第19話 魂の推し合い

 会場裏の出口から出ようとした瞬間、悪霊が扉の隙間から入り込んでいた。


「くそっ! もうここまできてるのか!」


 1体、2体と祓う。しかし、キリがない。祓っても祓っても、次々と湧き出てくる。


「これじゃあ、正面入り口の方もヤバいかも……!」


 とてもじゃないが手が回らない。会場に被害が及ぶのも時間の問題だ。


「正義の味方、とーじょーっ!」


 その時、扉が思い切りぶち破られた。


「え……!? 犬飼さんっ!?」


「ふっふっふ、間に合ったみたいだね!」


 巫女装束をして、式神のコマちゃんに跨った陽子がそこには立っていた。


「ど、どうしてここに……!」


「困っている人がいたら駆けつける……当然でしょっ! それに、今度は私が助ける番だから! 裏口は任せてよっ」


 どこからどう見てもヒーローだ。陽子には一生敵わない、そう思った。


「ありがとう……! そうだ、正面入り口の方も……!」


「あー、えっとね、ウチのおじいちゃんがどこからか話を聞きつけてたみたいで……多分今頃正面の方でバチバチ喧嘩してるんじゃないかな……」


「えぇ……」



 その頃、正面入り口では陽子の言った通り、バチバチ喧嘩が繰り広げられていた。


犬飼源次いぬかいげんじぃ! なぁーんでお前がこんなとこおるんじゃゴルァ!」


「はっはっは。相変わらず口が汚いですな宗一殿。いや何、芦屋のとこだけでは力不足かと思いましてな。急遽駆けつけさせていただいたまで」


「なぁーにが駆けつけたまでじゃ! どうせこの後とんでもないぐらいの貸しにするつもりじゃろうが!」


「まぁまぁ宗一さん。今は一大事ですから、ね」


「そーだよ。ほら、また来てるよ。右に3、左に2かな」


 咲希は感じ取った気配を凛に伝える。


「おっけー咲希ちゃん! 助かるよっ!」


 咲希の言われた通り、右に3発、拳銃の引き金を引いて撃ち抜く。左には警棒を振り、撃退した。弾と警棒には霊力が込められており、霊感のない凛でも対処できるように改造されていた。


「……相変わらず凛の運動神経はどうなっとるんじゃ」


「私のサポートはあるけど……あれ、何となく勘で動かしてたら当たってるんだって」


「……今度から凛は怒らせんようにしよ」


「ゆーくん! お姉ちゃん、今最高に頑張ってるよー!」


 凛は弟のため、尽力するのだった。



「……はは、本当だ。あれなら全然大丈夫そうだ」


 侑李は遠巻きで正面入り口の方を見ると、咲希と凛のコンビが無双していた。宗一たちもいる。あれならよっぽど大丈夫だろう。


「さて……問題はこっち、だよな」


 侑李も加勢したいところだが、大きな問題点があった。


「本当にいるんだろうな?」


『我を誰だと思っておる。間違いない。なぜお前たちが気づいていないのか不思議なくらいだ』


 侑李もマサムネに言われて初めて気がついた。この悪霊たちの親玉がいる。マサムネに言われるまで感知することができなかったのだ。


「……やっぱり言われてみると気付くぐらいだな。相当気配を消すのが上手いのか」


『更にもう1つ、悪い知らせだ』


「な、何だよ」


『お前たちは入り口付近を守って防衛に成功している気でいるようだがな、敵は幽体だぞ』


「……あ」


『ようやく気づいたかマヌケ。そうだ、床、天井、壁、会場の周り全てを守り切る必要がある、ということだ』


「……くそ、どうすれば」


 全てを守り切る、そんなのは不可能だ。確実に侵入を許してしまう。もし、そうなった時、会場内で何が起こるか、想像すらつかない。体調不良の観客が多数出るかもしれない。ライブそのものが、中止になってしまうことだってある。


 その時、カレンはどうなる? 彼女自身楽しみにしていたライブが中止になった時、彼女が悲しまない訳が無い。


 何とかしなくては、そう思う心は十分なのに、策がまるで出てこない。


『ま、解決策が無い事もないがな』


 そんな時、マサムネから救いの一手が差し伸べられた。


「ほ、本当か!?」


『そんなに目を輝かせるな。1つ聞いておく。お前、あの娘達を救うために何だってできるか?』


「あぁ」


『命を、天秤にかけられるか?』


「あぁ!」


『即答か! どうしようもないな貴様……』


 はぁ、とマサムネがため息をこぼす。


『方法というのはだな、我の封印を完全に解くことだ』


「封印って……このお札か?」


 マサムネの刀身にべったりと貼られているこのお札。取れば魂を喰らい尽くすとマサムネは言っていた。


『霊力と共に魂を限界ギリギリまで喰らい尽くす。それこそ幽体で宙にさえ受けるぐらいにな。そうすれば、お前はワシとほぼ一体になり、ワシを完璧に使いこなせるだろうな』


「魂を……」


『あぁ。その代わりその後は……言うまでもなかろう』


 そこまで魂が亡くなってしまえば、よくて成仏、最悪消滅するだろう。


 しかし、構わない。お札をペリペリと剥がす。


『おい……』


「大丈夫。死ぬつもりはないよ」


『……』


「俺だって見たいからな、ライブ」


『……あぁ、我も、見てやらんでもない』


「マサムネ」


『あ?』


「腹八分ぐらいに、しといてくれよな」


 そして、お札を完全に剥がした。


『あぁ、善処してやろう』


 瞬間、生暖かい感触が体全体を覆った。


 ドクン、と心臓が大きく跳ねる。心臓の鼓動が収まった途端、体が自分のものではないみたいだ。自分が想定しているより何倍も早く動く。


「すげぇ……! これなら!」


『小僧! 時間がない! さっさと飛べ!』


「え!? と、飛ぶ!?」


『お前はもう、幽体と変わらん!』


 確かに、体がフワフワと浮いた感覚がする。普通であれば肉体と魂は一緒に動くものだが、今は魂が先に動き、肉体が後から追いついているような状態だった。


『ええいじれったい! 我が引っ張る! 体の使い方は慣れろ!』


「え、うわぁ!?」


 マサムネに体を引っ張られる。


 最初は引きずられるようにしていたが、体が慣れていき跳躍できるようになった。


『そこかしこに悪霊がいるぞ! やれるか!?』


「あぁ! 全部祓う!」


 会場の壁に張り付いている悪霊を見つけた。瞬時に駆けて、祓う。


「うおおおおおおおおおお!」


『血筋だな……。ヤツがワシを使っていた当時とほぼ同じだ』


 侑李はもう止まらない。とてつもない速さで、会場の周りを駆けて行った。



「あーもうっ、キリがない!」


 陽子は何とか裏口を守りきっていたが、悪霊は止まることなく襲いかかる。霊力も底が見えてきた状態だった。


「コマちゃん、まだいける?」


「わんっ」


 何てことない、と言っているように聞こえるが、コマちゃんも相当キツいはずだ。


「しまっ……!」


 コマちゃんを気遣うあまり、油断した。足に悪霊が絡みつき、身動きが取れなくなる。


「くっ……!」


「わんっ!」


 コマちゃんも霊力がほとんど残っていない。振り払える力も、残されていなかった。


(芦屋くん……侑李くん……!)


 脳裏に浮かぶ、思い出の記憶。気づけば、その名を心の中で叫んでいた。


 そうした次の瞬間、悪霊の気配が一瞬にして消失していた。


「え……」


 目を開けて、周りを確認するが誰もいない。残っているのは、暖かく、懐かしい気配だけだった。


「……もう、カッコ良すぎだよ」


 今なら誰も聞こえていない。思った言葉は自然と口に出していた。



「……はぁっ! はぁっ!」


 会場の屋根に登り、息を整える。侑李は会場周りの全ての悪霊を祓い終えた。その霊力の消費は凄まじく、かつてないほどに疲弊していた。


「後は……! 最後の、アイツ、だな!」


『おい……立てるのか』


「いやぁ、疲れたけど、まだ、やることはあるからな」


 ふらふらと、立ち上がる。立っている感覚も既にないが、それでも、立ち上がる。


『……! マズイ、侑李!』


「あぁ、分かってる」


 大きな霊力の塊。こちらに向かってくる訳でもなく、ただひっそりとこちらに敵意を向けてくるだけの怨霊。そう思っていたが、違っていた。


『霊力を凝縮して放とうというのか……このままでは会場がタダではすまんぞ!』


「へへ……名付けるなら霊力砲、ってところか」


『む……それはカッコいいな……って言うとる場合ではないぞ!』


 かなり距離が離れているが、ここからでも十分確認できる。霊力を存分に貯めて、今にも解き放たんとしている怨霊の姿が。


『グオオオオオオオオオオオオオオ』


 声まで聞こえてくる。怨霊の中でもかなり上級である証拠だ。


「あんなにデカいの初めて見たぞ」


『それほどあの女の憎悪が大きかったのだろうな。それで、どうするつもりだ』


「どうするも何も、やることは決まってる」


 侑李の今いる真下から微かにだが『アイ☆テル』の歌声が聞こえてくる。推しのアイドルが歌っている、それだけで霊力がみなぎってくる。


 深呼吸をし、息を整える。自分の中の霊力を、マサムネに注ぎ込む。


『おぉ……は、入ってくるぅ……』


「おい、変な声を出すんじゃない」


 少し気が抜けたが、言い方を変えれば肩の力を抜くことができた、ということにしておいた。


 刀を両手で持ち、突きのような構えを取る。後は、覚悟と気合のみだ。


「さぁ、どっちが推し勝つか、勝負だ……!」


『オオオオオオオオオオオオオオ!』


『来るぞ!』


 溢れんばかりに貯め込んだ霊力が今、解き放たれた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 真正面から迎え撃つ。こちらもありったけの霊力をここぞとばかりに解き放った。


「ぐ、うぅ……!」


 しかし、それでも今まで悪霊を祓ってきた分の疲労が拭えない。最初は同程度の霊力で競り合っていたが、徐々に押されてくる。


「く、そ……」


 負けてしまう、そんな考えが頭をよぎったその時だった。



「みんなああああ! 今日は来てくれてありがとおおおおおおおおおおお! 私、また、ここで! このステージで輝くために! カレン、戻りましたああああああああああああ!」



 歓声が、聞こえてくる。先ほどまで微かに聞こえていた声が、しっかり聞こえる。

 ファンの人たち。

 スタッフさん。

 マイカとリリ。

 皆、おかえりと声をあげていた。


 そして、曲が流れ始める。初めて耳にする曲。おそらく、この日の為の新曲だろう。これでテンションがあがらない訳が無い。会場のボルテージは今日最高潮を迎えた。


「こんなところで、くたばってられるかああああああああああああああああああ!」


『アイ☆テル』が歌ってくれている。最高の応援歌だ。だったら、それに応えずして何がファンか。



「これが俺の、全身全霊だああああああああああああああああああああああああ!」



 自分の中の霊力、全てを放出する。押されていた力はあっという間に押し返し、そして、届いた。


『ガアアアアアアアアアアアアアアア』


 怨霊は悲鳴のような声をあげ、跡形もなく崩れ去った。幾つもの魂が天へと昇っていく。


「へ、へへ……やった……」


 フラフラと、会場の屋根から降りる。


「俺も、ライブを……」


 おぼつかない足取りのまま、何とか会場の入り口付近までたどり着いた。会場へ入るための扉まで数メートル。その時、会場の扉が開かれた。


「芦屋くん!」


 陽子だ。その姿を見るに無事なのだろう。ホッと胸を撫で下ろす。


「あ、犬飼さん。無事でよか──」


「芦屋くんっ!」


「あ……」


 視界はぐらつき、立っている事はもうできなかった。意識は闇の中へと落ちていった。




「……ここは」


 真っ暗い闇の中、侑李は目を覚まそた。自分が目を変えているかどうか分からない。黒一色の世界だった。


『気がついたか』


「おわっ」


 急に目の前にぼんやりと火の玉が浮き出てきた。徐々に大きくなっていき、人のような形になった。


「もしかして、マサムネか?」


『あぁ。まずは良くやった、と言っておこうか』


「おぉ……まさかお前から褒められるとは……」


『ふんっ。最後だからな』


 最後、という言葉にハッとする。


「……俺、死ぬのか」


『あれだけの力を使ったのだ。霊力などとうに底をつき、それでも尚霊力を解き放ったのだ。そうなって当然だ。今こうして会話できているのだって奇跡のようなものだ』


「……加減してくれって言ったのに」


『馬鹿者が。我は妖刀マサムネ。お前の霊力など存分に喰らい尽くしてやるわ、ガハハ』


「嘘つけ。全く喰ってなかったくせに」


『……気づいておったのか』


 マサムネは力を貸してくれた。本当にただそれだけだった。必要以上に霊力を喰わず、侑李が与えた霊力を増幅させ、最大限に活かしてくれていた。


「まぁでも、どうせ死ぬなら、最後にお前に喰われてやるのもアリかな」


『言ったな? 本当に喰らうぞ』


「あぁ、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


『……くくっ。人間というのは、本当に愚かだ』


 ぼんやりとだが、光るものが滴っているのが見えた。それがあまりにも寂しそうに見えるものだから、つい侑李は言ってしまった。


「……泣いてるのか?」

 

『ふ、ふん。これは涎だ。あの連中達と一緒にするな』


「汚いな……って、あの連中?」


『あぁ、まだ聴こえるのではないか?』


 耳を澄ましてみる。


 ゆ……! ……り! …う…! ……! ……!


 あぁ、確かにぼんやりとだが聞こえてくる。


(姉さん、咲希、じいちゃんばあちゃん。犬飼さん、マイマイ、リリち、そして、レンレン……)


 みんな、ごめん。そう言いたいが、もう無理だ。声など届くはずもない。


「……マサムネ。ひと思いにやってくれ」


『……あぁ。ではな』


 マサムネが大きく、大きく口を開ける。目を閉じ、死を受け入れようとしたその時だった。


 ……くんっ!


「……え」


 ……うりくんっ!


 声が聞こえる。始めはぼんやりとした声で聞き取ることすらできなかったが、鮮明に聞こえてくるようになってきた


「侑李くんっ! 私たち! 武道館でライブすることが決定したんですよっ!? 今までにないくらい盛り上がります。グッズだって……! 新曲だって……! いっぱいいっぱい盛りだくさんなんですから! こんなところで、死んじゃダメですっ! 目を……目を開けてください……! 絶対、絶対ライブ見て来てください! ペンライトを振ってください! 合いの手を入れてください! 私、あなたの声援を待ってるんですからぁ!」


「……レンレン」


 やはり、推しはすごい。推しの言葉で、胸が暖かくなる。何でもできるような気がしてくる。


 生きてるって、感じがする。


『芦屋侑李の魂に敬意を表して……いただきまー……むぐぅっ!?』


 大きく口を開いたマサムネの頬を、掴む。


『ふぉ、ふぉはえ!?』


「武道館……ライブ、とか聞いちゃったらさぁ……死ぬに死にきれないだろうがああああああああああああああああああああああああああああ!」


 暗闇は一瞬にして晴れた。


 広がるのは青空とみんなの泣き顔。


 そして、自分の最推しが泣きながら見せた輝かしい笑顔だった。

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