第5話 遠山カレン
「ふんふふーん」
家に帰って自室に戻ってから鼻歌が止まらない。
屋上でカレンとこれからの方針を話した。取り敢えずいきなり悪霊を祓ったりするのは無理があるので、放課後霊が集まりそうなところに行ってみようということになった。霊が見えるようになったところで、悪霊を見つけた時の対処法などを教える。そうして段階を踏んで、もし悪霊の類に襲われても対処できるようになって復帰ライブを五体満足でやってもらおうという作戦だ。
「我ながら完璧だ……」
「おにぃ、なんか機嫌いいじゃん」
さも当たり前のように侑李の部屋に住み着いている咲希。今日もお気に入りの漫画を読みつつポテチを食べていた。ベッドの上に食べかすをこぼすのは止めていただきたい。
「そりゃ勿論。推しの為に自分の力が役立っていると思うと機嫌も良くなるってもんよ。それとベッドの上でポテチはやめなさい、ボロボロ溢れてるからねそれ」
「きもー」
咲希には相変わらずの冷たい反応を返される。
「でも、良かったね。おにぃの力が役に立って」
「……あぁ。そうだな」
霊が見える、この生まれ持った性質はそれは良い事よりも悪いことの方が多かった。だが、今はそれも昔の話だ。
「それで、カレンちゃんの力になってあげるのはいいんだけどさ、実際お祓いの方法なんて教えることできるの?」
「そりゃ、こう……ぐしゃっと」
「はぁ……そんなことできるのおにぃだけだよ」
「む……そうなのか……」
侑李の霊媒師としての力は一般人とは一線を画している。なので侑李がお祓いのやり方を教えるというのは霊媒師の一般的なやり方とは乖離しているため、かなり無理があるのだ。
「じいちゃんにでも聞いてみるか」
「おぉおぉぉぉぉぉぉ! 侑李がついに家業を継ぐ気になったかぁぁぁぁぁ!!!」
「いや、そういう訳じゃ無いけども」
夕食を食べて、宗一に相談したが、聞く人を間違えた気がする。とはいえ身近な人物で霊関係のことを聞ける人など宗一ぐらいしか思いつかない。
「よし! それならワシが霊媒師として、霊媒師の極意をたっぷり教えてやろうではないか!」
「いや、手っ取り早く霊の祓い方さえ教えてくれればいいんだけど」
「はぁ? 霊の祓い方なんぞお前ならパパッとやってのけれるではないか。方法はめちゃくちゃじゃけども」
「そう、めちゃくちゃじゃなくて正攻法が知りたいんだよ」
「なるほどのう」
顎の髭をいじりながら、宗一は告げた。
「はっきり言うと、霊の祓い方なんぞ人それぞれじゃぞ」
「えぇ……」
「ワシが思う一番一般的なのはコイツじゃろうな」
そう言って懐から取り出したのは白い紙のついた棒だった。
「おぉ、お祓い棒じゃん」
「大幣(おおぬさ)じゃ。お祓い棒言うな」
お祓いといえばこれ、というアイテムだろう。
「これに霊力を込めて振れば一発じゃな」
「ちなみに、霊力が無い人間がそれ使っても……」
「意味ないぞ。たまにテレビで霊力のないど素人が使っておるわ、ヤラセ番組め」
ということは、この棒をカレンにそのままあげても意味がないということだ。
「霊力って鍛えれるのか?」
「そもそも霊力は人間が霊に干渉できる力度合いを言うんじゃぞ。霊力は生まれつきでほとんど決まるから、どう上がるかと言われてもな……」
「うーん、なんかないのかな」
「というかさっきからお前、自分の事ではないな? 一体誰に頼まれて──あぁ、昨日の嬢ちゃんか」
「鋭いな」
「誰でも分かるわい」
はぁ〜、と宗一は大きな溜息をついた。
「侑李。一応忠告しておくが、霊的現象、つまり霊象(れいしょう)だと断定できない限りはあまり首を突っ込むものではないぞ」
「なんだよー、昨日はじいちゃんだって張り切ってたじゃないかよー」
「そら悪霊が絡んでおるならな。ワシも若い頃は色んな事に首を突っ込んで警察沙汰に発展することも──」
「はいはい、忠告どうも」
これ以上話していると長ったらしい昔の武勇伝を聞くことになりかねなかったので、適当なところで切り上げる。
「侑李」
侑李の背に向かって宗一が真面目な声を出す。その真面目な雰囲気に押し負けて、侑李は宗一と目を合わせる。
「霊的なものと分かればワシは惜しげなく力を貸してやる。断定できるまで、根気よくあのお嬢ちゃんに付き添ってやれ」
「さっきはあまり首突っ込むなって言ったのに」
「お前がそこまで本気になるということは、お前にとって大事な人なんじゃろ。だったらやれるだけやってみるといい」
「……分かった」
宗一のアドバイスはあまり参考にはならなかったが、やめろと言われないだけ良かったと思う侑李だった。
「ただいま」
カレンは誰もいない自分の部屋に律儀にもただいまと言う。このマンションに引っ越して数週間が経った。部屋を借りてくれたマネージャーは角部屋が取れなかったと嘆いていたが、特に気にはならない。居心地良く暮らしている。
「……暇だなぁ」
芸能活動をしていた時と比べると、学校から家に帰るまでが早く感じる。以前はライブの練習や収録などで学校生活も中途半端になってしまっていたので、こういった感覚は新鮮だった。
「それにしても……ふふっ。芦屋くん、すごい勢いだったなぁ」
侑李の真剣な表情を思い出して、顔がにやけてしまう。あんなに真剣に思いを伝えてもらったのは久しぶりだった。
「……早く明日にならないかな」
侑李に会うのが待ち遠しい。明日は何を話そうか今から考えてしまう。
ドン、ドン、ドン。
「……? またこの音……。隣の人、何してるんだろう」
隣の部屋から時折壁を叩くような音が聞こえる。これも怪奇現象の一種なのだろうか。カレンには霊感が無いため、判断がつかない。
「……芦屋くん」
両手で自分の体を抱きながら、侑李の名前を呟いた。不思議とそれで少し安心できるような気がした。
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