第17話 あなたですよね?

「さて……準備は万全だ」


 ついに迎えたライブ当日。睡眠は十分。体調も良好。メディアではちらほら予想している人たちがいた。遠山カレンが、復活するのではないかと。


 まさにその通り。今日はレンレンの復帰ライブ。抜かりはない。


「おにぃ……楽しむ気しかなくない?」


「おいおい、お兄ちゃんが仕事を放り出すとでも思うか?」


「その格好がもうね……」


 片手にペンライト。もう片方には応援うちわ。ライブ用のリストバンドと法被を見に纏い、物販のタオルも持って完璧な服装である。


「どこか変かな?」


「おにぃ……警護、するんだよね……?」


「もちろんだ。勘違いするなよ? これはファンの集団に身を隠して敵の目眩しをだな」


「はいはい」


 咲希は既に説得を諦めていた。


「おーい、そろそろ行くよー」


「……よし!」


 気を引き締め、凛が操縦する車の助手席に乗り込む。


「みんな乗った? よぅし、レッツゴー!」


「はーい」


「うむ、いつでもいいぞ」


「ライブなんて初めて……楽しみですねぇ」


「……で、なんでみんな乗ってるんだよ!?」


 後ろを見ると、後部座席にはじいちゃん、ばあちゃん、咲希の3人がちゃっかり座っていた。


「別にいいでしょ、暇だし」


「そうじゃそうじゃ。お前たちだけ抜け駆けは許さんぞ」


「私はほら、保護者として、ね」


「はぁ〜〜〜〜。家族総出でライブとか嫌すぎるんだが……」


 クソでかいため息も虚しく、車は走り出した。


 ライブ会場に着いた。既に会場入り口前には観客が並んでおり、入場の手続きを済ませている。会場はライブが始まる前から既に熱気に包まれていた。


「人が多いのぉ。この人らみんなライブに来とるんか?」


「そうだよ。あんまり迷惑かけるなよ」


「こっちのセリフじゃ。そんなことより侑李」


「ん?」


「そいつを持ってきたということは、必要になるかもしれんということじゃな?」


 宗一は侑李の背中に背負っているマサムネを見て言っている。


「……あぁ。使う機会がないことを祈るけど」


「……無理はするなよ」


「あぁ。ありがと、じいちゃん。じゃ、先行くから。じいちゃんたちはちゃんと並んで入場済ませてくれ」


「うむ……は? おい待て! ワシらも優先で入れるんじゃないのか!? おい、侑李!」


「ま、しょうがないよ。おじいちゃん、並ぼ」


「はいはい。宗一さん、お茶ならありますから。ゆっくり待ちましょうよ」


「お前ら……少しは緊張感をだな……」



 侑李と凛は会場の裏口から会場入りを済ませた。いわゆるスタッフ専用入口というやつだ。


「お疲れ様です! 芦屋さん!」


 入った瞬間、警備の人らが一斉にこちらに敬礼をする。正確には凛の方を真っ直ぐと見ていた。


「今日の警備、気を引き締めていきましょう。大丈夫、私たちならやれる。何か異変が起きたり、今の時点で懸念事項があるならすぐに報告すること。私たちも裏方として、このライブを成功に導きましょう。以上、各自持ち場へ!」


 おぉー! と歓声が上がる。士気が一気に高まるのを感じた。


「えぇ……」


「ん? どうしたのゆーくん」


「いや、キャラ違いすぎない?」


「そう? いつも通りだよ〜」


 いつものアホそうな顔とはかけ離れていたが……。姉の知られざる一面を見た気がする。


「じゃ、ゆーくんも持ち場に──っとそうだ。何かやることがあるんだっけ」


「うん。ごめん、急に無理言って」


「ふふん。弟の無理を叶えてあげるのも、姉の役目なんだぞ☆」


「……ありがとう。じゃあ、行ってくる」


 姉からのウインクはキツい、と思ったが心に留めて、侑李はある場所へと向かった。



「今日までみんなお疲れサマー☆ みんないー感じに仕上がってんねぇ!」


「「「ありがとうございます!」」」


 控え室に行くと、既にライブの衣装に身を包んだ『アイ☆テル』の姿があった。あくまで表向きは普通のライブだ。カレンの出番は終盤の方となっている。


「み、みんな。緊張しないように、いつも通り行きましょっ」


「マネちゃんが一番緊張してんじゃ〜ん」


「ふふっ、ライブより西山さんの方が心配だね」


「わ、私は大丈夫です! カ、カレンも今日までよくがんばったね」


「いえ、これも西山さん。それに、トレーナーの高木さんやスタッフの皆さんが支えてくれたおかげです。ありがとうございます」


「うぅ……カレン……」


 今にも泣き出しそうな西山さんだったが、袖で涙を拭い、キリッとした表情に戻した。


「よし、みんながんばってね!」


「「「はい!」」」



 侑李は控え室の前で待機をしている。少しすると、3人が控え室から出てきた。皆キラキラとした衣装と表情で、廊下を駆けて行く。その姿はまるで星のようにも見えた。


「……!」


 カレンがこちらに気づいたようだ。


「……頑張ってきますね」


 侑李にだけ聞こえるような声で、そう言った。


「……うん、頑張れ」


 走り去っていったカレンに届くことはないが、その背中に応援の言葉を送った。


 3人に続き、スタッフの方たちもぞろぞろと部屋を出て行く。誰もいなくなったであろう控え室に侑李は入った。


「あれ、芦屋さん?」


「お、チョいーっす!」


 西山さんと高木さん、2人は残っていた。


「お疲れ様です。西山さん、高木さん」


「なに? どったの? どったの? てか顔怖くない? 大丈夫そ?」


「い、いや大丈夫ですから、えぇ」


 こんな時でも高木さんのテンションは最高潮だ。陽キャの頂点に君臨してるんじゃないかとさえ思えてくる。


「高木さん、早く舞台脇に行って彼女たちの踊りを見てきた方がいいんじゃないですか?」


「いやぁそうしたい気持ちはアリ寄りのアリなんだけどね、なんか西山ちゃんが俺に話があるってさ──」


「すいません、こっち、先にしてもらってもいいですかね」


「お、おぉ……そんなかっこいい顔されたらさぁ……っごめーん西山ちゃん、話また後にしてちょ!」


 そう言って高木さんはすたこらさっさと去っていった。


「……すみません西山さん。順番が前後してしまって」


「いえ、大丈夫ですけど……何かありましたか?」


「……西山さん、自分にも後で話すつもりじゃ無かったんですか?」


「え……?」


「高木さんを襲った後は、次は自分の番、みたいな。すみません、自分の勘違いだったら、一番助かるんですけど」


 部屋の中に静寂が訪れる。何言ってるんですか、もー。みたいな返事をくれることを期待していたのだが。


「すみません、リリちから西山さんの手帳を少し見ちゃったんですよ。中身の内容がですね、怪奇現象のことが詳しくメモされてたんですけど……詳しすぎるんですよ。レンレンから聞いた内容そのまんま、いやそれ以上だった」


 手帳の中身に書かれていたのは怪奇現象だけでない。


 どのようにして引き起こされたのか、何が原因でそうなったのかまで、カレンが知りようもない情報まで書かれていたのだ。まるで預言者のような書きっぷりだった。


「それに、遠山さんの今の借りている部屋、西山さんが用意した部屋みたいですけど、そこで起きた怪奇現象まで記録しているってことは──」


 瞬間、とてつもない霊力の塊がこちらにすっ飛んできた。


「っ!」


 背中のマサムネを瞬時に構え、防御に成功する。少しでも反応が遅れていたら、モロにくらって気絶でもしていたかもしれない。


「えぇ……? あれれぇ……おかしいなぁ……いつもならこれで目障りな虫は倒れてくれるんだけどなぁ……」


 これで確信が持てた。


 怪奇現象を起こしていたのは、マネージャーの西山さんだ。


『おい小僧。こいつからの憎悪……とんでもないぞ。我ですら寒気がする』


「マジ……?」


『あぁ。気色悪いな……むしろ呪いをかける呪詛師じゅそしとしては見事なものだな。この時代にもここまでの憎悪を持つ輩がおるとはな』


 マサムネが言うのだから相当なのだろう。


「西山さん、色々と聞きたいことはありますけど、まず一番聞きたいことを聞きますね」


「はい、どうぞ」


 あっさりと答えてくれる。それが逆に不気味さを際立たせていた。


「どうして、怪奇現象を引き起こすような真似をしたんですか?」


「そうですねぇ。どこから話しましょうかね……あまり長話もするのもアレなんで、結論から言っちゃいますね」


 その口調からは自分が悪いことをしているという自覚は微塵も感じられなかった。自分がやって当然、そんな風にも聞こえた。


「邪魔だったからです。カレンにとって」


「邪魔……?」


「はい。カレンに少しでも害になる存在は私が、いえ……正確には、この子たちが代わりに動いてくれました」


 そう言うと西山さんの周りには無数の霊がふよふよと漂い出した。やがて、西山さんの手に触れた瞬間、悪霊へと成り代わっていた。


『末恐ろしい女だな。身に纏ってる憎悪がその辺の霊にまで影響されておる』


「無害な霊まで悪霊にしてるってことか……」


「ね、いい子たちでしょう? この子たちは私が願った通りに動いてくれました。最初は偶然かな、と思ったんですけど、慣れてくるとちゃーんと狙い通りに動いてくれて……」


 侑李はなぜあそこまで詳しく手帳に書かれていたのか、今理解できた。あれは自分の中に目覚めた力を確かなものにするためのメモでもあったのだ。


「今この場にいる、ということは芦屋さんには効かなかったみたいですね……残念。半信半疑でしたが、霊媒師、というのは伊達じゃないみたいですね」


「俺の家に悪霊が集中したのは西山さんのせいでしたか。アレには随分苦しめられましたけどね……」


「そうなって当然だとは思いません?」


「なに……?」


「はぁ……自覚がないなんて、救いようのないほど重症です、ねっ!」


「うわっ!?」


 悪霊を投げつけるようにしてこちらへ飛ばしてくる。


「あなた……ファンの身でありながら図々しいんですよっ!」

「ぐっ!」

「何ですか、一緒に行動するだけならまだしもっ!」

「がはっ!?」

「デートまでしてっ!」

「ぎ……!」

「挙げ句の果てに、家にまでっ!」

「げほっ……!」


 猛攻に途中から耐えられなくなり、何度かくらってしまった。外傷はないが、身体中に痛みが走る。


『おい小僧! しっかりせんか!』


 マサムネから珍しく励まされるが、それに応えてやれる余裕もない。


「芦屋さんだって、私と変わりませんよ。今は何もしていないですけど、そのうち貴方も、私と同じようになります」


「何を……!」


 ゆっくりと、西山さんが近づき、床に倒れている侑李にしゃがみ込んで囁いた。


「ダンストレーナーの高木さん、最初に見た時どう思いました?」


「は……?」


「何だこのチャラそうなヤツ、レンレンに近づかないで欲しい。そう思いましたよね?」


「それは……」


 そうは思わなかった、といえばそれは嘘になる。確かに、高木さんを初めて見た時はカレンに悪影響を及ぼしていないか、もっと踏み込んで言えば、彼女に手を出すんじゃないかと心配してしまった。


「想像してください? カレンが男と一緒にいたら?」


「……」


「その男が実はカレンの彼氏だったら? イケメン俳優? テレビ局のお偉いさん? 男性アイドル? 昔通ってた学校の幼馴染?」


「……やめろ」


「カレンが、そんな自分とは程遠い存在と結婚して、私たちの前からサヨナラしたらって考えたことはある?」


「あああああああああああああ! やめろぉぉぉぉぉぉぉ!」


「芦屋さん、耐えられますか?」


 考えた事なかった。しかし、言われたことにより嫌でも想像してしまう。


『おい! おい小僧! 霊力が乱れまくっとるぞ貴様!』


 確かに、その可能性は無い訳がない。

 遠山カレンはアイドルだ。

 言うまでもなく美少女だ。

 世の男が放っておくわけがない。


『我を引き抜け! 代償は……知らんが! 今抜刀しないでいつ抜刀する!? ここしかないだろうが!』


「そうなった時、私は願っちゃうんですよ。あぁ、神様でも、悪魔でもいい。私からカレンを奪わないでくださいって。そう願って手に入れた力なんですよ、この力は」


 あぁ、確かに、彼女の言う通り、そう思ってしまうのも、仕方ないのかも──。


「ふふ、これで、芦屋さんも私と同類、ですね」


 そう、か。結局は俺も──。



 一方、ライブ会場のボルテージはマックス。会場の人たちは全て入場を済ませており、『アイ☆テル』の登場を今か今かと待ち侘びていた。


「楽しみだな、ライブ」


「うむ、2人だけのライブは些か不安が残るが……」


「お前知らねーの? 今日、レンレンの復帰ライブだって話だぞ」


「エアプかぁ? あれデマじゃねーの?」


 会場内では様々な会話が繰り広げられている。


「盛り上がってるわねぇ。私もペンライト振っちゃおうかしら」


「婆さん、少しは年を考えてだな……あ、いや何でもないですすみませんでした」


「謝るのはやっ」


 芦屋家3人も既に席についていた。ちゃっかりグッズまで買ってライブの準備は万全だった。


「……」


「ん? どうした咲希」


「いや……何か嫌な感じが……」


「本当か? 近くか?」


「いや、気のせいかもだけど……うーん、この辺りじゃないっぽい気もする……」


「……お前の勘はやけに当たるから怖いんじゃが……」



 舞台脇でも、ライブを待ち侘びている人が多数いた。


「わお。お客さんいっぱいだねぇ」


「うん。ありがたいことだね。お客さんの声援に応えられるよう、頑張らなくちゃ」


「……戻ってきたんだ、私」


『アイ☆テル』のメンバーは勿論、スタッフの人たちも安堵していた。最悪の場合、『アイ☆テル』の3人が揃うことは2度と見られないことも考えられたからだ。


 会場に曲が流れ出す。登場する合図だ。


「じゃ、行ってくるよ。カレン」


「思いっきり盛り上げちゃってくるから、待っててね〜」


 2人が先に舞台へと、あがった。


 わああああああああああああああああ!


 歓声が会場に響き渡る。それだけで今日ここに来てよかったと思うカレンだった。


 カレンの出番はまだ先だ。心を落ち着かせようとお守りを取り出した。


「……あ」


 肌身離さず持ち歩いていた、侑李からもらったお守り。そのお守りの持ち手の紐が、切れていた。


「嘘……さっきまでは何とも無かったのに……」


 何だか不吉な予感がした。ぎゅっとお守りを握りしめる。


「芦屋くん……」

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