第13話 前進

『私が助けたかったからだよ!』



 目が覚めて、ベッドの上で考える。昨日の陽子の言葉が、頭から離れない。


「助けたいから、か」


 実に陽子らしいと思った。それと同時に、陽子と同じようになりたいと考える自分がいることを、侑李は気づき始めていた。


「……よし」


 決意を新たにして、侑李はベッドから起き上がった。


『ふわぁ……久方ぶりによく眠れたぞ』


「あ、おはよう。刀でも寝るんだな」


『くっくっく。キサマの霊力を頂いたおかげで昨日はぐっすりよ』


「やっぱりお前の仕業だったのか」


『いかにも。だが、お前も助かっただろう? 我の力、抜刀して護符を剥がせばあんなお遊び程度では済まんぞ?』


 昨日も中々の戦いを繰り広げたと思っていたが、マサムネからすればお遊び程度に過ぎないらしい。


「……だるっ」


『それなりに喰らったからな、質の良い霊力で美味であった。特に口に入れた時の感触と舌触りが何とも……味も濃厚で……』


「人の霊力で食レポすな」


『今度こそ護符を剥がしてくれると信じておるぞ』


「でも、そんなことしたら今度こそ根こそぎ吸い取る気だろ」


『……いや、そんなことある訳なかろう。先っちょだけ、お試しにちょーっと貰うくらいで済ませるぞ……』


「やっぱ押し入れ、いや、倉庫にでも入れとくか……」


『あー待て! カビ臭いのはやめろ!』


 刀ごときで贅沢な……と思ったが、本気で嫌がっているみたいなのでその辺に立てかけておく。


『今日もまた学舎へ行くのか? 真面目な奴め』


「学生の本業だろうが」


『ワシも連れてけ!』


「やーだよ」


『暇じゃ暇じゃ! ワシも連れてけ!』


「うるさっ……」


 このままだとまた五月蝿く喚き散らして咲希に怒られかねない。


「あ、そうだ」


 我ながら天才だと思った。そんな妙案が頭に浮かんだ。


 まずはマサムネを椅子へと立てかける。


『あ? なんじゃ』


 そしてパソコンにブルーレイディスクを入れて、映像を再生。『アイ☆テル』のライブ映像が流れ始める。


『何じゃこりゃ』


「暇なんだろ? ちょうどいい機会だ。俺の推しの良さを存分に理解してもらおうじゃないか」


『はぁ〜? なぁ〜に言っとんじゃお前』


「じゃ、そゆことで」


『おいっ!?』


 さっさと侑李は出て行った。部屋にはライブ映像とマサムネだけが残った。


『マジで見るのか……これ』


 全く興味のないマサムネだった。そもそも今目の前で繰り広げられているのが何なのかまるで分かっていない。


『これは……舞踊か? ふむ……儀式の類か。それにしても凄い数に人ではないか。随分と大掛かりな儀式だな。眩し……光を一極集中させて信者たちの視線を集中させているのか……中々やり手だな……』


 いつの間にかマジマジと見入ってしまっているマサムネだった。


 学校に着いて自分の席に座る。いつもの朝の光景だ。昨日悪霊と激しい戦いを繰り広げたとは思えない程に。


「はぁ……」


 いつもならテンション高く話しかけてくる金山くんが珍しくため息をついている。


「ど、どうかした?」


「いや……推しの供給が足りていない気がして……」


「え……サトクリ、だっけ。あのカップリングを追っていたんじゃ……」


「あの二人も確かにいいんだが……もっと更に推しカプを見つけたくなってしまっている自分がいるっ!」


「そ、そう……」


 まだまだ推しを見つけ足りない、という感覚は侑李には理解できていない。それもそうだ。今までカレンばかりを推してきたのだから。


 しかし、今の侑李は違った。新しい推し、そう言われて陽子の顔が思い浮かんだ。


「……」


「うん? どうした侑李氏」


「やっぱり、俺は犬飼さんを推しとして──」


「私がどうかしたの?」


「うひょぉっ!?」


 いつの間にやら背後に陽子が立っていた。


「あははっ、変な声!」


「い、いや、何でもないからっ!」


 危ないところだった。聞かれたら一生の恥ランキングトップに躍り出てしまう出来事だろう。


「おはようございます、芦屋くん」


「あ、遠山さんもおはよう」


 カレンも一緒のようだ。しかし、あまり元気がないように見える。


「おはよう! 遠山さん!」


「遠山さんっ! 昨日のドラマ見た!?」


「はいっ、おはようございますっ」


 クラスのみんなはいつも通り話しかけている。気のせいだったのだろうか。少しだけもやもやしながら授業を受けるのだった。



 侑李たちが授業を受けている頃、マサムネはライブ映像と睨めっこしていた。


『この小娘たち……ど素人の動きかと思っていたが、意外と洗練されておるな……特にこのマイカという女、こいつの踊りはずば抜けている』


 最初はくだらないと思っていたライブ映像だが、ずっと見ていると“気づき“があった。


『踊りが拙い小娘もいるが、マイカがしっかりと補助している。それに、リリ、と言ったか。この娘も必死な姿がどこか応援したくなるような、守ってやらなくては、そんな気分になってくる。魔性の力でも持っているのか?』


 そして、一番目を見張る者がいた。


『カレン、といったか。どこかで見たことがある小娘だと思っていたが、夜の学舎で一緒にいたアイツか。コイツ、踊りと歌、どちらに傾くことなく、それぞれを両立させて極めている。コイツが動くと周りの者も合わせて動けている。末恐ろしい小娘だ』


 そうしてぶっ続けでライブ映像を見続けていると、あっという間に時間を消費し、気づけば夕方になっていた。


『……ふん、くだらん。くだらん、が。儀式の様式を真似る名目としてなら、なくはない』



 授業が終わり、いつもの屋上。しかし、学校の怪談は解決してしまった。いつもの日課も今日でおしまいになるかもしれない。


「芦屋くん、昨日は大丈夫でしたか?」


「え? あぁ、遠山さんが先生を引きつけてくれたおかげで無事に帰れたよ。ありがとう」


「ふふっ、お役に立ったのなら良かったです」


 あの後凛からはやっぱり無茶したんだと言ってこっぴどく叱られたが、それは言わないでおく。


「……」


「遠山さん?」


「私、少し甘く見ていました。私でも、悪霊とか、そういう類のものに対処できるだろう。心の持ちようで何とかなるだろうって、思ってました」


「……」


「でも、昨日の幽霊を見て、本当に危ないものだって分かりました。あまりに軽率にお願いしてたんですね、私」


「そんなこと……」


 首を横にふるカレン。


「私、復帰ライブは諦めようと思います」


「えっ!?」


「だって、昨日みたいな事が起こるかもしれないって事ですよね。それに、よく考えたら私だけじゃなくて、メンバーのみんなも危険に晒しちゃうかもしれない。そんな状態で、復帰ライブなんてとてもじゃないけど、できません」


 笑ってはいるが、笑っていない。表情が笑顔になっているだけだ。ライブで見せてくれる満面の笑みとは程遠い笑顔だった。


「芦屋くん、今までお付き合いしてくださって、ありがとうございました」


「……これから、どうするの?」


「うーん、どうしましょうねっ。各地のパワースポットを巡礼してみるとか? あ、縁起のいいインテリアを集める旅とかも良さそうですねっ」


「……」


「この時間も、今日でおしまいにしましょう」


 くるりとカレンが背を向ける。


「楽しかったです。明日からも、クラスメイトとして、普通に接してくださいね」


 言ってしまう。カレンが背を向けたまま、こちらを振り向く事なく。


 カレンが決めたことではないか。だったら、その気持ちを無駄にすることなんてしたくない。


 ……本当にそうか? カレンは、笑っていたか? 幸せそうだったか? あれを笑顔と、呼べるのか?


 俺は、どうしたいんだ。どうすれば、推しの役に立てる?


『私が助けたかったからだよっ!』


 陽子の声が、思い浮かんだ。そして、その声が頭に響いた次の瞬間には、カレンの手を取っていた。


「えっ?」


「……少しだけ」


 振り絞るように、声を出した。


「もう少しだけ、待ってくれないか?」


「でも、これ以上は──」


「何とかする」


「……」


「俺が、何とかしてみるよ」


 侑李は真っ直ぐ、初めてしっかりとカレンの目を見て言うことができた気がする。


「……私、芦屋くんを困らせちゃいますよ?」


「構わない」


「危ない目にだって、あっちゃいますよ?」


「もう慣れたよ」


「……本当に、頼ってもいいですか? 私、またアイドルできますか?」


「……もちろん」


 握った手を、握り返してくれた。


「ありがとう……ございます」


 始めからそう言えば良かった。勇気がないばっかりに、言い出すことができなかった。その勇気をくれたのは、紛れもなく陽子だ。



「……へへっ、世話が焼けるんだから」


 侑李とカレンの死角に隠れていた正義の味方は、誇らしげにそう呟いた。



「ただいま……ってうわ……」


 咲希が家に帰り、自分の部屋へと戻ろうとした時、侑李の部屋を見てドン引きしていた。


「おにぃ……刀にまで布教活動しなくても……」


 咲希が見たのは刀、マサムネがライブ映像を見ているという奇天烈な光景だった。


『ふむ、ここでこの踊りか。む、先ほど見た踊りと少し違うな。……なるほど、会場に合わせて少しずつ踊りを最適化させているのか。興味深い』


「……えぇ」


 咲希は見なかったことにして自分の部屋へと戻っていった。



「ただいまー」


 侑李が自分の部屋に戻ると、ライブ映像は既に終了していた。マサムネは寝ているのか、反応が無い。


「ふっ、素人め」


 確かに、ライブ映像をぶっ通しで見るのは推しの供給量の多さでぶっ倒れてしまうのも無理はない。侑李も初めて見た時は1回通しで見てすぐに気絶してしまったものだ。


『誰が素人だ』


「うわっ、起きてた」


『ふんっ、当然よ。今度は別の儀式を見せることだな』


「儀式て」


 マサムネが悪態をつくことは無かったのは侑李にとって意外だった。これからも継続して布教活動を進めても良さそうだ。


 その時、スマホが振動した。


「……? 誰から……だ……」


 表示されていた名前は、カレン。なぜ俺のスマホの番号が……と思っていたが、LINEから通話をしてくれているようだ。


「も、もしもし……」


「あ、芦屋くん? 私です、カレンです」


 耳が溶けるかと思った。スピーカー越しでもそれぐらい綺麗な声をしていた。普段話していた時とはまた違った感覚を植え付けられてしまった。


「あ、あの、ですね」


「……? う、うん」


 珍しく、カレンにしては歯切れが悪い。


「明日なんですけど、何か予定はありますか?」


「明日?」


 反射的に壁にかかっていたカレンダーを目にする。明日は土曜日だ。特に予定はなく、あるとしたらライブ映像の観賞会をマサムネに付き合ってもらおうと考えていただけだ。


「いや、特に予定はないよ」


「そ、そうですか……! えっと、明日なんですけど……私と一緒に、行って欲しいところがあるんです」


「それは勿論いいんだけど……」


「良かった……! じゃ、じゃあ集合場所は後で連絡しますので、そ、それではっ!」


 ブツ、電話は切れてしまった。


 侑李は頭の中で先程の会話をリピート再生する。


 明日、休日に一緒に行って欲しい所、集合場所。待ち合わせ。


「これってもしかして……」


「デートのお誘いじゃないの? それ」


「うわぁ!?」


 いつの間にか背後のベッドに咲希が座っていた。


「の、ノックぐらいしてよぉ!」


「何その気持ち悪い口調……ってそうじゃなくて、デートのお誘いでしょ、今の」


「そ、そんな浮ついた用事じゃないやろがい!」


「でも、休日に男子女子1対1。集合場所まで決めて、どこかに行く。これってデートじゃなくて何て言うの?」


『なんだ、逢引きか?』


「あー、そうとも言うかもね」


「お前まで……」


 マサムネまでもが乗っかってくる。言われてみると先程の会話はデート前日のような会話だったのかもしれない。


「……俺、明日死ぬかも」


「大袈裟だなぁ」


『なぬ? 死ぬにしても霊力だけは我に捧げておけよ』


「ま、まずは着ていく服を決めなくては……!」


 侑李はクローゼットとタンスを全開放させ、どの服を着ていくのかシミュレーションを始めるのだった。

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