第8話 怪談その2と護身用の刀(音声付き)

 二、理科室のアルコールランプ。


 誰もいない夜の理科室で、アルコールランプの明かりが揺らめいているのを何人もの生徒が見かけたという。教師が急いで確認に行ったが、アルコールランプの火は消えており、燃料のアルコールも空で容器だけが置いてあったという話だ。


「普通は理科室の動く人体模型とかじゃないのか……」


「うぅ……」


「と、遠山さん大丈夫……?」


「へ、平気ですから……!」


再び袖口を掴まれて気絶しそうになる侑李。理科室はすぐ隣なので目的地にはすぐに着いた。


「んー、やっぱり明かりなんてないな……」


 扉を開けて中を覗いてみるが、アルコールランプが置いてすらいない。


「そもそも、今ってアルコールランプを授業で使いませんよね……」


「そうなんだよね……」


 備品の確認とかでアルコールランプを点けていたところをたまたま生徒に目撃された、といったところだろう。


「結局何も無かったね」


「しょ、所詮は噂ですからね……! 作り話ですよ……!」


 何もなくて良かったが、侑李は気になることがいくつかあった。しかし、カレンを不安にさせる訳にもいかないので、今日のところは大人しく帰ることにするのだった。



「また明日ね、芦屋く──じゃなかった、侑李くんっ」


「ぐふっ……! ま、また明日……!」


 今日の探索はこれにて終わりだ。夜の怖さよりも、時折カレンとの距離が近くなりすぎて心臓が破裂しそうになる方が恐ろしかった。


「お疲れ様ゆーくん。それで、何か収穫はあったの?」


「いや、何も無かったよ。いや、無かったんだけど……」


「けど?」


「……いや、明日にでもじいちゃんに聞いてみるよ」


「え〜、お姉ちゃんにも教えてよ〜」



 次の日、朝食の時に侑李は宗一に尋ねた。


「じいちゃん。聞いてもいいかな」


「ん、何じゃい」


「この辺に他にじいちゃんの他に霊媒師の人っているのかな。夜に見回りしてるとか、そんな感じの人」


「……なぜそんなことを聞くんじゃ? ま、まさかお前……!」


 わなわなと宗一が震え出す。


「いかん! いかんぞ! お前には芦屋家を継いでもらうぞ! 継いでくれ、頼むぅ!」


「違う違う。そういう話じゃないから」


 聞いた理由を話さなけれは一生誤解が解けなさそうなので、とっとと本題に入る。


「昨日夜の学校に行っただろ?」


「あぁ、悪霊を薙ぎ祓ってきたんじゃろ?」


「ないから。微塵もないから。で、悪霊どころか霊の気配すら全く無かったんだよ。だから他に霊媒師の人が先に来ちゃってたのかなーと思って」


「ふむ。まぁいるにはいるが……そうか、他の霊媒師か。こりゃワシから圧力をかけとかにゃならんな……ククク……」


「宗一さん、ご近所付き合いはしっかりしてくださいね。この前も隣の山本さんといがみ合ってたとか……ねぇ」


「い、いや……あれはあっちから吹っかけてきただけで……ば、ばあさん、顔が怖いぞ?」


 どうやら他の霊媒師の人が意外と身近にいるかもしれないようだ。


(揉め事にならないように気をつけないとな……)


 どうか穏便に済みますようにと祈りながら朝食を食べ進める。


「そういえば姉ちゃんと咲希は?」


「凛なら今日は早番だとかで先に行きましたよ。咲希は──」


「あぁぁぁもぉぉぉ! 寝過ごしたぁ!」


 ドタドタと階段から咲希が降りてくる。


「珍しいな。咲希が寝坊するなんて」


 いつもなら侑李よりも早く食卓にいる咲希だったが、今日は侑李の方が早く起きていた。


「元はと言えばおにぃのせいでしょ!? 昨日なんであんなにうるさかったの!? 私寝られなかったんだから!」


「……? 俺は昨日帰ってきてからすぐに寝たはずなんだけど……」


「そういうのいいから! もぉ〜、髪もボサボサだよぉ〜!」


 何やら身に覚えのない言われようだが、何を言っても怒られそうなのでささっと朝食を食べ進め自分の部屋へと戻った。



「さて……そろそろ行くか」


 自分の部屋で支度をして学校へ行こうとした時だった。


『おい……』


「あ……しまったぁ……! まだ犬飼さんにノート返してない……はぁ、マジでそろそろ返さないとな……」


『おい……! 聞いているのか……!』


「ん……? なんだこの声」


 声が聞こえるが、とても不快感がある。頭に直接語りかけられている。耳を塞いでも聞こえてきそうだ。


「どこから……って、もしかして」


 強い魂の気配を感じる。気配が漏れているのは、妖刀マサムネからだった。


(ようやく気づいたか……マヌケめ)


 咲希がうるさくて眠れないと言っていたが、理由が分かった。マサムネが夜遅くまで侑李に声をかけていたからだろう。


「えーと、マサムネさん?」


『ククク……我の声が聞こえるとは、お前中々見どころがあるな』


「ど、どうも……?」


『さぁ、早くこの忌々しい護符を剥がしてくれ。息苦しくて仕方がない』


「剥がせって言われてもなぁ……じいちゃんから絶対剥がすなって言われてるんだよ」


『真面目か……! くそぅ、いいから剥がせっ。剥がさないと毎夜キサマに囁き続けるぞ!』


 それは困る。毎日咲希の機嫌が悪くなるのは避けたい。


 刀を手に取り、護符を剥がそうと試みる。


「んー、うまく剥がれそうにないけどなー」


『ええいっ、早くせんか!』


「げっ、もうこんな時間だ。ごめん、また帰ってきてから試すわ」


『えぇ!? ちょ──』


「行ってきまーす」


『おぉぉぉぉい!? 我を置いていくなあああああああああああ!!!』


 マサムネの叫び声は誰もいない部屋に響き渡るのだった。

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