第9話 気がかりなこと

 教室に着いて辺りを見回すが、陽子の姿はまだ見えない。


(今日こそノートを返したいんだが……)


「おや、侑李氏、誰かお探しか?」


「い、いや!?」


「ははーん、さてはクラスで推しを探しているな? 全く、レンレンが近くにいるというのに……」


「いやいや、そういう訳じゃ──」


「誰の話?」


「おわぁっ!?」


 気配を殺したカレンに話しかけられて変な声が出てしまった。


「ふふっ、ドッキリ大成功、ですね」


「と、遠山さん……いやぁマジキツいっすよぉ距離感鬼パネェっすわマジで……」


 金山くんの口調がおかしくなる。緊張すると口調が変わるのは彼の癖だ。


「それで、クラスの誰を推してるんですか?」


「えぇっ? いや、それは……」


「誰ですか?」


「と、遠山さん……?」


 カレンの眼圧が凄い。押しつぶされそうだ、精神的に。


「みんな〜、おはよ〜」


 そんな殺伐とした空気になったところで、陽子がクラスに入ってきた。しかし、その姿はいつもとは違っていた。


「おはよ〜。おあよ〜。あ、芦屋くんたち、おあよ〜」


「お、おはよう。犬飼さん」


 陽子の目は半開きで、呂律もあまり回っていない。


「陽子、大丈夫?」


「あ〜、カレンちゃんもおは〜。うにゅ……」


「お、っとと」


 挨拶をしながらカレンにもたれかかり、二人の距離がゼロ距離になる。


「おぉう……カレヨウ……いやヨウカレか……!?」


 金山くん、すぐにカップリング成立させるのは止めよう。そう思いつつ侑李も眼福だと思ってはいるが。


「ふわぁ……ごめんねカレンちゃん」


「寝不足? 昨日夜更かしでもしたの?」


「うん、ちょっとねぇ。先生来るまで少し寝てるね」


 そう言って陽子は机に突っ伏してしまった。


(……ノート)


 もう一生返せない気がする。始業のチャイムは容赦無く鳴り響くのだった。



 侑李が授業を受けている頃、芦屋家では宗一が張り切って仕事に取り掛かっていた。今日はお祓いの予約が2人いる。予約だけで済めばいいのだが、最近は飛び込みで助けを求められることが多い。


「了承いただけたら、この契約書にサインを」


「は、はい……」


 宗一の前にいる大学生くらいの男、鈴木は顔色が悪い。ここ最近よく眠れていないらしい。話によると、部屋の物がガタガタと音を立てたり、家なりが1分に1回起こるぐらい多発しているらしい。


「か、書けました」


「あぁ、こりゃどうも。いやぁ最近こういった契約書を交わさないと家内がうるさくて……なんでも後から返金しろと言われても大丈夫だとか──」


「宗一さん、ますます信憑性が下がるから止めてくださいね」


「すまぬ……」


 余計なことを口走りそうだったので八千代に口止めされる。


「あの……それで本当にお祓いをして怪奇現象が収まるんでしょうか……」


「もちろんですとも。あなたから感じる負のオーラは間違いなく悪霊によるもの。今あなたに取り憑いている悪霊を祓い、このお守りを持ち歩き、この置物を玄関に置けばぐっすり眠れることは保証しましょう!」


 側から聞いていると嵌めようとしているように聞こえるかもしれないが、どれもお祓いをして一級品の除霊グッズとなっている。効果は間違いない。


「あぁ……ありがとうございます」


「では、早速お祓いに取り掛かりましょうか。ささっ、こちらへ」


 神社の本殿へと向かおうとした時、玄関のインターホンが鳴った。八千代が玄関を開けると、そこにも顔色の悪そうな男がいた。


「こんにちは。どちら様でしょう?」


「あ、今日お祓いをお願いした古田です……」


「あらまぁ、ようこそ古田さん。随分とお早い到着ですね」


「すみません……あの不気味な部屋から解放されたいと思ったら居ても立っても居られなくて……」


「構いませんよ。さぁこちらへ」


 そうして客間に古田を案内するとき、宗一たちとすれ違った。


「あれ……鈴木さん?」


「ん……あれっ、古田さんじゃないですか。ど、どうしてここに?」


「それはこちらのセリフですよ。どうしてここにいるんですか?」


 どうやら二人は顔見知りらしい。


「お知り合いですかな?」


「えぇ……住んでいるマンションが同じなんです。たまたま趣味も一緒で、ミステリーサークル同好会に入ってて、意気投合して仲良くなったんです」


(なんじゃその奇天烈な同好会は……)


 宗一にはまるで理解できなかったが、これ以上踏み込むと熱く語られそうな雰囲気だったため黙っておいた。


「ここに来たということは、古田さんもお祓いを?」


「えぇ、まぁ……。もしやそちらも……?」


「あー、とりあえず先にお祓いを済ませますぞ。ほら、早く」


 ここで話されても困るので、宗一は鈴木を早々に本殿へと連れて行った。


(同じ住まい、か。厄介かもしれんな)



「んん〜っ! よく寝たっ!」


 今日の授業は体育もなく、厳しい先生の授業も無かったため、居眠りが捗っていたようだ。器用にも板書の内容はしっかりとノートに書いているようだったが。


「それで、結局どうして眠たそうだったんですか?」


「えへへ、それは内緒っ。じゃあ、私今日も急ぐから! じゃあね!」


 そう言って陽子はすぐに教室を出て行った。


(あぁ……分かってたさ……。ノートを返すことができないくらい)


 がっくりと肩を落としつつ、いつものように屋上へと向かった。



「今日は昨日より少し早く行こうと思うんだ」


「え、どうしてですか?」


 屋上で少し待っていると、カレンがやってきたので、今日の方針を伝えた。


「昨日学校内を歩き回ったけど、悪霊どころか普通の霊すらいなかったんだ。夜の学校であの様子は明らかにおかしかった」


「そ、そうなんですか……結構怖かったのに……」


「多分なんだけど、他の霊媒師さんが先に来てたんじゃないかと思うんだ。音楽室のトロンボーンも少し調べたんだけど、祓った形跡もあった」


「な、なるほど……。あれ、じゃあ先に行かなきゃ、この学校の悪霊たちはみんな祓われちゃうってことですか?」


 非常に察しが良くて助かる。カレンの言った通り、他の霊媒師が霊を全て祓ってしまうとまた怪奇現象探しをしなければならなくなる。


「縄張り争いですね……!」


「いや……できればそれは避けたいんだけど……」


 意外とカレンは好戦的だった。芸能界でライバルのアイドルたちと競っていたせいだろうか。


「事情を話して協力できないか交渉してみるよ」


「そうですか……」


 残念そうにしているが、こちらとしては絶対に荒事は避けたいところだ。



「ふむ……」


 侑李が家に帰ると宗一が難しそうな顔をしていた。


「どうしたの?」


「む? おぉ侑李か。少し仕事の事で気がかりなことがあってな」


「ふーん」


「もう少し興味を持ってくれてもいいんじゃが……まぁいい。それよりも、今日も行くのか?」


「あぁ。今日はちょっと早めに行くよ。あ、そういえば」


 侑李は今朝あったことを話した。妖刀マサムネから喋りかけられたこと。その証拠を見せるべく刀を宗一の前に持ってきた。


「この刀さ、やっぱり話しかけてくるんだよ」


「なにぃ? んなバカな。しっかり今も封印はされとるはずじゃぞ」


「本当だよ。私も聞いたもん」


 その場にいた咲希が証言してくれた。


「そうか。侑李ならともかく咲希が言うのなら間違いないな」


「おい」


「冗談じゃ」


 宗一は刀に耳を傾ける。


「今喋っとるのか?」


「いや、今は黙ってるな……。おい、話してくれよ。ヘイ妖刀、あなたの声を聞かせて」


「Siriじゃあるまいし、聞いてくれないんじゃない……?」


「おい、こらおい」


 侑李はコツンコツンと刀をぶっきらぼうに手の甲で叩く。


『うぉい! 乱暴にコツンコツンするな! 痛いだろうがっ!』


「あ、喋った」


「昨日の声だ。おにぃがまた1人でデュフデュフ笑ってたのかと思ったけど、違ったんだ」


「お兄ちゃんはデュフデュフ笑ってないから。……笑ってないよな?」


『キサマ……さっさと護符を剥がせと言っただろうが! まだ剥がしておらんではないか!』


「ほら、喋ってる」


「ワシには聞こえないんじゃが……」


 モスキート音みたいに、高齢者には聞こえないのかもしれない。咲希にはきちんと聞こえているようだが、宗一は全く聞き取れていなかった。


「うるさいんだけど、どうにかならないの?」


「むぅ……じゃがこれほどの妖刀に封印を施せるような霊媒師はそうそうおらんしな……」


「このままうるさいのは嫌だなぁ」


『くっくっく……護符を剥がすまではお前らを睡眠不足で悩ましてやるからな……』


「なんて地味な嫌がらせなんだ……」


 しかし、このままだとうるさいままだ。何より侑李は妖刀の言う通りになるのが癪だった。


「塩でもまぶしとくか」


 ちょうどテーブルの上に置いてあった塩をパッパとまぶす。


『うげっ、しょっぱ……! くそっ、おいやめっ……! 塩分過多だぞこれは……! 病で殺す気か!?』


 どうやら効いているらしい。


『うげぇ……しょっぱい……喉が渇く……塩やめろぉ……』


 予想より遥かに効果アリだったみたいだ。少し可哀想になってくるぐらいに。


「これに懲りたら大人しくしてくれよ?」


『それはどうかな……? あ、いや、大人しくする。だから塩を振ろうとするな、いや、しないでください』


 こうして当面は塩を持ち歩き、うるさい時は塩を振りかける事にした。

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