を過ごすことができる訳だし、それは事実上の人柱とも言える。


「誰だって自分が1番可愛いもの。あの人も国の未来より自分の将来のほうが大事なんじゃないかしら」


 そう言ってルージュは小さな溜め息を吐いた。この人はこの人でナハトの身を案じてるということなのかな。


「いやけどそれって僕の視点で言うと最悪じゃないですかね。その嫌な役割を1秒でも早く僕に押し付けたくて王城に呼びだしてる訳だよね」

「ふふ。アルは本当に賢いわね」


 笑うところじゃないよ。安全地帯からの高みの見物はおやめいただきたい。


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