第7話 怪談その1
「じゃ、行ってくるよ」
「よいか!? くれぐれも──」
「緊急事態以外は使わない、だろ。分かってるって」
「はぁ……凛、頼むぞ」
「うん。行こ、ゆーくん」
そう言い残して家を出て、夜の通学路を歩く。いつもは明るく、馴染み深い道でも暗いとどこか別の道を歩いているように感じる。
「こうやってゆーくんと歩くの久しぶりだね」
「そういえばそうかもな。姉さんと一緒に歩いたのなんて小学生以来じゃないか?」
「ふふっ、あの頃のゆーくん、ずっと私の手を握ってきてくれて……可愛かったなぁ。あ、手繋ごっか?」
「いや、遠慮しとく」
「ちぇー」
さすがに姉と手を繋いで歩くような年でもない。
「でも、ゆーくんが前向きになってくれてよかった。小学生の時は、色々あったじゃない?」
「……そうだな。姉さんにもたくさん迷惑をかけたよな」
幼少期、侑李は霊が見えるという体質を持っていたせいでかなり苦労していた。一緒に遊んでいる友達に霊が見えると言っても信じてもらえない。霊がいるから危ない、と遊びの誘いを断っているのを繰り返していく内に、おかしな奴だと思われていた。
しまいに侑李は嘘つきとクラスの人間から呼ばれるようになり、孤立した。学校にも行きたくなくなり、不登校の時期もあった。
「迷惑なもんですか。私はゆーくんの力になれたなら良かったよ」
今みたいに、凛は侑李にずっと声をかけてくれた。部屋に引きこもり、塞ぎ込んでいる時もお菓子を作ってくれたり、一緒に遊んでくれたりした。
咲希にも元気付けられ、侑李は自分の体質を引け目に感じることがなくなった。2人には本当に感謝している。
「きっと咲希ちゃんも良かったって思ってるよ」
「どうだろうな……最近冷たいし」
「ふふっ、そうは見えないけどなぁ」
そうして話しているといつの間にか校門の前に着いた。既にカレンは校門に背を預けて待っていた。
「ごめん! 遅くなっちゃって」
「あ、芦屋く──あれ、お姉さん?」
「やっほ〜。カレンちゃん、最近ぶり〜」
「こんばんは。芦屋くん、お姉さんと仲良いんですね」
よくよく考えてみれば、こうして一緒にいるとシスコンと思われてしまったのでは……。
「え、えっと、姉さんはこう見えても警察官なんだ。だから、不審者とかに襲われないようにってことで……」
「へぇ〜。ホントかなぁ」
意地悪そうな顔でニヤニヤされる。くそっ、可愛いから反論ができない。可愛いから。
「遠山さんは1人でここまで? 親御さんは?」
「私はひとり暮らししているので、両親とは別居してるんです。でも、ご心配なく。ここまではマネージャーと一緒に来てもらいましたから」
「マネージャー? ってうわぁ!?」
カレンの背中からひょっこり出てきたのは、メガネをかけた女性だった。前髪が目までかかっており、全く存在感を感じさせない人だった。
「紹介しますね。こちらマネージャーの
「は、初めまして! マネージャーの西山です!」
「マネージャーとはデビューからずっと一緒で、活動休止してる今も相談に乗ってもらってるんです。存在感が薄いってよく言われちゃってるんですけど、とても頼りになるんですよ」
「えへへぇ……照れますねぇ」
ニンマリと口元が歪んでいる。これは
「それじゃあ行きましょうか、芦屋く──あ、そういえば。前も思ってたんだけど、芦屋くんだとお姉さんと区別できないね。侑李くん、って呼んでもいい?」
「──」
ゆうりくん。侑李くん。ユウリクン。頭の中でカレンから発せられた単語が繰り返し再生される。
「ちょちょちょちょ!? カレン!? す、スキャンダルになっちゃいますってぇ!」
「え〜。名前を呼んだだけなのに……」
「レンレ──じゃなかった。遠山カレンが本名で名前呼びする男性なんてそうそういないですから!」
「……ゆーくん? おーい?」
「はっ!? き、気絶していた……」
「な、名前を呼んだだけなんですけどね……」
カレンはさほど気にしていないようだが、女子から名前呼びされることは思春期の男子にとって特攻攻撃のようなものだ。非常に心臓に悪い。
「ね、姉さんと一緒にいる時だけなら……」
「ふふっ、はい。分かりました。侑李くんも『カレン』って呼んでもいいんですよ?」
「いや……そんなの死んじゃうから……それはまた別の機会に……」
「おぉ……芦屋くん、ファンの鑑ですね……」
マネージャーさんから感謝をいただいたところで、夜の校舎探検が始まった。
校舎に入り、辺りを見回す。いつもの廊下とは思えない。人がいないのと外から差し込む月の光が不気味さをより際立たせている。
姉さんと西山さんは外で待機してもらっている。何かあればすぐに連絡し、警察官を引き連れて駆けつけてくれることだろう。
「うわぁ……暗いな……」
「そ、そうですね……」
隣のカレンを見ると、少し震えているように見える。
「ど、どこから回ろうか」
「えっと……順番通りに行くと……一の怪談からでしょうか」
一、音楽室のトロンボーン。
噂によると、誰もいない夜の音楽室でトロンボーンが鳴り響くという。
「普通ピアノだと思うんだけど……」
「なんでも昔の吹奏楽部のトロンボーン奏者が誰も良さを分かってくれないとかで、後悔の念がトロンボーンに染み付いているんだとか……」
確かに、後悔の念となると昔の奏者の魂が悪霊になって音楽室に住み着いている、ということで辻褄は合う。
足音を殺しつつ、音楽室までの道を歩く。
先ほどからカレンはキョロキョロと辺りを見回し、落ち着かない様子だ。侑李は悪霊の気配を感じていないので、さほど怯えることはないが、気配を感じ取れないカレンにとってこの状況はかなり怖いだろう。
「だ、大丈夫遠山さん?」
「な、何がですか!?」
「いや、さっきから挙動が……やっぱり俺一人で行こうか?」
「い、いえ……! 私もいなくては意味がありませんですから……! そ、それよりも早く行きましょう……!」
そうは言うものの、カレンの足取りは重い。
「……じゃあ、他に何か話を──」
気を紛らわそうと話題を振ろうとしたその時、服の袖口が引っ張られる感覚があった。
「……す、すみません……。やっぱり、少し怖くて。こうしてても、いいですか?」
上目遣いで見つめられる。月の光がカレンの潤んだ瞳を輝かせて、まるで宝石のようだった。
「うぐぅっ! ……はい、ダイジョブです」
あまりの可愛さに思わず吐血しそうになる侑李だが、グッと堪える。唇を強く噛み締め、気絶しないよう正気を保つ。
「ま、まぁ何かあればコイツがあるから、大丈夫だよ、うん」
肩から引っ提げていた妖刀を揺らす。
「そういえば気になっていたんですが……それは?」
「えっと……護身用だよ。本当にヤバい時はこれが役に立つ、らしい」
「らしい、ですか……」
残念ながら断定はできない。侑李も宗一から先ほど渡されたばかりなのだから。
ゆっくり、ゆっくりと歩きようやく音楽室の前へと辿り着いた。
「……何も聞こえてきませんね」
「そうだね」
怪談通りなら、トロンボーンを弾いている音が聞こえてきてもいいはずだが、音は聞こえない。
扉をゆっくりと開け、中に入るが当然誰もいない。それどころかトロンボーンすら部屋の中には無かった。
「準備室かな……」
音楽室とは別に、普段使わない楽器は隣の準備室に置いてある。
その部屋に行くと、確かにトロンボーンは置いてあったが、ただ部屋の隅っこで息を潜めているだけだった。
「な、な〜んだ。所詮は噂話ですよね! まぁこんなことだろうと思ってましたけどね!」
急にカレンの声に生気が戻る。
「……確かに、ここには何も無さそうだね」
「そうでしょうそうでしょう。さ、今日はもう時間が経ってしまいましたし、帰りましょう!」
「え、でも隣が理科室だし、先に見ておいた方が……」
カレンの顔が、再び青ざめる瞬間だった。
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