第10話 怪談その3と巫女霊媒師

 昨日より少し早く、夜の学校へと向かう。もちろん姉は同伴である。


「昨日は何も無かったとはいえ、やっぱり心配だなぁ」


「大丈夫だって。いざとなればコイツもあるし」


 背負っている刀を指す。


『ふん……良いように使われてたまるか』


「協力的じゃないなぁ」


「マーちゃん、なんて?」


『我をマーちゃんと呼ぶな』


「良いように使われたくないってさ」


「わぁ、反抗期だねぇ」


 凛にはマサムネの言葉が聞こえないらしい。侑李や咲希と比べると、凛は霊感がほとんど無いため、マサムネの声も届かないのだろう。


 そうして夜の学校に着く。今日は侑李たちの方が早く着き、後からカレンたちがやってきた。


「ごめんなさい。待ちましたか?」


「いや、丁度さっき来たところだから大丈夫」


 なんかこの会話、デートみたいだ、と思ったが、今から向かうのは夜の学校なのでデートの雰囲気もクソもない。


「芦屋くん! 今日もカレンをよろしくお願いしますっ! 何卒、何卒カレンの安全確保を第一優先でっ!」


「わ、分かってます」


 マネージャーから力強く手を握られる。意外と握力が強くて少し痛いぐらいだった。


「もう、西山さん、過保護すぎですよ」


「だ、だってぇ……心配でぇ……」


「安心してください、西山さん」


 凛が大きな胸を張ってドヤ顔をする。


「ウチのゆーくんは、やるときはきちんとできる男の子ですのでっ!」


「普段はできてないみたいな言い方をやめていただきたいんですが……」


 複雑な気持ちを抱きながら、夜の学校へと再び忍び込むのだった。



「えーと、三の怪談は……」


 三、図書室の呼び鈴


 図書室の呼び鈴は本の貸し出しをする時に使われるものだ。図書委員が受付の奥の部屋にある備品室にいる時に、呼び鈴を鳴らすと駆けつけてくれたりする。


 その呼び鈴が誰もいない図書室で鳴ることがある、という怪談話だ。その鈴の音を聞いたものは強い後悔を持った図書委員の幽霊に追いかけ回されるという。


「図書室か……ちょっと遠いな」


「で、でも昨日も何も起きなかったし、大丈夫ですよね?」


「うん、大丈夫だと──あ」


「ど、どうしたんですか!?」


 少し廊下を歩いたところで、すぐに見つけた。


 霊がいる。悪霊の類ではないが、ふよふよと廊下を漂っている。


「霊がいる」


「えっ!? ど、どこですか!?」


「目の前にいるんだけど……見えてないみたいだね」


 やはり、的確に悪意を向けられたりしないと見えることはないようだ。


「は、祓うんですか?」


「うん。まぁ、今回は悪霊じゃないし、穏便に済ませられるよ」


 侑李は浮いている霊に手で触れた。霊は天へと昇っていき、消えていった。


「……よし、きちんと成仏できたみたいだ」


「そ、そうですか……」


 ホッと胸を撫で下ろすカレン。侑李も悪霊の類ではなくて内心ホッとしていた。


「やっぱりこの時間だと霊はいるみたいだ」


「じゃあ、昨日はやっぱり……」


「うん、他の霊媒師さんが既に来ていたんだと思う」


 図書室へと歩みを進めている途中、何回か霊に遭遇した。どれも悪霊の類では無かったので、あっさりと成仏させることができた。


「成仏せずにこの学校にいるのは、やっぱり後悔からなんでしょうか」


「どうかな……。悪霊だと強い後悔や恨みを抱いているけど、悪霊じゃない霊は運悪く魂だけが残っちゃった、みたいなこともあるみたいだよ。不慮の事故が起こって、何が起こったのか理解できないまま現世を彷徨ってたりね」


「な、なるほど……勉強になります」


 宗一から教えられたことをそのまま伝える。初めて宗一から常日頃うるさく言われていて良かったと思った。



「……おかしい」


 薄暗い廊下で、呟く人影が1つあった。


「いつもならもう少し霊の数がいるのに……」


 考えを巡らすが、明確な答えには辿り着けない。


「……もし、誰かいたら……ヤるしか……!」


 揺るぎない覚悟を持って、人影は侑李たちの後を追うように夜の学校を歩き回るのだった。



 侑李たちは図書室へとたどり着いた。扉を少し開けて中を覗いてみるが、当然のように明かりはついておらず、人の気配もない。


「……誰もいないし、鈴の音も聞こえてこないですね」


「そ、そうだね」


 カレンとの距離が近い。心拍数が跳ね上がり、心臓が飛び出るんじゃないかと思う。


「と、とにかく呼び鈴を見てみよう」


 扉を開け、受付の机に置いてある鈴を確認する。


「特に何もないな……呼び鈴が呪われてるわけでもないし」


「の、呪われる、ですか?」


「うん。悪霊の霊力が強くなると、人に触れたり物に触れたりするようになるんだ。悪霊が物に触れ続けると、負の力が物に染みつく。これを俗に“呪物”って言ってる、みたい」


 背中に背負っている妖刀マサムネもその類だ。宗一から聞いた話だと、マサムネは呪い裏も取り込み強大化しているらしく、相当強い霊力を持っているとか。


 チリン。


「い、今鳴りませんでしたか!?」


「う、うん。鳴ったね」


 侑李は鈴の周りを調べる。すると、受付の机の裏に霊が漂っていた。


「コイツの仕業か」


 その霊はそこらに漂っている霊とは少し違っており、霊力が強くなりつつあった。


「遠山さん、何か感じるかな?」


「い、いえ……特には」


 まだそこまで大きい霊ではないが、このまま放置していると悪霊になってしまう場合もある。早く成仏させておくに越したことはない。


 ヒュンッ! と霊が侑李が油断した瞬間を狙ったかのように、逃げ出した。


「あ、こらっ!」


「え、何!? 何ですか!?」


 まずい。先程の霊は気配を消すことに長けていた。実際侑李が集中しないと気配を感じ取ることができなかった。このまま逃すと探すのが困難になる。


「悪霊になるかもしれない霊が逃げちゃった」


「そ、それは追いかけないと……!」


「そうしたいのは山々だけど……遠山さん、少し待っててもらってもいいかな?」


「え」


「万が一、遠山さんが怪我でもしたら、俺はマネージャーさんに……いや、マネージャーさんだけじゃない。ファンのみんなに顔向けできない。幸いこの部屋は霊もいないみたいだし、安全だと思う。だからここに──」


「う、うぅ……」


 今にも泣きそうな表情だ。この表情は反則だろう。


「……と思ったけど、やっぱり一緒に行こう。ここで待ってもらうより、二人でいた方が安全だからね、うん」


 ぱあっとカレンの顔が明るくなる。


「そ、そうですね! 私も一緒にいた方がいいですよね!」


 くそう、可愛すぎる。侑李はニヤけてしまう口元を抑える。


「じゃ、じゃあ急ごう。俺が先に走るから」


「はいっ」


 霊の気配を辿りながら走る。薄暗い廊下でかなり走りにくいが、そうも言っていられない。


(……どんどん近くなってる感じがする。どこかで止まってるのか?)


 カレンの方をチラリと見るが、きちんとついて来ている。


「──ストップ、遠山さん」


「わぷっ」


「ご、ごめん」


「い、いえ。こちらこそ……」


 急に止まったせいで後ろをついて来ているカレンに追突されてしまった。背中に柔らかい感触がった気がするが……いかんいかんと首を振る。


「な、何かありましたか?」


「う、うん。気配が急に消えた」


「見失ってしまったんですか……?」


「いや……この感じ……」


 侑李は気配が消えたのと同時に、別の力を感じ取っていた。


「誰か来る……」


「え……!?」


 眼前に広がる暗闇から足音がする。段々と、此方へ歩み寄ってくる。


「あ、芦屋くん……」


 ぎゅっと服の袖を掴まれる。家族以外の霊媒師と相対するのは初めてだ。


(……どうする、あっちが敵意剥き出しだったらどうする……!?)


 侑李は背中の妖刀を見る。最悪の場合、これを使う機会もあるのかもしれない。


 覚悟を決めたその瞬間、暗闇から足が見えた。


「……ッ!」


「え?」


 近づいて来た人影は、その場で90度回転し、全速力で逃げ出した。


「えぇ!?」


「に、逃げちゃいますよ!?」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 人影はこちらに目もくれず、一目散に走り去ろうとする。とてつもない速さだ。


「わぷっ!」


 しかし、盛大にコケた。勢いを殺しきれず、とてつもない勢いで床と熱烈なキスをしていた。


「ったぁぁぁぁ! は、鼻もげちゃうぅ……! 歯折れちゃうぅ……!」


「だ、大丈夫ですか──え?」


 倒れた人影に歩み寄った瞬間、ちょうど雲の隙間から月が現れ、廊下を月の光が照らした。


 まず侑李が驚いたのは倒れたのが巫女服を来ていた女の子だったことだ。しっかり肌が隠れている巫女服ではなく、肩から腕にかけて素肌を晒している。下はこれでもかというくらい丈が短いミニスカだった。簡潔的に言えば、とにかく露出が多い。


 そして、その顔には見覚えがあった。いつもクラスで明るく振る舞い、彼女がいれば教室内が明るくなる、そんな女の子。


「い、犬飼さん……?」


「ふぇ……?」


「よ、陽子なの……?」


「え、なんで、え……」


 ゆらりと立ち上がり、陽子は虚ろな目になった。クラスメイトに過激なコスプレ姿を目撃されたのだ。その衝撃たるや凄まじいものだろう。


「は、はは……終わった……とうとう見られちゃった……」


「い、犬飼さん……何でここに……それにその格好は……」


「もう、ヤるしか……!」


 お札のようなものを取り出した。


「ちょっ!?」


 秘密を知ったらからには死んでもらう! そう言われ霊力が込められたお札を突きつけられる未来を予感した。


「待った──」


 話し合おう、そう言おうとした瞬間、陽子はとてつもない速さで頭を下げた。


「お願いしますぅっ! どうか見なかったことにしてくださいぃ!」


 よく見ると、陽子が持っていたのはお札ではなく、福沢諭吉が描かれている紙幣、1万円札だった。


「どうか……っ! どうかこれで……っ!」


「ちょ、いやいやいや! こんなお金受け取れないから!」


「そんな……これじゃ足りないっていうの……!? じゃ、じゃあ……もうこの方法しかないよね……」


 そう言って服を脱ぎ出そうとする。巫女服は肩からずらしていけばすぐに素肌が露わになってしまう。鎖骨がくっきりと見えて、胸の谷間がガッツリと見えてしまっている。しかも、ブラ紐が見えないということはそれはつまり……。


「ちょちょちょちょっと!? そういうことでもないから!」


「わ、分かってる……下も、だよね……」


「下どころか上も止めて! 脱がなくていいから!」


「……えっち」


「遠山さん……? 俺は止めようとしてるだけですからね……?」


 カレンには理不尽に冷たい視線をぶつけられてしまう。なんとか陽子を落ち着かせ、脱いでもらうのを止めてもらった。


「ごめんね……取り乱して」


「落ち着いてくれてホントに良かったよ……」


 あのままではポロリもあるよ、どころかポロリしかないところだった。クラスメイトの生乳など見てしまった日には、一生忘れられない思い出となってしまうだろう。


「それで……犬飼さんはどうしてここに?」


「えっと……芦屋くんには少し言ったと思うんだけど……私、見えるんだよね。幽霊とか」


「なんとなく、って言ってなかったっけ」


「てへへ、ごめん、ちょっと嘘ついた。実は結構はっきりと見えたりするんだよね」


 舌をペロッと出して戯けて見せる。急に見せられた可愛さで思わずドキッとしてしまった。


「それで、これは誰にも言ってないんだけど、ウチの家ってお祓いとかやってる霊媒師のお仕事をしてるんだ」


「それって、陽子もお祓いができたりするの?」


「一応できるけど、私のはまだまだ未熟だからねー。さっきも霊を追いかけてたんだけど、どこかに逃げられちゃった」


 おそらく侑李が追っていた霊と同じだろう。


「それより、二人はどうしてこんな時間に学校にいるの?」


「えーっと……」


 侑李は言い淀む。一度陽子には霊なんて見えないとバッチリ嘘をついてしまっている手前、悪霊を探しに来ましたとは言いづらい。


「……? あっ、もしかして、2人は私の知らない間に親密な仲に……!」


「ちっ、違うから! 私と芦屋くんはそういう関係じゃなくて……ただの友好関係ってだけですから!」


 非常に複雑な心境だったが、嫌われていないということが分かっただけでもよかったと侑李は心底安堵した。


「えぇ〜、だってこんな時間に2人ってそれはもう……」


「もうっ! 違うってば! 陽子が考えてるようなことはないから!」


「か、考えてないよ!? 夜の学校で人知れずとんでもなくアブノーマルな行為をしようとしてたんじゃ、とか考えてないからね!?」


(犬飼さんってかなりムッツリなのでは……)


 これ以上話が捻れても困るので、本当のことを打ち上げることにした。


「実は……」


 陽子に掻い摘んで説明する。自分が霊媒師の家系であること。カレンから相談を受けていること。陽子はふむふむと頷いていた。


「やっぱり芦屋くんも見えてたんだね」


「……ごめん、あの時は誤魔化しちゃって」


「ううん。言いにくいことだし、しょうがないよ」


 思いの外あっさりと許してくれた。


「あれ……でも芦屋くん、正装じゃないんだね」


「正装?」


 侑李は全くピンときていない。これまで祓うのに格好を整えたことなど無かった。


「え……? 霊を祓うのにはこういう格好しないといけないんじゃ……」


 こういう格好、と言って陽子が指しているのは自ら着ている巫女服だ。


「いや……全く聞いたことないんだけど……」


「……ふーん、そっか」


「あぁ……! また陽子の目から光が……!」


「い、犬飼さんは結構前からお祓いとかしてるの?」


 目に光を取り戻してもらうために侑李は話題を変えた。


「えっと……こうして悪霊を探して祓うのは中学3年生ぐらいだけど……家を継ぎたいって思ったのは小学生ぐらいからだよ」


「小学生……そんな前から」


「うん。昔ね、私のことを悪霊から助けてくれた人がいたの。その人は私が困ってるところに颯爽と現れて、あっさりと悪霊を祓ってくれて……えへへ、その人に憧れて、私も霊媒師として役に立てたらなって」


 陽子が顔を赤らめて語ったのはまるで初恋のような思い出話だった。自分が引きこもっていた暗黒時代とは大違いだ。


「……犬飼さんは、きっといい霊媒師になるよ」


「えへへ……そうだといいなぁ」


 その時、背後から強い霊力を感じた。


「この霊力……さっきの……!」


 暗闇から先ほど侑李たちが追いかけていた霊が姿を現した。


「……今、何だか寒気が……」


 霊感のないカレンも気配を感じ取れているようだ。つまり、それぐらい強力な悪霊になりつつあるということだ。


「2人とも、来るよっ!」


 悪霊はとてつもない速さで侑李たちに接近してきた。壁に当たって反射しながら高速で侑李たちの元へと向かってくる。


「犬飼さんっ!」


「大丈夫、心配ないっ」


 陽子は懐から紙を取り出した。その紙には赤い文字で“狗”と書かれていた。


「おいでっ、コマちゃん!」


「バァウッ!」


「で、でかっ!」


 紙から巨大な犬が飛び出してきた。大きさは四足で立っている状態でも陽子と同じ大きさだ。立ち上がれば3メートルはあるのではないかと疑うぐらいに大きな白い犬だった。


 コマちゃんと呼ばれた犬は悪霊の動きを目で追う。


「ガウッ!」


 そして、捉えた。鋭い牙でしっかりと霊を捕まえている。


『グゲ──!?』


 悪霊も驚いているようだ。


「食べちゃえっ!」


 バクンッ! 陽子の声と共に、悪霊はコマちゃんが美味しくいただいていた。


「ふぅ……ありがと、コマちゃん」


『わふっ』


 先ほどまで歯を剥き出しにして、鋭い目をしていたが、陽子に撫でられた途端に舌をベロッと出して目を細めている。きちんとした信頼関係が築かれている証拠だろう。


「か、かわいいっ……!」


「紹介するね。この子はコマちゃん。私の式神なんだ」


 死んだ高貴な動物の魂と契約を結ぶことで、思うままに操れるのが式神(しきがみ)だ。犬や鳥を式神として使役する霊媒師は珍しくない。


「私の家は式神を使ってお祓いすることが多いんだよ」


「な、撫でてもいいっ?」


「うん、いいよ〜」


「わぁぁぁ! モフモフぅ〜!」


 どうやら式神はカレンにも見えているらしい。カレンが撫でるとコマちゃんもご満悦だ。


 俺も撫でてみようかな、と侑李は思ったが、侑李が手を差し出そうとすると──。


『グルルル……』


「なぜだ……」


「こらっ、コマちゃん。め、だよ。めっ」


『ワフゥン』


 鼻の下伸びまくってるじゃないかこのクソ犬め……と思ったが陽子がいる手前、口には出せない。


「ありがと、コマちゃん」


『わんっ』


 美少女二人に撫でられて満足したコマちゃんはスゥ、と消えていった。最後の最後まで侑李を睨んでいたが。


「これで一件落着、だねっ」


 あっさりと悪霊を祓ってしまった。日は浅いと言っていたが、霊媒師としての素質はかなり優秀だろう。


『クソッタレめが。我の食料を奪いやがって……』


 背中のマサムネがぼやき始める。どうやら悪霊を食べられなかったことに腹を立てているみたいだ。


「ん? 何この声?」


「声、ですか? 私は何も聞こえないけど」


 カレンには聞こえていないが、陽子にはバッチリきかれてしまった。


「あー、その……。多分コイツだ、声の正体」


「こいつ?」


 陽子がマサムネを覗き込む。


『ふんっ。醜女が。汚い面を近づけるでない──ぐぅはっ!?』


 大変失礼なことを申し上げやがったので、侑李は鞘にグーパンを決め込む。


「わぁっ! ど、どうしたの!?」


「あぁごめん、こいつ日本語が不自由なんだ。後でたっぷりと教えておくから」


『い、いひゃい……』


 どうやらきちんと痛覚もあるようで何よりだった。


「わっ、もうこんな時間!」


 陽子は時計を見て、慌てふためく。


「えっと、えっと、私、門限が一応あって、その時間までには帰らないといけないから……詳しい話は、また明日ねー!」


 嵐のような勢いで去って行ってしまった。


「い、行ってしまいましたね……」


「うん……。まぁ知り合いで良かったのかも」


 危惧していた縄張り争いのような事態に発展しなくて良かったと思う。


「俺たちも帰ろう」


「そうですね……今日は少し疲れました」


「大丈夫?」


「はい。ちょっと、変な気配が怖かったですけど……」


 今日ぐらい霊力が強い霊がいれば、カレンも霊の気配を感じることができるようだ。残る怪談は2つ。どちらかが強い悪霊、その上の怨霊であれば良いのだが、カレンのことを考えるとあまり強くても困る。


(まぁ、昨日今日の感じだと残りも大したこと無さそうだけど──)


 瞬間、背後から視線を感じた。


「っ!?」


 後ろを振り返るが、誰もいない。だが、確かに感じた。不気味で鋭く、今から殺してやると言わんばかりのプレッシャーを。


「芦屋くん?」


 ハッと我に返り、前を歩いていたカレンを見る。カレンは特に何も感じていないようだった。


「さ、行きましょう」


 カレンがこっちを向いて微笑んでくれた。月夜に照らされたカレンの顔は、先ほど感じた恐怖を一瞬でかき消した。それぐらいに、可愛らしい笑顔だった。



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