第11話 怪談その5と不吉な気配

 次の日の朝。朝食の場で昨日陽子に会った出来事を話した。


「っていうことで、他の霊媒師さんはいたけど、変に争うことは無さそう……ってどうしたのじいちゃん」


 話をした途端、プルプルと震え出した。


「犬飼……じゃとぉ……?」


「あ、あぁ。犬飼さんだけど」


「侑李、その娘をどうにかして傷物にしてやれ」


「なんてこと言うんだよ。するわけないだろ」


「かぁー! いかん! 犬っころの家なんぞに遅れを取られていたとは……芦屋家の恥じゃ!」


「急にどうしたんだよ……」


「昔から犬飼さんとは仲が悪いんですよ」


「あたっ」


 八千代がご飯を運んできてくれる。運び終わったお盆で宗一の頭を小突いた。


「何するんじゃ!」


「いつまでもダラダラと恨みがましいことを言ってるからですよ。そろそろ仲良くしたらどうです?」


「ふん! あーんないけ好かない奴と仲良くなんかできるかっ。アイツの娘なんぞ性悪女に決まっておるわ」


「いや、クラスの人気物だぞ」


「かーっ! ますます気に食わんのぉ!」


 もはや何を言っても怒りそうだ。


「ちなみに私は犬飼さんとはよくお茶会をする仲ですから」


「なぁにぃ!? おい、聞いとらんぞそんな話は! おい、待つんじゃばあさん!」


 朝から騒々しい食卓となってしまった。飛び火を浴びる前にそそくさと学校へと向かった。



 学校について少しすると、カレンと陽子が教室へと入ってきた。


「おはよー!」


「おはようございます」


 やはり二人が来ると教室が一気に明るくなる。まるで太陽が二つ同時に教室を訪れたみたいだ。


「おはよっ、芦屋くん!」


「え? あぁおはよう」


 陽子がサッと顔を近づける。


「昨日のこと、秘密だからね」


「わわわ、分かってるよ……!」


 いきなり近づかれてびっくりしてしまった。おまけに吃りまくってめちゃくちゃ恥ずかしい。


「むぅ……」


 何やらカレンから冷たい視線を向けられているが、陽キャ女子に今のように囁かれては隠キャ男子としてはキモくなってしまうのも仕方がないのだ。


「ほら、席につけー」


 先生がやって来た。胸の高まりを抑えながら授業を受けるのだった。



 一通り授業が終わり、いつもののように屋上へと向かおうとしたその時だった。


「じゃあ帰りのホームルームはこれで終わり、と言いたいところだが、一点連絡事項があるからよく聞いとけよー」


 何だろう、と教室がざわつく。


「最近、体調不良を訴える生徒が多くてな。そのほとんどが部活だとか委員会だとかで夜遅くまで残っている生徒が多いそうだ」


 みんな頭の中で学校の怪談を思い浮かんでいるのかもしれない。現に幽霊の仕業じゃね? とテンションが上がっている生徒もちらほらいる。


「幽霊なんているわけないだろ。まぁ最近気温の変化が激しいから体調を崩しやすい。だから早く帰るようにな、以上」


 先生からのありがたい忠告をもらい、帰りのホームルームは幕を下ろした。



「先生が言っていたのって……」


 放課後の屋上、カレンは不安そうな表情をしていた。


「まだ断定はできないけど、多分遠山さんが想像してる通りなんじゃないかと思ってる」


 タイミングといい、体調不良になっている生徒の特徴といい、悪霊による仕業だと思ってもおかしくは無い。


「……今日中に何とかした方がいいかもしれない」


「どうしてですか?」


「先生が夜の校舎を見回りをするかもしれない。夜遅く残ってる生徒はいないか、夜な夜な学校に忍び込んでいるヤツはいないか、って」


「た、確かに。ありえない話では無いですね」


「そうすると、先生に被害が及ぶことも考えられる。早急に対処した方がいいかも」


 時間も限られてきた。今日中に残り2つを片付けなければ。


「話は聞かせてもらったよっ!」


「「っ!?」」


 後ろから声が聞こえた。


「やはり夜の学校か……私も同行しようっ!」


「い、犬飼さん……」


「陽子、どうしてここに……」


「ふっふっふ。2人っていつもどうやって連絡とか取り合ってるのかなーって思って後を尾けてきたのだ」


 ばっちり後を尾けられていたらしい。一歩間違えればストーカーだ。


「私も放って置けないからね。自分の通ってる学校で変な噂が立っちゃっても嫌だしね」


 正義感の強い陽子らしい理由だった。


「大丈夫! 昨日みたいにバッチリ祓っちゃうから!」


 陽子はVサインでとびきりの笑顔を見せる。やはりアイドルらしいムーブだと侑李は密かに思った。


「でも、やっぱり危ないよ。犬飼さんがいくら霊媒師だからって……」


「へぇ、心配してくれるんだ?」


「そりゃあ……まぁ」


「ふふっ。でも大丈夫! 私が2人を守って見せよう!」


 自信満々に言ってくれるが、嫌な予感がする。


「陽子がいるなら……きっと大丈夫ですよね?」


「……うん。そうだね」


 昨日のお祓いを見るに、陽子はかなりの実力を持っていることは確かだ。きっと大丈夫なはずだが、昨日感じた不穏な気配のことを思い出すと気は抜けない。


「あ、そういえばノート──」


「それじゃあ私は今日の準備をするから、先に帰るねー! また今夜ー!」


 またもや嵐のような勢いで去って行った。


「……私に霊を感知できる力ができれば……」


 カレンはぎゅっと胸の前で手を握っていた。


「……もし」


「え?」


「……いや、何でもない」


 もし今日やってみてダメだったら、その時は俺がキミを守るから。そう言えたらどれだけ楽だったことだろう。それを言う勇気が、侑李には無かった。



「ふぅ……こんなもんかな」


 陽子は帰ってきてから自室で今日のお祓いに向けて準備をしていた。必要なものは全て揃え、後は気持ちの問題だけだった。


「2人に見られた時はどうかと思ったけど……あの2人で良かったなぁ」


 下手に口外しそうな人でなくて助かった。霊媒師という役柄はあまり公にされていない。できることなら誰にもバレずに怪談を解決したかった。その方が正義の味方らしくてかっこよかったからだ。


「それにしても……昨日はバッチリ決まったなぁ……!」


 自分でも驚くぐらいに格好良く決まっていたと思う。その姿は、かつて自分を助けてくれた少年の姿と重なっていたと思う。重なってあって欲しい。


「……あの人、笑えてるかな」


 今でも鮮明に覚えている。陽子を悪霊から助けてくれた少年の顔を。助けに入った時、助けに来たよ! とかもう大丈夫! というような王道のセリフを少年は言わなかった。代わりに少年が言った言葉は、『ごめん』だった。虚な表情で、少年は去って行った。


 陽子は助かってよかったと同時に、どうしてそんな悲しい顔をしているのか分からなかった。そして、その少年に笑っていて欲しいと思った。正義の味方らしく、堂々と笑って助けに来て欲しいと思った。


「私が、そうなるしかないよね」


 あの少年にまた会うことができたなら、あの時はありがとう、今度は私がキミを守ってあげるよ、そう言いたい。


「よし……今日もバッチリ決めなきゃ! よろしくね、コマちゃん」


『わんっ』


 コマちゃんもやる気は十分のようだ。陽子は両手で握り拳を作り、やるぞー! と奮起するのだった。



「よし、そろそろ行くか」


『くっくっく……。今日こそ馳走を喰らうことができそうな予感がする……』


「そんなことにならないことを願うけどな」


『なにぃっ! 嫌じゃ嫌じゃ! 食べたい食べたい食べたいぃ〜!』


「う、うるさっ!」


 最近マサムネがただの我儘なクソガキに思えてくる。これがかつて人に恐れられていた妖刀とは思えない。


「ゆーくん、準備できた?」


「ああ、もう行くよ」


「おい、侑李。犬飼のとこに遅れを取られるんじゃないぞ」


「またその話か……はいはい、肝に銘じておきますよー」


「全く……」


 ぶつくさと言いながら送り出してくれる。


「おにぃ」


「ん? どうした?」


「……別に。気をつけてね」


「……お、おう」


 珍しく咲希が心配してくれる。


「……明日は雪かな」


「何か言った?」


「いえ何も」


「じゃ、行こっか」


 今日も今日とて姉に付き添われながら夜の学校へと向かう。



「あーあ。今日でゆーくんとのデートもおしまいかぁ」


「デートて。ただ付いてきてもらってるだけでしょうに」


「もう、ゆーくん。こういうのは雰囲気が良ければオールオッケーなんだから」


「そうなのか……」


「どう? 大丈夫そ?」


「うーん。何とも言えないけども……何とかするよ」


「ゆーくん」


「何──むぐっ」


 凛が両手で顔を包んでくる。顔をグイッと近づけてきていい匂いが漂ってくる。これだけ至近距離だといくら姉とはいえ、気恥ずかしくなってしまう。


「無茶はしたらダメだからね」


「……わはっへるよ」


「分かればよしっ」


 ニッコリと笑った凛は顔を解放して前を歩いて行く。


「……ったく」


 我が姉ながらすごい迫力だと思った。これで無茶な真似をした日には何をされるか分からない。



(何も起きませんように)


 そう願いながら歩いていると、あっという間に学校に着いた。この夜の道のりも今日で最後かと思うと少し名残惜しくはある。


「こんばんは、芦屋くん」


「こんばんはです」


 2人はもう既に来ていた。残るは陽子だけだが……。


 こっそりと、カレンが耳打ちをしてきた。


「陽子なんですけど……あまり見られたくないから先に昇降口で待っているそうです」


「なるほど……」


 確かにあの格好は誰彼構わず見せても大丈夫な格好では無いだろう。ここは陽子の気持ちを汲み取る事にした。



「待ってたよ、2人とも!」


 昇降口に着くと、陽子が待っていた。相変わらず目への刺激が強い衣装である。


「さ、今日は安心して私についてくるといいよっ!」


 何だかすこぶる機嫌が良さそうだ。


「ふふっ、そうさせてもらいましょうか」


「う、うん」


 考えてみると、美少女2人、それもクラスのトップレベルに位置する美少女2人に囲まれている。意識すると途端に恥ずかしくなってしまう。


「さて、どっちから行こうか!」


「えーと……順番通りだと、5、6の順だね」


 五、家庭科室の包丁


 六、トイレの花子さん


 家庭科室の包丁は家庭科室で夜な夜な包丁を使っている音が聞こえるらしい。まな板をトン、トンと叩く音が聞こえてくるんだとか。


 トイレの花子さん。こちらは3階の女子トイレの一番角をノックすると、トイレの花子さんに会えるという話だ。


 どちらか危険かと聞かれれば間違いなく家庭科室の包丁だろう。それにこちらの方が現実味があって怖い。


「家庭科室から行こっか! 近いし!」


 怖いもの知らずの陽子は迷う事なく家庭科室を選択した。


 家庭科室へはすぐに着いた。1階にあるので昇降口からはすぐの位置にあるからだ。部屋の外からは何も見えない。


「うーん、何も無さそうだね」


「しっ……静かに」


 トン……トン……トン……。


「ひっ!」


「ま、まさか本当に包丁が……!」


 耳を澄ませると、確かに聞こえてくる。一定のリズムでまな板を叩いているような音が。


「ちょっと覗いてみるよ」


「き、気をつけてくださいね……!」


 カレンに心配されながら中を覗く。


「……あ」


「な、何ですか!? 何があったんですか!?」


 開けてみると何てことはなかった。確かにまな板が叩かれているが、まな板を叩いている正体は水滴だった。シンクに誰かが置き忘れたであろうまな板に、蛇口から少しずつ出ている水滴がまな板に落ちてトン、トンと音を立てている。これが音の正体だった。


「な、なぁ〜んだ……」


「全然大したこと無かったね〜」


 つまんないのー、と口を尖らせる陽子。


「それじゃ、最後の怪談の真実を暴きに行こうっ!」


 グッと握り拳を上に掲げる陽子。侑李は思った。これもう主人公だろ……と。



「そういえば……3階って私たちの教室と同じ階ですよね……」


 言われてみればそうだった。3階は2年の侑李たちがいつも授業を受けている教室と同じ階だ。そのせいもあってかトイレの花子さんだけは2年の連中は様々な考察が繰り広げられていた。イジメられて不登校だった女の子の幽霊。あの世へと連れていく死神などなど。


「でも、別に女子トイレで変な気配を感じたことは無いなぁ」


「同じ階か……」


 侑李の中で何かが引っかかっている。同じ階。教室。授業。これらが侑李の頭の隅で何かを繋げようとしている。


「──あ!」


「ひゃぁ!」


「な、何ですか!?」


「お、思い出した……! ご、ごめん。急に大声出して」


「も、もうっ……変な声出ちゃったよ……」


 確かに普段の陽子からはあまり聞けないレアボイスが……と妙な気持ちをグッと抑える。


 侑李は思い出した。ずっと頭の中でやらなければと渦巻いていた義務感。それをいつも授業を受けている教室と同じ階、今ここに着いた瞬間に思い出したのだ。


「犬飼さん」


「な、何?」


「渡したいものがあるんだ。ここで待っていてほしい」


「……へっ?」



 自分の教室へと入り、机に手を突っ込む。そして、お目当てのものを取り出した。


「ついにコイツともお別れだ……」


 侑李が手にしていたものは陽子から借りたノートだった。持っていくのを忘れないように常に机の中に常備していた。いつもは陽子がすぐにいなくなったり、周りに人がいたりと返すタイミングが無かった。しかし、今は違う。


「決別の時……いざ、参る!」


 ノートを持って、陽子とカレンが居るところへと戻った。


「ごめん! これを返したく……て」


 そこには、誰もいなかった。

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