第14話 デート、推しへの疑念

 次の日の朝。玄関先で侑李は鏡を見て衣服チェックをする。チェックの結果、どこも問題はない。完璧である。


「……」


「じゃ、行ってくるから」


「冗談でしょ?」


 咲希はこの世のものではないものを見るような目をしている。


「え?」


 侑李の服装はというと、それはそれは精一杯背伸びをしたような格好だった。普段は絶対に被らないハットを被り、ピッチリと体にフィットしているカッターシャツと背広。どう見ても学生が今からデートに行くような服装には見えない。


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」


「おい……何か言いたい事がなら言ってくれよ」


「じゃあ言わせてもらうけど、絶望的に似合ってないから」


「そんなっ!? 父さんの昔のスーツまで借りたのに!?」


「バカでしょ……」


 咲希にこれでもかと罵られた後、的確なアドバイスを貰う。


「デートって言っても、普段と同じような格好でいいと思うけど。変に気張ってると、あっちまで緊張させちゃうだろうし。あくまで普段通りに、必要な時は特別に。それから、女の子だって意識しすぎないこと。おにぃはただでさえ女の人と接するのが苦手そうだから、変に意識しないように、分かった?」


「お、おう……」


 妹にそこまで言われると、かなり傷つく。しかし、的を射ている気がして更に傷が深くなる。


「ほら、さっさと着替えた着替えた」


「わ、分かったよ」


 大人しく咲希の言うことを聞いて部屋に戻る。時間にはまだ余裕がある。なんせ1時間前に集合場所へと向かおうとしていたからだ。


「……バカおにぃ」


 咲希の呟きは誰もいなくなった玄関に響き渡った。



「……遠山さんは、まだ来てないよな」


 集合場所である駅前に着いた。まだ集合時間まで30分近くあるのだが、遅れるよりは全然マシだ。


「さて……」


 スマホでも見て時間を潰そう、とスマホを起動した時だった。


「芦屋くん?」


「え?」


 声のする方向を振り返った途端、脳がおかしな事になった。


(レンレンの……私服……)


 白のトップスに淡いピンクのスカート。決して派手とは言えないが、落ち着いていて大人びた印象を覚えた。清楚、という言葉を具現化した姿と言われても信じてしまう。


 周りから音が消え、視界が狭まりカレンの事しか見えなくなっていた。太陽の光がスポットライトとなり、カレンを照らしているかのようだ。


「良かった……早く来すぎたかと思ったんですけど……ちょうど良かったみたいですね」


「そ、その格好は……」


「あ、これですか?」


 普段のカレンとは決定的に違うパーツがあった。それは眼鏡だ。藍色のナイロールフレームの眼鏡がいつもとは違った可愛さを引き出している。


「忘れられてるかもしれませんけど、私も有名人ですので。変装も兼ねて、です♪」


「……」


「あっ、その程度の変装で、何て思ってます? これが意外とバレないんですよ? あからさまな変装の方が気づかれやすくて……って芦屋くん?」


「……」


「芦屋くん……? だ、大丈夫ですか? おーい」


 カレンは侑李の顔の前で手をひらひら振ってみるが、反応が無い。


「もしかして……気絶してるっ!? あ、芦屋くん!? 大丈夫ですか!?」


 数分間棒立ちの状態で動けなかった侑李だった。



「いやぁ、申し訳ない。まさか気絶するとは」


「ホントですよ……ビックリさせないでください。……それより」


「な、なに?」


「遠くないですか?」


 侑李とカレンの間には人がもう1人入れるぐらいの隙間、というよりも空間がある。側からみれば知り合いとは思われないだろう。


「いや……恐れ多くてつい」


「……もうっ!」


「ふぁ!?」


 ぐぐっとカレンが距離を詰めてくる。いい香りがした。それはもうめっちゃいい香りがした。同じ人種なのだろうかと侑李は疑ってしまった。


「私を守ってくれるんでしょう? だったら離れてちゃ、嫌ですから」


「は、はい……」


 袖をちょこんと掴まれながら並んで歩く。何を話そうか、考えてはいるが行動には移せない。どうすれば、そんな思考がぐるぐると頭を悩ませる。


「そ、そういえば!」


「は、はいっ」


 悩んだ末、思いついた。


「今ってどこに向かってるんだっけ……?」


「もう、そんなことも忘れちゃったんですか? あ、あれ。そういえば言ってませんでしたっけ……」


「き、聞いてないような……」


「……」


「……」


「……ぷっ」


「……ふふっ、グダグダですね。私たち」


「ははっ。そうだね」


 行き先も分からぬまま歩いていたこと、行き先を伝えずに連れてきたことに思わず笑ってしまう二人だった。


「今から行くところですけど……着くと分かると思います」


「……どこだろ」


 カレンに導かれるまま進んでいくのだった。



「まずは……ここですっ」


「ここって……商店街?」


 連れてこられたのは商店街だった。駅から徒歩10分圏内の位置にあって、主婦の方たちが利用するだけでなく、学生も部活の帰りなどでよく寄っているらしい。


「そう、何か思い当たる節、ありません?」


「思い当たる……」

 必死に頭を回転させる。商店街には何回か来たことはあるが、月に1度行くことがあるくらいだ。


 全く思い当たらない、と思っていたが、侑李に電撃走る。


「あ……『きみ街!』のロケ地か!」


「ピンポーン! 正解っ! さっすが芦屋くんですねっ」


『きみ街!』というのは今人気が出そうな街のスポットをトークしながら練り歩く旅番組のようなものだ。アイドルや声優など、様々な出演者とレギュラーメンバーがトークしながら旅をするのが人気を博している。


「でも、何でロケ地に?」


「あのね、このロケを撮影してる時に、おかしな事があったんです。看板が急に倒れてきたり、お店の買ったばかりの機械が壊れたり……」


「……そうだったんだ」


 オンエアされている番組を見た時はカットされていたのだろう。そんなアクシデントがあったことなどレギュラーメンバーは勿論のこと、カレンからもそんな事が起こったことは感じ取れないぐらい面白い内容となっていた。


「じゃあ今回俺を連れてきたのは……」


「そ、そうっ! 怪奇現象の調査! 芦屋くん、手伝ってくれるって言ってくれたから、早速頼っちゃいました!」


「お、おぉ……!」


 早速頼られてしまった。これは気合を入れなくては。


「ふふっ……もしかして、デートだと思っちゃいました?」


「うぇ!? そそそ、そんな恐れ多いことは……」


「わ、私はアイドルですからねっ。スキャンダルはダメ、まだダメ、ですからっ」


 顔の前でバツを作って小悪魔な笑みを浮かべる。ヤバい、いつもとは違った可愛さで脳神経が焼き切れ、目が吹っ飛ぶかと思った。


「さ、調査をしましょう! 調査を!」


「う、うん」


 機嫌が良さそうなカレンと一緒に商店街を歩いた。実際に怪奇現象が起きた場所へと向かい、看板を調べてみたが、何も感じなかった。


「ごめん……流石に何日も前の霊力を感知するのは無理そうだ。痕跡も辿れないし……結局役に立っていないような……」


 何も役に立てない自分に嫌気がさす。


「わ、わー! そんなに落ち込まなくてもいいですから! 私もそれが今日の本当の目的じゃなくて──」


「え? そ、そうなの?」


「な、なーんて!? あ、また騙されちゃいました!? 私、女優路線も視野に入れても全然いけるかもですね!」


 危ない。またぬか喜びをするところだった。


(うぅ〜! ちょ、調子狂うなぁ……! 私、どうしちゃったのぉ……!)


「あ、あの……遠山さん?」


「な、なにっ!? あ、次のところですか? こっちですこっちですっ」


 引っ張られながら次の怪奇現象が起きたところへと向かう。


「ここ?」


「はい、そうです。こんにちはっ」


 カレンはコロッケ屋さんでコロッケを揚げているおばあちゃんに声をかけていた。


「はい、こんにちは……ってカレンちゃん!?」


「わ、わーっ! 店長さん、声が大きいですっ!」


「あ、あぁすまないねぇ。お忍びってやつだね。アイドル活動、休止って聞いてたけど体調は大丈夫なのかい?」


「はい。体調の方は全然大丈夫です。すぐに戻ってきますから、待っててくださいね」


「無理はしちゃいかんからね」


「ありがとうございますっ。店長さんも、この前の機械大丈夫でしたか?」


「あぁ。やっぱり不良品だったみたいでね。変えてもらって今ではこの通りよ」


 ポンとコロッケを揚げている機械を叩く。確かに、あれが壊れてしまっては商売もあがったりだろう。


「おや、そちらの方は……」


「あ、どうも」


 店長さんが侑李とカレンを交互に見る。


「あ、こっちは芦屋くん。私の──」


「待った。何も言わなくていいよ。アタシには全部分かってるからね」


「え……? 店長さん?」


「ほら、今日は好きなだけ持っていきな。お金もいらないよ。その代わり……ウチのコロッケをきっかけに交際を始めたと宣伝を──」


「ち、違いますからっ! 店長さん勘違いしてますってぇ!」


 その後、店長さんの誤解を解くのにかなり苦労したが、店長さんが揚げてくれたコロッケの味は絶品だった。



 商店街の後も色々なところを回った。どれも侑李の記憶にも残っている場所で、番組に使われたロケ地や、曲のPVに使われている場所まで行った。しかし、特に変わったところもなく、怪奇現象の手がかりは何も掴めなかった。


「〜♪」


 手がかりは掴めなかったが、カレンの機嫌はなぜか良かった。


「あの、遠山さん」


「はい、なんですか?」


「その、ごめん。何も力になれなくて」


「もう、今日何回聞いたか分かりませんよ、その謝罪」


「ご、ごめ──」


 カレンの人差し指が侑李の口に当てられる。


「今度謝ったら、怒りますからねっ」


「は、はい」


「よろしいっ」


 カレンの綺麗な人差し指が離れていく。名残惜しさを感じた自分はかなりの変態なのかもしれない、と侑李は別の罪悪感に苛まれた。


「じゃ、じゃあ次が最後です」


「……分かった。次こそは、何か見つけてみせるよ」


「はい、お願いしますねっ」


 もう日が暮れ始めている。時間的にも次が最後だろう。


 駅を降りて、カレンに連れてこられたのは都内にある高層マンション、俗に言うタワマンだった。


 その大きさは普段侑李が住んでいる家からすれば天と地ほどの差があった。地上からそのビルを見上げると首が疲れてしまう、それぐらい立派な高層マンションだった。


 しかし、この場所に関しては全く侑李の身に覚えのない場所だ。


「……? あの、遠山さん」


「なんですか?」


「俺の記憶に無いんだけど……ここって番組のロケ地とか? あ、それともまだオンエアされてないだけとか?」


「えっと、まぁ行ってみてのお楽しみ、ということで」


 妙に歯切れが悪い。何故だろう、妙に身構えてしまう。


 エントランスを通り、エレベーターに乗り、待つ。その間会話はなく、気まずい雰囲気だ。嫌な感じではないが、先ほどまで楽しく遊んでおり、カレンと接するのも慣れてきたというのに、今は心臓がうるさいぐらい高鳴っている。


 そして、エレベーターは停止。歩いて行くと、一つの部屋の前に着いてカレンは鍵を取り出し、開けた。


「……あ、あのー遠山さん? ここってもしかしなくても、遠山さんの部屋では?」


 ニコッ。カレンは何も言わずただニッコリと微笑んだ。


「か、帰るッ!」


「えぇ!? ちょ、何でですか!?」


 振り返り全速力で振り切ろうとしたが、ガッツリと服を掴まれてしまった。


「は、離して! 流石に部屋に上がるのはマズイ気が……!」


「大丈夫ですよ! 私一人暮らしですし!」


「それが一番マズイんでしょうよ……!」


 カレンの意外なまでの力強さで振り解けそうにない。


「わ、私の部屋でも怪奇現象は起こってるんですよ! それを調べて欲しくて……!」


「ぐ……!」


 そう言われると弱い。


「私を、守ってくれるんですよね……?」


「うぐぐ……!」


「……」


「……わ、分かったよ」


 悩みに悩んだ末に、侑李は部屋に入ることに決めた。



「さ、上がってください」


 入って玄関の時点から既に自分の家とは何もかも違うことが分かる。侑李の家は和風だが、カレンの部屋は明らかに洋風だ。


 ガチャン。カラカラカラ。


「ん……?」


「え、何ですか?」


「今、鍵とご丁寧にチェーンロックまでかけたような音しなかった?」


「気のせいですよ♪」


「そ、そう……」


(ふふ……これで簡単に逃げられませんよ……)


 恐る恐る、廊下を進む。


「あ、そこのリビングで待っていてください」


「う、うん」


 椅子に座り、差し出されたお茶を飲──。


(これ……まさか……)


「……なんかえっちな事考えてません?」


「ふぁ!? い、いやいや!」


「ふふっ、残念でした。それ、来客用のコップですから」


「なーんだ、良かった……」


「な、何が良かったんですかっ!? 私のコップじゃそんな嫌なんですか!? 潔癖症ですか!?」


「えぇー!? ちょ、ひとまず落ち着いて!?」


 取り敢えず暴走気味な遠山さんを落ち着かせ、何とか本題に移すことができた。


「それで……変なことが起きた部屋は」


「寝室です♪」


 嫌な予感はしていたが、やはり寝室らしい。普段全く女の子と絡まない侑李が女子のしかも推しの寝室に入るとどうなるのか、想像すらできない。体が塵になって散り散りになってもおかしくはない。


「と、遠山さんはいいの? 俺が寝室に入るなんて、そんな……」


「そ、それは……恥ずかしい、ですけど」


 急にモジモジされるとこちらまで照れてしまう。


「今日だけでかなり調査とかしたと思うんだけど……まだ何か気になることがあったり?」


 今日のカレンはいつもより積極的というか、いつも以上に押しが強かった。侑李には何か焦っているようにも思えた。


「……芦屋くんに隠し事は難しいですね。分かりました、正直に話します。芦屋くんと話す機会も、もう少ないですし」


「え……」


「私、明日から学校は休みがちになると思います」


「え……」


「あ、す、すみません! 言葉足らずでした! 体調が悪いとかそういうことでは無いので」


 それを聞いてホッとした。もし既に霊的被害が取り返しのつかない事になっているかと思ったからだ。


「復帰ライブに向けて、歌とかダンスとか本格的に練習を再開するんです。その練習のために、お休みしようと」


「そ、そうか……!」


 あっという間に日が経っていて、すっかり忘れていた。多少近しい存在になったといっても、遠山カレンはアイドルだ。再び舞台に立つ日がやってくる。練習無しで舞台に立つわけがなかった。


「でも……前みたいに変なことが起きたりしたら……それに、前は私だけでしたけど、他のメンバーに何かあったら私……」


 その体は少し震えていた。自分も相当怖い目に遭っていただろうに、他の人まで心配をしていた。なんて優しいのだろうと素直に感心してしまう。


 侑李はパン! と自分の両頬を叩いた。


「あ、芦屋くん……?」


 邪念を振り払う。


「寝室ってどこ? 調べてみるよ」


「え? えっと、あっちの部屋です」


「分かった。少し待ってて」


 侑李は椅子から立ち上がり、カレンの寝室へと足を踏み入れた。部屋の中はぬいぐるみやキラキラした小物が置いてあり、いかにも女の子といったような部屋だった。


 侑李は集中し、部屋の中の気配を探る。


 気配は……感じられない。おそらく部屋に悪霊が取り憑いていたことも無いだろう。


「芦屋くん……」


 カレンが心配そうな表情をする。


「大丈夫。この部屋に悪霊はいないよ」


「そ、そうですか……」


「念の為にウチの神社で作ってるお札、置いておくよ。それと……」


 侑李はポケットの中から赤い色のお守りを渡した。


「はい、これ」


「これって……」


「お札は部屋にしか効果が無いから……お守り。いつもはじいちゃんがお祈りして、ばあちゃんが作ってくれるんだけど……これは自分で作ってみたんだ。あ、作ったといってもじいちゃんの代わりに祈祷したのが自分だってだけなんだけど……」


 侑李にお守りを作れるような器用さは持ち合わせていない。その代わり、全力を持って祈らせてもらった。カレンが無事でありますようにと。


「……遠山さん?」


「……」


 もしかして……自作のお守りなんて重かっただろうか。ドン引きしているんだとしたら一刻も早くここから立ち退いて号泣するしかないな、そう思っていた時だった。


「不思議です。今までも、ファンの方から心配の声だったり、大丈夫だよって、言ってもらったりして……勿論それは嬉しかったんですけど、でも、やっぱり、心のどこかでは安心しきれてなくて。……でも、芦屋くんに言われて、本当に大丈夫な気がしてきちゃいました」


 それは侑李が特別な力を持っているからだろう。決して舞い上がってはいけないと自分に言い聞かせ、平常心を心がける。


「……ありがとうございます。大事にしますね」


 ぎゅっとお守りを、本当に大事そうに握りしめてくれた。



「じゃあ、練習がんばってね」


「はい。ありがとうございました」


 玄関でカレンと別れ、深呼吸をする。ひどく緊張した状態だった。肩の力が異様に張っていた気がする。


「さて……帰るか……」


「……侑李?」


「え──」


 自分の名前を呼ばれた方へ顔を向けると、そこには見知った顔があった。


「じ、じいちゃん!? なんでここに!?」


「お前……さっきのは……」


 その様子を見るに、がっつりと別れの瞬間を見ていたのだろう。あんぐりと口を開けた後、キリッとした表情に変わる。


「お前も男じゃ……色を知る時期か……」


「なんか勘違いしてるな? 絶対してるな?」


「いや、何も言うな。何も言わずともワシには伝わっておるぞ」


 さすが我が祖父だ。言葉にせずともこちらの事情は伝わっているらしい。


「で、挙式はいつにするんじゃ?」


「1ミリも伝わってないな!?」


「いやはや……孫を見られる日も遠く無いというわけか」


「おーい、話を聞いてくれー」


 何とか説得しようと言葉を掛けるが、全く取り合ってくれない。誤解したままマンションを出た。



「それより、何であそこにいたんだよ」


「それはこっちのセリフ、と言いたいところじゃが。ふむ……」


 宗一が真剣な表情になる。こういう顔をするときは決まって仕事の時だ。


「侑李。あのお嬢さんは危険じゃとワシは思っておる」


「な、何言い出すんだよ急に」


「……お前には言おうか迷っておったが、あの場にいたのも何かの縁。お前には話しておこう」


 重苦しい空気のまま宗一は話し出した。


「今日わしがあそこにいたのはな、怪奇現象の原因を探っておったからじゃ」


「へぇ……ちゃんと外に出て仕事もしてたんだ……」


「お前……ワシが巣ごもりの仕事ばかりでただ家でダラダラと余生を過ごしていたと思っておったのか……」


「そこまでは言ってないけれども」


「まぁいい。それで、今日は怪奇現象に悩まされておると相談を受けた人の家に来たんじゃ。家におる時奇妙なことが起こると言っておったからな。ただそれだけならワシもわざわざ家に上がったりはしないんじゃがな……」


「……」


「相談に来たのは2人。その2人とも同じマンション、それも同じ階に住んでおると言っておった」


「た、確かに珍しいな」


「……その2人の部屋は401号室と403号室。お前さんが今日行っておった部屋の両隣じゃ」


 何も言えなかった。侑李は確かにカレンの部屋には霊的な類は無いことは確認できた。だが、両隣の住人は被害に悩まされているという。


「……疑ってるのか? 遠山さんを」


「……」


 宗一は答えない。


「……じゃ、じゃあ何か!? 遠山さん自身が悪霊を惹きつけて、怪奇現象を起こしてるって言いたいのか!?」


「侑李。落ち着け」


「遠山さんは……レンレンはなぁ! 自分が怖い目に遭っても他の人たちを心配するような優しい、いや! 尊い人なんだ! そんな人が悪意を持った霊を惹きつけるなんて──」


「侑李!」


 宗一に大きな声で怒鳴られびっくりする。久しぶりにこんな声を聞いた気がする。


「ワシもあの子が故意に怪奇現象を振り撒いてるとは思っておらん。ただ、一番厄介なのが意図せず、無自覚に悪霊を惹きつけている場合じゃ。ワシも過去何回かその体質を持った人に会ったことがあるが、表向きは優しくて、裏では……いや、すまぬ。そんな話は聞きたくないじゃろう」


「そんな……」


 無意識に拳を握りめていた。爪が手のひらに食い込んで痛い。


「どうにかできないのか……」


「お札やお守りは渡したんじゃな?」


「あぁ」


「なら良い。対策はそれが一番じゃ」


「そんな事じゃなくて……! もっと根本的に……!」


「生まれ持った体質はそう易々と変えられるものではない」


 こればかりは経験が豊富な宗一の意見を信じるしかない。反論しようにも、侑李はまだまだ未熟だった。


「侑李。お前があの子に信頼を寄せているのは十分理解している。だが、お前の身に危険が迫っている事も忘れないでくれ」


「……あぁ」


 宗一から何か言われた気がするが、頭に入ってこない。色々な考えが頭を巡りながら、家へと帰るのだった。

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