バイトリーダー、就活から解放される。

 あれから6年が経った。

 と言っても、俺の主観で言う6年だ。

 死亡時の記憶は曖昧で、死亡直後の記憶も残ってない。

 いわゆるあの世を経由することもなく、チート能力を与えてくれる女神に邂逅することもなく、気付けば俺は異世界に転生してたっぽい。

 ぽいと言うのは、ここが本当に異世界だという根拠を得られてないからだ。もしかしたら一万年後の地球という可能性も充分にある。

 それは転生に関しても言えることだが、調べたり考えたりしても分からないことに頭を悩ませてもしょうがない。

 重要なのは、俺が俺だと認識してること。

 そして、ここが俺の知らない場所で、白人の子供の姿になってること。

 これだけの条件が揃えば、ひとまず転生と判断しても差し支えないはずだ。

 よってどこかからケチが付くまではこの現象を転生と呼ぶことにする。

 では早速だけど、転生の直後はかなり困惑したね。

 赤子からのリスタートということもそうだが、どいつもこいつも日本語しか使わなかったりする。

 母親と思しき金髪の美女も、そこら中に見当たるメイド服を着た少女達も、明らかに白人なのに、日本語でしかしゃべってなかった。

 その謎が解けたのは3才の頃だったかな。

 どうやらこの世界では俺みたいな存在がたびたび現れるらしく、そいつらは技術革新やら魔王討伐やらの偉業を成し遂げてきたらしい。

 その影響もあって、百年ほど前に日本語が共通言語として使われるようになったというお話。認知されてる漢字は少ないみたいだけどね。おおよそ中学レベルだし。

 お陰で俺はかなりちやほやされた。なんせ1才で言語をマスターしてたし、算数だってお手の物。百年に1人の神童だと称えられた。

 その上、


「アルベルト様。お茶のおかわりはいかがですか?」


 午後のティータイム中、メイドが笑顔で尋ねてきた。

 アルベルト。それが今の俺の名前だ。アルバイトみたいなフレーズが鼻につくが、注目すべきはそこじゃない。様という敬称の方である。

 俺は6才。メイドは今年で二十歳らしい。なのに遜ってくる訳だ。


「ありがとう。頼むよ」


 こうして俺が生意気な口を利いても、メイドは笑顔を崩さない。崩せないほど立場に差がある。

 なんと。俺はこのヴァイト王国の第一王子として生まれ変わったのだった。

 バイトみたいな国名がやっぱり鼻につくが、就活と無縁な立場だし? 親ガチャURってレベルじゃないし?

 勝ち組の人生が確約されてるから、そこは甘んじて受け入れることにした。

 神童にして王子様。しかも生前と違ってイケメンでもある。

 これは神様と両親に感謝してもしきれないね。

 6才になるのに父親の顔は未だに見たことがないけどね。

 なお、母親の方はすぐ近くにいる。俺と同じ卓に着いてティーカップに口を付けてる最中だ。

 ルージュ・E・リッズフラント。

 現在22歳の元公爵令嬢で、容姿を一言で表すなら、金髪ロリ巨乳だ。我が親ながら一児の母とは思えない美貌を誇ってる。

 ラストネームがリッズフラントなのは、原則として、国王または王位継承権を持つ者しかヴァイトを名乗ることができないからである。

 だから俺の名前も現状ではアルベルト・R・リッズフラントだ。

 王侯貴族はミドルネームに母の名の頭文字を付けるのが習わしとなっており、Rというのも母親のルージュからきてる。会ったことはないが、ルージュ・E・リッズフラントのEも、俺の祖母に当たるエリス・A・リッズフラントが由来と聞いた。

 その話を聞いた時はガチで憂鬱になったね。

 王位継承権を得るための儀式は6才の誕生日に行われる。

 つまり、今日だ。

 俺はその儀式を終え、特定の条件を満たしたら第一王位継承権を得ることになる。

 そしてそれを機にラストネームがヴァイトに変わる訳だ。

 アルベルト・R・ヴァイト。

 なんだよ。アールヴァイトって。ふざけすぎだろ。

 俺、嫌だよ。国王なのにR・ヴァイトって名乗るのなんて。


「アル、どうしたの? 緊張してきた?」


 ルージュが心配そうに尋ねてきた。いつも自信満々のツラをしてる俺が不安げな表情を見せたからだろうね。

 王位継承権を放棄したいとは言えないし、ここはテキトーにそれらしいことを言っておくか。


「はい。父上とお会いするのはこれが初めてですし」

「そういうことなら安心していいわよ? あの人はとても優しいから」


 女性にだけ優しいという噂を聞いたことがある訳だが。


「そうなのですね。ありがとうございます。お陰で緊張がほぐれました」

「でも傍にいる宰相や大臣はとても厳しいから、気を抜かないようにね」


 緊張させたくないのか、させたいのか、どっちだよ。この人、天然っぽいところがあるんだよな。


「ハハ。それはまた緊張してしまいますね」

「大丈夫よ。アルには素質がある。絶対に王位継承権を得られるわ」


 不吉なことを言ってくれるね。そんなの要らないんだよなぁ。


 兎にも角にも、こうして俺は第2の人生を歩み始めた。

 就活とも、お祈りメールとも縁のない、ちょいちょいバイトとは縁がある感じだけど、しばらくは労働する必要もない、そんな素晴らしい人生である。

 正直、店長のことが少し気になるけど、それこそ調べようのないことだ。

 店長もこっちに来てくれてたら嬉しいような。

 だがそれは店長も死んでしまったことを意味する訳だし。

 だからここは都合よく考えよう。

 もしもこっちで出会えたら、神様の粋な計らいに感謝する。

 もしもこっちで出会えなかったら、神様が彼女を助けてくれたんだと感謝する。

 せっかくの新たな生だ。

 ポジティブにいかなきゃ勿体ないじゃんな。


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