第16話 ライブの下見、もとい下調べ
宗一に頼み込んでから2日後の事だった。
「侑李。ライブの警備の件じゃが、オッケーじゃったぞ」
「え!? そんなあっさり!?」
「ワシの顔の広さも捨てたもんじゃないじゃろ? ま、迷惑だけはかけんようにな」
「ありがとう、じいちゃん!」
「うむ。ワシはここ最近で一番の尊敬の眼差しを向けられて嬉しい限り。できればいつも通りそうして欲しいんじゃが──」
「よし、そうと決まれば当日までにやることを進めなくては……!」
感動している宗一をそっちのけにして、侑李は計画を立て始めた。
「ここがライブ会場……!」
後日、侑李はライブ会場に下見に来ていた。もちろん遊びに来ているのではない。会場内に不穏な気配が漂ってないか調査をするためだ。決して、浮かれてなどいない。
「姉さんもありがとう。こんなスムーズに会場に入れるのも姉さんのおかげだよ」
凛が同伴してくれたおかげで会場の下見ということで入る事ができた。これには感謝しかない。
「はうっ……! ここ最近で一番の輝かしい眼差しを向けれられてお姉ちゃん感動……! できればお姉ちゃん呼びでもう一度──」
「よし、早速中を調べよう」
気持ちの悪い姉を放って中へと進む。
「おぉ……」
何というか、言葉が出てこなかった。ただひたすらに圧倒されていた。パソコン越しで見ていた会場が、今は人のいない状態で目の前にあらゆる角度で広がっている。
「……はっ。いかんいかん」
本来の目的を忘れかけていた。
侑李は会場を隈なく調べる。今のところ妙な気配を感じたりはしていない。負の感情が集まりにくい場所のせいか、全く感じなかった。
「どう? 何か見つけれた?」
凛が追いついてきた。
「いや、何も感じない」
「そっかぁ。お姉ちゃんはその辺鈍いから今回も役に立てそうにはないから……ごめんね、ゆーくん」
「いや……姉ちゃんは感じ取れると言ってもいいようなもんでしょ……」
凛は確かに霊を感じ取る力はないが、勘だけで霊に対処するらしい。実際、宗一もその様子を見ていたようだが、あいつはヤバいと言っていたそうな。
「この感じなら会場は大丈夫そうだから、別のところを見てくるよ」
「あ、お姉ちゃんは警備の人と少しお話ししてくるから、あんまり遠くに行かないようにね」
凛の忠告を聞き入れつつ、会場を後にし、トイレや廊下まで確認する。どこの場所も妙な気配は感じなかった。
「後は……ここか」
控室、と部屋の扉に紙が貼られている。
「あ、お疲れ様でーす」
「え……?」
声がした方を振り返ると、固まってしまった。
「あれれ? 何か控え室に用でもあるの?」
それは、『アイ☆テル』のメンバーである小悪魔系アイドル、リリだった。
「……」
「……? もしもーし」
「はっ! い、いや失礼! えっと、決して怪しいものではなくてですね……!」
「いや、キョドりすぎでしょ。にひっ、おもしろいね、キミ」
こちらを覗き込むようにして見上げる姿に、思わずドキッとしてしまう。まるでこちらがどういう反応をするのか、完璧に理解して動いているかのよう。
「こら、リリ」
「あ、あ……!」
「あまり警備の人を困らせたらダメじゃないか。……おや、警備の人ではないのかな? もしかして、スタッフさん? だとしたら、私たちに何か用かな?」
凛々しい顔立ちと透き通るような声。その持ち主は、『アイ☆テル』のメンバーであるクール系アイドル、マイカだ。
「ななな、何でここに!?」
「それはこっちのセリフなんですけどねー?」
マイカの後ろからひょっこりとカレンが姿を現した。
「あ、遠山さん……」
「……何か私の時だけ反応薄くないですか?」
「いやいやいや! 決してそうではなく!」
自分の目の前に『アイ☆テル』のメンバーが揃っている。この事実だけで脳が沸騰しそうだった。
「私たちは今日リハの日だから、会場で練習してたんです。それで、何で芦屋くんはここに?」
「ええっと、事前の安全確認といいますか……もし会場内に何かあったら、と思ったらいてもたっても居られなくなったと言いますか……」
「……ぷっ、ふふ。ごめんなさい。事情は大体お姉さんから聞いてるから、芦屋くんがここにいる事情は知ってるんです」
「な、何だ……。早く言ってよ……」
「ふふっ。芦屋くんがたじろいでる姿が面白くて、つい」
久しぶりにカレンと話したが、いつも通りで安心した。
「私たち、蚊帳の外みたいだね」
「ねー。何か二人、めっちゃいい感じじゃん」
「あ、ご、ごめんね!? こ、こちらは芦屋くん! 今回私がお願いしている、霊媒師の人ですっ」
「霊媒師……というと、あの例の怪奇現象を調べてもらっている……」
「あー。私が提案したヤツかぁ。まさかレンレンが本気にするとは思わなかったけどね」
どうやら話を聞くに、リリが霊媒師に相談してはどうかと提案したんだなと侑李は理解した。
「まぁ、立ち話もなんだから、キミもどうかな?」
「え……?」
そして、マイカの導くままに控え室へと入ってしまった。初めて見る、控え室。気持ち悪い反応を見せないように、感情を抑えるのに注力する。
「それで、何か分かったのー?」
「い、いや。ひとまず会場内は大丈夫、だと思います。変な気配とかは無かったし」
「ふぅん」
ジロジロと、こちらを見てくる。
「ま、いいや。ちゃんと私たちを守ってくださいよ、王子様」
「お、王子様?」
「ふふ、気にしないで。カレンがキミのことをいつも誇らしげに話すものだから、私とリリは勝手ながらキミのことを王子様と呼んでいただけだから」
「わー! わー! ちょ、ちょっと!? い、いつもは言い過ぎでしょ!? それに王子様って呼んでるの初耳なんですけど!?」
「そりゃあ、言ってないからね、あはは」
「もぉー! 二人ともひどいですよー!」
あぁ……。尊みが強すぎて会話の内容が入ってこない……。目の前で萌え4コマみたいな展開が繰り広げられている……。自分は天国にでもいるのかもしれないと思った。
「わ、私っ! 先に行ってますからね!」
「あ、逃げた」
顔を真っ赤にしたカレンは控え室を出て行ってしまった。
「やれやれ、スキャンダルはアイドルにご法度なのにね」
「す、スキャンダル!?」
「いや、なんで芦屋っちが驚いてんの? ウケる」
「でも、カレンが元気になってよかったよ。あの怪奇現象が続いて以来、どこか塞ぎ込んでいたからね」
そこで侑李はハッとした。今日の目的を思い出すとともに、この2人も当事者であることを思い出した。
「あの……2人はその……怪奇現象を実際に見たんですか?」
「にひひっ。見た目同い年なのに敬語じゃん。かーわいっ」
「う……」
「こらリリ。からかうのも程々にね。そうだね、私たちも何回か見たことはあるよ。見た、というより体験したという方が近いかもしれないけどね」
「確かにビックリしたよねー。急に看板とか落ちてきたりしてさ。カメラのレンズが割れたりとかね」
話を聞いていると、カレンの言っていた内容とほとんど同じだ。どれも偶然では片付けられないような現象だった。ほぼ間違いなく、霊の仕業だと思っていいだろう。
「……それって、遠山さんが一緒にいる時は必ず、だったりするかな?」
敬語をやめた途端言葉が辿々しくなってしまう。
「んにゃ? そうでもないと思うけどな。なになに? 芦屋っち犯人探しでもしようとしてるの? もしかして、私たち疑ってる?」
リリの声色が少し低くなる。
「い、いや、ちが……くはないか。ごめん」
「いや素直か笑。ま、変に誤魔化されるよりはマシか~」
「つまり、芦屋くんは怪奇現象が誰かの仕業ではないかと思っているのかな?」
「そう、だね。確証はないけど、可能性はあるのかなって。だから、怪奇現象を間近で見た人、一番経験した人に色々と聞きたくて」
「間近で見た人、か。スタッフさんとか何人かいるけど、毎回同じスタッフさんとは限らないし……」
「んー。誰だろねぇ」
そう言いながらリリはペラペラと手帳をめくっていた。
「こらリリ。ちゃんと話を──」
「いやいやマイカちゃん。私だって真面目に調べてるんだよ? ほら、これもマネちゃんの手帳だし」
「なんで西山さんの手帳を持ってるのかな……」
「えへへぇ。スケジュール確認させてーって借りたまま返すの忘れてた☆」
頭に手を当てて、てへぺろを決める。大変可愛らしい仕草を近距離で見せられて侑李の目は潰れそうであった。
「あ、芦屋っちも見る? ほら、こっからこの辺ぐらいは怪奇現象のこと書いてあると思うよー」
スッと侑李の横に座り、肩を寄せてくる。かなり距離が近い。いい匂いがしてきて思考が支配されそうになりながらも、手帳の内容に目を通す。
「……」
「ん? どったの?」
「……いや、ありがとう。助かったよ、リリち」
「……」
「あ」
思わずファンの間の名称で呼んでしまった。それに至近距離。かなり恥ずかしいことをしたのではないだろうか。
「ご、ごめん!」
「いや、何で謝ってんの、ウケる。が、ガチ恋距離で感謝とか、いーって、そーゆーの」
心なしかリリの顔が真っ赤になっているような……。そんな気がしていると、部屋の扉が開かれた。
「2人とも、もうすぐリハの時間が──って近いっ! 芦屋くん! リリに近づきすぎです! 食べられちゃいますよっ!?」
「へぶっ」
グイッと部屋に入ってきたカレンの手で顔を掴まれ、リリと距離を離される。
「おー怖い。別に彼氏さんを取って食べたりしないよー?」
「か、かれ……っ!? リリーっ!」
「わー! 逃げろぉ〜」
そうして2人は走り去っていった。
「やれやれ……いつも通りの騒がしさで嬉しいけど、少し気を引き締めてもらわないとね。芦屋くんも、今日はありがとね」
「こちらこそ、ありがとう。マイカさんも頑張ってください」
「おや、私はマイマイと呼んでくれないのかな?」
「勘弁してください……」
マイカと一緒に舞台へと行き、そこで『アイ☆テル』の3人を見送った。さて、自分もそろそろ帰ろうとしたその時だった。
「ウィーっす! んじゃ、今日はリハ頑張って行きまっしょい!」
めちゃくちゃウェイウェイしている金髪のツーブロックをした派手な男の声が響き渡る。
「「「はい!」」」
様子を見るに、彼が3人の指導役のようだ。すげぇチャラそうな人だな……と遠巻きに見ていると、こちらの視線に気づいたようで、男は口の端を歪めた。
「……」
「あ、ちょーっち待っててね! すぐに終わるから」
そう言って男はこちらへ歩み寄ってきた。
「な、なんですか?」
「ふふん。いいね、キミ。目がいい。何かを成し遂げたい、そんな目だ。ゾクゾクする」
「は、はぁ」
「自己紹介が遅れたね、俺は高木。これ、キミに」
そう言って男は懐から紙を取り出し、こちらへ差し出してきた。受け取り、読もうとすると──。
「おっとストップだ。お家に帰ってから読みな」
ニコッと白い歯を見せながら笑う。
「は、はぁ」
「それじゃ、また会えることを、心から待ってるよ」
会場から出て駐車場で凛が乗っている車に乗り込む。
「あれ、ゆーくん。もういいの? リハとか見ていかないの?」
「いや、これ以上の刺激は脳みそが壊れそうだからやめておく」
「大げさだなぁ、って言おうと思ったけど、ゆーくんならそうなりかねないねぇ。それで、収穫あったの?」
「あぁ。かなり大きな収穫が。って前、前見ながら運転してくれ」
「えー? 夕日に照らされるゆーくんが見たいのに」
「頼むから。事故って血塗れになるゆーくんになっちゃうから」
「ちぇ〜」
口を尖らせた姉を隣に夕方の帰り道を走る。その時の夕日は、燃えるような赤色だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます