第18話 推しが輝いているのなら

「……終わったぁ。結構手こずっちゃったなぁ」


 パンパン、と服についた埃を払い、服装を正す。


「邪魔なスタッフさんたちは排除した。カレンの部屋の両隣の人たちにも手は打った。そして、一番の障害も。さて、最後のお仕事、高木さんのところに行かなきゃ」


 西山さんが倒れている侑李の横を通り抜けようとする。



 周りの時が、スローモーションになり、やがて止まる。今から走馬灯でも見るのかな、なんて侑李は考えていた。


『アホか、貴様は』


「……」


 頭の中に直接声が響いてくる。


 マサムネが語りかけてくれている。シンプルな罵倒でイラッとした。


 正座で座っている侑李と、ぼんやりと人の姿をしているマサムネ。


 2人だけの空間が形成されていた。


 どうやらマサムネに霊力を食わせたことで、霊力の波長が同調したことによりできてしまった空間のようだ。


『我にはお前ら気色悪い者たちの気持ちは分からん。しかし、お前とこの女が違うことだけは分かる』


「でも……俺だっていずれは……」


『はっ……。お前は今まで考えたことも無かったのだろう? その時点でこの女とは思考が乖離しておるわ。それに何より、お前の手はまだ汚れてないぞ?』


「……」


『お前は先祖……あー何と言ったか……どーまん、だったかな。そいつに瓜二つだ。ヤツから出る言葉は綺麗事ばかりだった。だが、綺麗事をいつだって実現してきたのがヤツのヤツがヤツたる在り方だった』


 マサムネが昔話をしている。先祖の話など聞いたことは無かったが、不思議と親近感を感じるような話だった。


『我はな、お前の綺麗事を並べたような言葉が大嫌いだ。反吐が出る。反吐が出るほど大嫌いだが……まぁまぁ、そこそこ気に入っていたぞ』


「どっちだよ。嫌いの方が強くね?」


『まぁ聞け。お前、あの舞踊の景色を見ていた時常に言っていただろう』


「え……?」


 映像を見ている自分を思い返そうとするが……無我夢中で自分が何を言っているか思い出せなかった。


『思い出せない、と言うような顔をしとるな……』


「いやぁ面目ない」


『はぁ……仕方ない、教えてやる』


 マサムネが教えてくれた、その言葉。確かに、自分はいつも言っていた、ような覚えがある。


 それを思い出した途端、モヤモヤと渦巻いていた心の暗雲が、驚くぐらいに晴れたような気がした。


「……ありがとう、マサムネ」


『ふん、さっさと我を引き抜け、たわけが』



 止まった世界はスローモーションになり、やがて時が正常に動き出した。


「……あぁ、そうだったな」


「……? まだ動けるんですか」


 床を這いずり、刀を手に取る。そして、鞘から刀身を引き抜いた。侑李の中の霊力が、膨れ上がる。


「悪あがきを……!」


 悪霊がこちらへ向かってくるが、刀で払う。


 体が自然と動く。構えを取り、目の前の敵を見据える。


「どうして……? 心は完全に折れたはず……」


「忘れてたよ。俺がいつも、言っていた言葉を」


「は……?」



「推しが輝いてる。それだけで、俺は十分だ」



 すっかり忘れていた。

 いつもそう言っていた。

 実際そうだ。

 推しが楽しそうに話したり、踊ったり、歌ったりしていることは勿論嬉しい。

 極論、推しが生きているだけで救われているのだ。


「綺麗事じゃない、それは……! 誰かのモノになってもいいの!?」


「誰のものでもないよ。遠山カレンは、遠山カレンだ。彼女がどうなったとしても、彼女が輝いているのなら、俺は全身全霊で推すだけだ!」


「こ、んのおおおおおおおおお!」


 とてつもない質量の憎悪。こちらに向けて真っ直ぐに向かってくる。黒い塊がはっきりと見える。


「う、おおおおおおおおおおおおおおお!」


 マサムネを大きく振りかぶって、おろした。


「あ──」


 悪意の塊を一刀両断。悪意は霧散し、跡形もなく消え去った。


「そ、そんな……」


「……西山さん。あなたのやった事は、警察にもバレないし、罪にもならないでしょう。でも、もしまだ続けるというのなら……その時は、容赦しません」


「……」


 西山さんがへたり込む。


「西山さん……?」


「っ!?」


 後ろを振り向くと、そこにはカレンがいた。


「か、カレン……」


「芦屋くん……何、してるの?」


「遠山さん……」


 侑李は迷っていた。正直に打ち上げるべきだろうか。


「……カレン、私は──」


「いや、何でもないんだ。ごめん、少し西山さんと不審者が出た時どうするか、相談してたんだ」


「え……?」


 少し誤魔化すに言い訳にしては苦しかったかもしれない。


「そ、そうなんですか? な、なーんだ……」


「そ、そうそう。こう、ズバーっとマサムネを使って切り倒す! み、みたいな、ね」


『はぁ〜〜〜〜。どこまで甘ったれなんだこのクソガキは』


 マサムネからクソデカため息を貰うが、仕方ない。カレンの悲しい顔など見たくはない。


「そ、そういえば! 今ってライブじゃないの!?」


「あ、私の出番はもう少し後なので大丈夫です」


「そ、そっかぁ……良かった」


「……芦屋くんこそ、無事でよかったです」


「え?」


「な、何でもないです! 無事ならいいんです! 私、頑張ってきますから!」


 カレンが立ち去ろうとした時だった。


「西山さんっ!」


「え……?」


「私、西山さんがいなかったら、この場にいなかったと思いますっ! ありがとうございます! これからも、私のマネージャー、よろしくお願いしますねっ!」


 そう言って、太陽のような輝きを残してカレンは去っていった。


「……どうして、言わなかったんですか? 私が、怪奇現象を引き起こしていた張本人だったって」


「……手帳の中身、見ましたけど、あなたがレンレンの事を案じていた事は嫌でも伝わりましたから。それに、あなたがいなくなればレンレンが悲しむから」


「……久しぶりに、カレンがあんなに笑ってるのを見た気がします。私は、あの顔が見たくて、でも結局空回りして……あの子の笑顔を見たら、今まで感じていたモヤモヤが吹き飛んじゃいました」


「……レンレンの笑顔は尊い、ですよね」


「……えぇ」


 2人の間に、余計な言葉は要らなかった。


「さて、一件落着したところで、俺もライブを──」


 その時、不穏な気配を感じた。


「何だ……今の」


 何か、とてつもなく嫌な予感がする。


『おい小僧、ちとマズイことになったぞ』


「な、何だよ。魂ならやらないぞ」


『それどころでも無くなった。もっと集中して精神を研ぎ澄ましてみろ』


「……?」


 マサムネの言われた通り、少し深呼吸をして、集中をする。


「……っ!? なんか、メチャクチャ嫌な気配がこっちに向かってきてないか!?」


『気づいたか。おそらく、そこの女が放った憎悪に惹きつけられたのだろうな』


「……くそっ!」


 甘かった。リハの時は会場内だけに気を配っていたせいで、その周りの悪霊の事は気にしていなかった。


「あ……わ、私のせいで……私が、アイツが作ったライブなんか認めないって思ったから……?」


「アイツって……高木さんの事ですか?」


 今からでも悪霊がここに来ることを防げるかもしれない。西山さんの憎悪をできるだけ和らげることにした。


「聞いてください。高木さんは超有名なダンサーでもありますが、ガチガチの『アイ☆テル』オタクでした」


「え……?」


「これ、昨日高木さんから渡されたんです」


 昨日高木さんから渡されたのは、LINEのIDだった。


「昨日電話して、長々と『アイ☆テル』愛を語られました。彼はライブに参加する事はもちろん、グッズコンプリートするレベルでガチです!」


「そ、そう……だったんですか。彼も、私たちと同じように……彼女たちの為に……」


 よし、これで憎悪は無くなったはずだ。もう1度集中して気配を探ってみる。

 しかし、悪霊は変わらずこちらへと向かっていた。


「くそっ……! ダメか……!」


『当たり前。憎悪だぞ。そんな簡単に消えてたまるか』


 となれば、もうやることは1つしかない。侑李は駆け出していた。

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