内定ゼロのバイトリーダー ~転生して国のリーダーを目指してみる~

かがみ

バイトリーダー、お祈りメールの加護を得る。

 学生時代にもっと勉強しとけばよかったなぁ。

 そう思う人は少なくないんじゃないかな。

 かくいう俺もその1人で、正直、めちゃくちゃ後悔してる。

 と言うのも、偏差値55の平凡な高校を平凡な成績で卒業して。

 やはり偏差値55の平凡な大学に入って。

 平凡な日々を過ごした結果。

 いいなぁと思える企業から幾十もの祈りの言葉をいただく羽目となった。

 今は売り手市場らしいが、だとしたらなんで俺は健勝を祈られるのかな。

 供給より需要の方が多いはずのに。

 こっちはいくらでも供給する気があるのに。

 なんで内定を貰えないのかな。

 内定ゼロ。

 それは社会における自分の価値もゼロだという証拠だ。

 どこもかしこも「お前なんか要らない」と突き放してきた証なんだからね。


「店長。千通のお祈りメールを印刷して鶴を折ったら、最強の千羽鶴ができると思いません? 莫大なお祈りパワーで大願成就も余裕ってイメージがあるというか」


 バイト先の居酒屋でのこと。

 俺は開店の準備をしながら自嘲気味に言った。

 今日も届いたんだよね。俺の健勝を祈ってくれるメールが。


「えー、悪いイメージしかないよ。最強というか、大凶じゃない?」


 苦笑で返してくれた店長は、今年で25になる若い女性だ。平凡なルックスに、平凡なスタイル。どこにでもいるような、いわゆるモブっぽい容姿だ。

 ただ、その顔色は平凡という言葉からかなり逸脱してる。

 なにせ真っ青だ。しかも目の下には濃いクマがある。マンガやアニメに出てくる吸血鬼の方がまだ健康そうに見えるね。

 それもそのはず。もう1人いるはずの正社員がバックレてしまい、そのしわ寄せが彼女に来てるとのことだ。

 彼女は今日で20連勤らしい。残業も毎日6時間はしてる。

 働き方改革とか、三六協定とか、そんなのはすべて言葉だけだ。

 いかにコンプライアンスを重視しようとも、人手不足による物理的な問題はそう簡単に解決できない。

 一応は本部にヘルプの要請をしてるみたいだけど、応援は待てど暮らせどやってこない。そのせいで彼女は疲労困憊の極みにある。

 こういうのを見ると、どこでもいいから就職しようって気になれないんだよね。

 ブラック企業という言葉が流行ってから随分と立つが、いつになったらこういうのが無くなるんだろ。

 就職できても、こんなのなら1か月も持たない気がするね。


「じゃあ。今日もお願いね」

「おまかせあれ!」

「ふふ。本当に頼りになるなぁ。きみがいないとウチは回らないよ」


 そう言って貰えるのはお世辞だとしても嬉しい。

 少なくとも、店長は俺に価値を見出してくれてるということだからな。


「そんじゃあ他のバイトに指示を出してきますね」

「うん。お願いね」


 実を言えば、俺は店長のことが好きだ。

 ここでバイトを始めて2年。時給の良いバイトは他にもあったが、彼女と離れたくなくて続けてる。特に今は人手不足だから、やめるなんて考えられない。


「内定を貰えたって報告したら。店長は喜ぶのかな」


 胸がチクっとした。

 やめないで。

 そう言って欲しいと願ってる自分がいる。

 できればずっと一緒にいたい。

 ずっとここで働いていたい。

 これは本音だ。

 だが早く内定を貰って楽になりたい。

 それも本音だ。

 しかしいい加減に親も心配する頃だしな。

 一時の恋愛より、今後の将来を考慮するべきだ。

 そもそも、店長が俺をどう思ってるかも分からないしね。

 うん。やっぱり将来が優先だ。そこを履き違えてはいけない。

 ならばせめて、店長に少しでも楽をさせてあげよう。

 今の俺にできるのはそれくらいだ。

 お客さまには真心を込めたおもてなしを。

 店長には恋心を込めたフォローを。

 願わくば、俺のこの想いが店長に伝わって欲しい。


 って感じで自分に酔っ払ってたのが悪かったのかもしれない。


「え」


 その言葉しか出なかった。

 開店して4時間くらいが経った頃、厨房に戻ったら火の手が上がってた。

 思考が止まるくらいに。それはもう見事なくらいに燃えてた。

 消火器とか。スプリンクラーとか。火災報知器とか。

 色々な言葉が脳裏を過ったが、


「店長? 店長!」


 床に伏した彼女を目の当たりにした途端、他のことが考えられなくなった。

 そこまで全速力で駆け寄り、屈み込むのと同時に気付いた。

 床がベトベトだ。見れば揚げ物鍋が落ちてる。ついでに生焼けの唐揚げも。

 次の瞬間、床の油に火が移った。

 目の前で倒れてる彼女に移るのも、時間の問題に思えた。

 俺だって、この場に留まったらどうなるか分かったものじゃない。

 しかし現実問題として、俺の腕力だと彼女を抱えて逃げ出すのは不可能だ。

 そして現実問題として、俺の胆力だと彼女を見捨てて逃げ出すのも不可能だった。


「もういいや」


 俺は微動だにしない彼女に覆いかぶさった。

 もう就活に疲れたし。

 この人と離れ離れになるのは嫌だし。

 もう、どうにでもなればいいよ。


 その後の記憶は曖昧だ。

 熱かったと思うし、苦しかったと思うし、後悔もしたと思う。

 はっきりとしたことは1つだけ。


【数多の祈りを集めし者よ。汝の次なる生に大いなる祝福があらんことを】


 どこか神々しさを感じる声色で、めっちゃ煽られた。


【貴方の来世でのご健勝とご多幸をお祈り申し上げます】


 まじかよ。俺の人生、最後の最後までこれなのかよ。


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