第4話 推しの弟子入り

 宗一の提案により客間にカレンを通した。


「粗茶ですが」


「あ、お構いなく」


「お菓子食べる?」


「え?」


「ほれ、金平糖に煎餅に水羊羹と、それから……」


「え、えっと……お、お構いなく……!」


 どこに隠し持っていたのか、八千代がカレンに次から次へとお菓子を差し出す。


「ちょちょちょ!? ばあちゃん!」


「なによ、侑李も欲しいんか?」


「違うわ! というかお菓子のチョイスが渋い!」


「ばーさん、ワシはハーゲンダッツの気分なんじゃが」


「じいちゃんも乗っかるんじゃない! あとちょっといい値段のアイス頼むな!」


 年寄りコンビを相手にするので手一杯だ。頼りの凛と咲希は先ほどから陰からこっそり見つめている。


「あれがゆーくんの推し?」


「うん。可愛いよね、遠山カレンちゃん」


「ほんとだ……テレビで見るよりも可愛いかも……」


「えぇと……」


 カレンからはガッツリ見えているため、バレバレだ。見ているこっちが恥ずかしくなる。


「はぁ……いい加減にしてくれ……」


「……ふふっ」


 あぁ、笑われた、ハチャメチャ変人一家だと思われたんだと侑李は思ったが、嘲笑の類ではなさそうだった。


「賑やかな家族ですね」


「はは……いや、お恥ずかしい限りで……」


 このままでは話が進まないため、侑李から切り出すことにした。


「それで……遠山さんはどうしてここに?」


 カレンの顔が陰る。その表情に胸が痛む。


「……最近、私の周りで少しおかしなことが起きてて」


「おかしなこと?」


 宗一の表情も真剣になる。仕事モードに切り替わったらしい。


「えっと……信じてもらえるか、分からないんですけど……」


 手をモジモジさせた後に、カレンは話してくれた。


「最初に違和感を覚えたのは、お仕事でスタジオで収録している時でした。飲み物がグループの人数全員分用意されていたんですけど、少し目を離した隙に1本だけ無くなっていたんです」


「……ふむ」


 それからカレンは次々と身の回りに起こった怪奇現象を話した。


「フリップが真っ二つに割れたり……」


「あ……それって『クイズでドン!』の時?」


「そうです。放送の時はスタッフさんがうまく編集してくださったみたいなんですけど……」


 確かに、あの時フリップが綺麗に割れていた。スタジオは笑いに包まれていて番組の演出だと思っていたのだが、カレンにとっては不可解な出来事だったようだ。


「ロケで私のピンマイクだけ壊れたりとか……」


「あぁ……『食レポ! 汚美味い飲食店!』の時だよね」


「そうですそうです。それもスタッフさんが編集してくれたので……」


 そんなやり取りをしていると、家族全員から冷えた目で見られていた。


「な、何だよ」


「いや……詳しすぎじゃろお前」


「いや、普通にテレビで見て録画したのを2週ぐらいしたから覚えてただけだぞ」


「おにぃ、すんごい気持ち悪いじゃん……」


「ぐ……」


 咲希の言葉のナイフが胸にガッツリ突き刺される。


「それから……スタジオの照明が落ちてきた時もありました。お仕事の時だけじゃなくて、私の家にいる時でも……寝具の位置が変わっていたり、玄関口にカラスが集まっていたり……それこそ人間にできるような悪戯の範疇を超えている気がして」


 カレンの口から挙げられた現象は1つや2つではなく、両手では足りないほど起こっていた。


「ふむ……確かに、偶然にしては多すぎるやもしれん」


「もしかして、活動休止したのって……」


 こくり、とカレンは頷いた。


「マネージャーさんからも、事件性があるかもって。原因の特定ができるまで活動は控えた方がいいって……」


「賢明な判断じゃな」


「ひとまず、お仕事をお休みしてからは変な事は無くなったんですけど……次いつ起こるか考えると、不安で……」


 カレンの辛そうな表情を見るとこちらまで苦しくなってくる。


「じいちゃん。何とかできないのか?」


「ふむ」


 宗一は顎に手を当てて考えた後、侑李に問いかけた。


「侑李、お前は何か感じるか?」


「何かって?」


「不浄の気配じゃよ。その子から感じるか?」


「俺に聞かれても……じいちゃんの方が詳しいんじゃないの?」


「たわけ。お前の方が何倍も感知能力は優れとるわ」


 初耳だった。しかし、カレンからは妙な気配は感じ取れない。


「遠山さんからは何も感じないけど」


「ふむ、侑李でも感じないか」


 宗一は腕を組み、うーんと唸った後、言い放った。


「分からんっ!」


「えぇ……」


「そ、そんな……」


 あまりにもはっきりと言ったので驚きを通り越してもはや呆れてしまった。カレンの目が潤んだのを見て侑李は宗一に耳打ちする。


「頼むよじいちゃん。おふざけなしでさ」


「たわけ。ふざけとる訳なかろうが。本当に原因が分からんのだ。ワシらの相手とする悪霊や怨霊が絡んでいるかもしれんし、そうではないかもしれん」


 宗一はカレンに向き直り、改めて説明し始めた。


「まず、ワシが分からんと言った理由じゃが、これはお嬢さんに悪霊の類は取り憑いているようには見えないからじゃ」


「そう……なんですか?」


「うむ。ただ、相当狡猾な悪霊や怨霊じゃと気配を気づかれないように活動するモノもおるみたいじゃが、侑李も問題ないと言っているからその線は薄いと見とる」


「じゃあ、お祓いする意味はないってこと?」


「お守り程度にはなるかもしれんが、根本的な解決は難しいじゃろうな。そして、申し訳ないがすぐにはお祓いは取り掛かれん」


「何で?」


「最近仕事が立て込んでてな、そちらの方が優先度が高い。緊急でない以上、割り込んで引き受けるのはちと気が引ける」


 確かに、ここ最近宗一は夕食に顔を見せるのが遅い日が多かった。お祓いは天気や日の位置、その人に合ったお祓い道具を準備したりする必要があるらしく、すぐには取りかかれないらしい。


「今日のところはこのお札で我慢して欲しい。さっきも言った通り、根本的な解決にはならんことだけは理解してくれ」


「お聞きしたいのですが、もしお祓いをしてくれるとなると最短でいつぐらいでしょうか」


「そうじゃな……一番早くて1ヶ月後、といったところかの」


「こ、困りますっ!」


 カレンが大きな声を出して立ち上がった。こんな焦った表情をしているカレンは初めて見た。


「私……1ヶ月後には復帰ライブを控えてるんです」


「えっ!?」


 サラッととんでもないことを聞いてしまった気がする。ライブの情報はまだどのメディアにも取り上げられていない。関係者でしか知られていない情報だろう。


「……どうすれば、解決するんですか? お金なら──」


「ダメじゃ。いいかお嬢さん、ワシは金を巻き上げたくて日付を先延ばしにしている訳ではなく──」


「じゃあ早く解決してくださいよっ!!!」


 しん、と客間が静まり返る。カレンがここまで取り乱すのは侑李も始めての事だったので、かなり驚いてしまった。


「……すみません」


「……あの」


 何か言わなきゃ、そう侑李は思って声をかけようとしたが、かける言葉が見つからない。こういう時、何も力になれない無力な自分がとてつもなく嫌に感じた。


「帰ります」


「おい、お札は──」


「もういいです。どうせ、解決にはならないんですから」


 そう言って、カレンはさっさと家を出て行ってしまった。


「ほれ、何をボケッと突っ立っとる」


「え?」


「はぁ……お前、女子1人を夜道に出歩かせるつもりか?」


「あ、あぁ!」


「ほれ、さっさといけ」


 侑李は宗一に促されるまま、カレンの後を追った。



「遠山さん!」


 よかった、まだそこまで家から遠く離れていなかったので、すぐに追いつくことができた。


「芦屋くん……」


「えっと……その、夜道は危ないから、ってじいちゃんが」


「そうですか」


 その表情にいつものような輝いた笑顔は無かった。


「お札ぐらいは、持っておいた方が良いんじゃない?」


「必要ありませんよ。私、そもそも幽霊とか信じてませんから。今日来たのだって、メンバーにお祓いでもしてきたらって勧められたからですし」


「で、でも一応持っておいたほうがいいと思う。じいちゃん、ああ見えて結構すごい人らしいからさ」


「……分かりました。持っておくだけ持っておきます」


「う、うん……! どうぞ……!」


 幽霊はいる! と言うのは簡単だが、証明することなんてできやしない。それは侑李が一番よく分かっていた。


「芦屋くんも、霊感とかあるんですか?」


「うん、一応」


「……胡散臭い」


 ボソッと言われた言葉に胸が痛んだ。ただでさえ女の子と接する機会が少ないのに毒づかれるとは。どうしよう、少し泣きそうになってきた。


「あ」


 その時、道路の電柱。その影に気配を感じた。


『……』


 ジッとこちらを見つめている。正確には、カレンの方を。上から下まで舐め回すような視線。悪霊の類だろう。


「どうかしたんですか?」


「いや……ちょっと」


 嫌な感じがする。このまま通り過ぎれば危害を加えることは無いかもしれないが、無いとは言い切れない。


「……そこに、誰かいるんですか?」


 カレンが電柱の方を見る。見てしまった。


 ニチャァ、と悪霊の口が横に広がったのと同時に、電柱から飛び出した。


「やばっ……」


 向かう先はカレン一直線。このまま放っておけば取り憑かれてしまうが、それを見逃す侑李では無かった。


「……無許可のお触りはご法度だぞ」


 飛びかかる悪霊を素手で掴む。


『ゲ……!?』


 悪霊は何が起こったのか理解できていないようだ。


「ふんっ」


 侑李は悪霊を握り潰した。正確には、魂の穢れた箇所だけを握りつぶした。穢れが無くなった霊は空へと昇っていった。


「……? 今、何をしたんですか?」


「えっと……悪霊を祓ってみました、みたいな」


「そ、そんなユーチューバーの動画タイトルみたいな……! というか、そんなあっさりと……」


 カレンからしたら何も無いところで手を握りしめたようにしか見えなかっただろう。


「……信じられない。信じられない、けど……気味が悪い感覚は消えたし……」


 霊感の無い人間が悪霊の被害に遭って霊感を身につける話は珍しくない。実際に、カレンはなんとなくで悪霊の気配を感じていたみたいだった。


「お札はいつも持っておいた方がいいと思う。今みたいに、変な感じが消えることもあるかもしれないし」


「……」


 カレンはジッとしたまま動かない。そして、侑李に向き直った。


「決めました」


「へ? な、何を?」


「芦屋くん、私に霊を退治する方法を教えてください」


「……えぇ!?」


「そしたら私もお祓いを受けるまで安心して生活できますから。それに、幽霊がいることが私にも分かれば怪奇現象の原因を突き止められるかもしれませんし」


「そ、そんなこと言われても……」


 霊の存在を証明する。それは侑李がどう足掻いてもできなかった事だった。


「もう一度、先程のような事をしてみてもらえませんか?」


「い、いや……今は悪霊はいないし、無理だよ」


「むぅ……けち」


 頬を膨らませたカレンの姿は額縁に飾って家宝にしたいぐらいのベストショットだった。しかし、こればっかりは叶えられる要望ではない。


「……分かりました。今日のところは諦めます」


 ホッと胸を撫で下ろす。


「……今日のところ?」


 もしかして、これから毎日のように霊がいるかどうか聞いてくるつもりだろうか。


「ここから先は明るい道で人も多いですし、ここまでで大丈夫ですよ」


「あ、うん」


「じゃあ、また明日」


「ま、また明日」


 こうして挨拶を交わすのも奇跡みたいなものだよな、と感慨深く感じていると、カレンが振り向いた。


「頼りにしてますね」


 そう言ったカレンの顔は、どことなく楽しそうに見えた。



「はぁ……」


 翌日、侑李は登校してから自分の席で脳内会議を始めていた。


(どうやって霊の対処法なんて教えれば……)


 昨日からずっと考えていたが、いいアイデアは浮かんでこない。昨日のように目の前で悪霊を祓うのが手っ取り早いかと考えたが、カレンから見れば何をしているのか分かっていないみたいなので意味がない。


(……やっぱり、変に期待させるより断った方がいいのかも)


 自分にできることなんてないのかもしれない。そう考えていた時だった。


「侑李氏、随分と考え込んでるな」


「あ、金山くん。おはよう」


 いつの間にか席の前には金山くんがいた。


「それで、幸せ街道真っ只中の侑李氏が何を悩んでいるのかな?」


「へ? 幸せ?」


「それはそうだろう。何せあの遠山カレンと同じ学校。同じクラスときた。これで幸せじゃないと言うのなら罰当たりだぞ?」


「……まぁ確かに」


 確かに、言われてみるとカレンが来てからというのも、修行僧のようにカレン断ちをすることは無くなった。実際に隣にいるのだからカレン断ちもない。


「やはり、自分の推しが身近にいるとそれだけで生きる活力が湧いてくるんだよ。おぉ……今日もサトクリがイチャイチャと……」


 金山くんが危ない目をしていた。視線の先を見ると、佐藤さんと栗木さんが肩を小突きあっていた。どうやら本格的に二人を推し始めたらしい。


(生きる、活力か)


 確かにそうだ。カレンのいない生活は侑李にとって希望の見えない暗闇のようなものだった。


「……よし」


 侑李はとにかく考えることにした。カレンにどうすれば霊を対処できるようになるのか。できることなら、カレンの取り巻く怪奇現象も解決してあげたい。


「おはよー!」


 陽子が明るい笑顔で教室に入ってくる。


「おはようございます」


 続くようにしてカレンも教室へと入ってきた。二人が入ってきただけなのに、教室内は一気に明るくなった。


 カレンと目が合った。


 侑李は思わず目を背けてしまった。目を合わして話すのはまだレベルが高すぎる。


「芦屋くん。おはようございます」


「う、うん。おはよう」


 席が隣なだけあって、すぐに話しかけられてしまった。


「あの……」


「な、何かな」


 必死に目を逸らしているのに、目を合わせようとしてくる。


「昨日の夜言ったこと、覚えてますよね?」


 カレンがそう発言した瞬間、クラスが一瞬だけ静かになった。たまにある、教室内が一瞬だけ静かになる現象である。その瞬間にカレンの質問が教室内に響き渡る。


「昨日の、夜……?」


 教室内はこれまた変な空気になる。どういう会話なのか、侑李たちに視線が集まる。


 侑李の頭はフル回転を始める。このままでは昨日の夜にカレンと何かあったと勘違いされることは間違いない。そして、侑李の導き出した解決策は──。


「覚えてない……と言ったら?」


 すっとぼけるつもりが、なぜだか戦いが始まりそうな台詞を吐いてしまった。


 え、今から何か始まんの? というか何今の返し? と教室内も変な空気になっている。ただの談笑かと思われたのか、クラス内は再び正常な空気に戻ったため、侑李の作戦勝ちだった。


「もう、覚えてなかったら怒りますよ?」


 そんな頬を膨らます姿も可愛らしい。取り敢えず最悪の事態は免れたが、ここからどうすべきか。


(教室内で話すのは緊張するし、ここはすっとぼけて押し通すしか……)


「芦屋くん、昨日カレンちゃんと何かあったの?」


「ふぁ!?」


 ここでまさかの陽子が参戦した。これにより侑李の退路は絶たれた。


「い、いや……えーとその……」


「おーいホームルーム始めるぞー」


「ありゃ、先生来ちゃった」


「むぅ……後でちゃんとお話させてもらいますからね?」


 勝った! と侑李は心でガッツポーズをした。絶妙なタイミングでホームルームの時間になったようだ。


「あ」


 そして、陽子の顔を見て思い出した。


(ノート……いつ返そう)


 悩みが増えた、というより思い出してしまった。勝ったはずなのに、どこか後ろめたい気持ちが拭えない侑李だった。



 1限目の授業中、隣からツンツンと肩を叩かれた。叩いたのはもちろんカレンだ。机にノートの切れ端が置かれる。


(か、肩を触られてしまった……!)


 ノートの切れ端よりも肩を触れられたことに心臓がバクバクだったが、深呼吸して心拍数を正常値に戻す。そして、両手でノートの切れ端を取る。


 『昨日の件、考えてくれましたか?』


 女子特有の可愛らしい丸文字でそう書かれていた。


(これ直筆レターやんけぇぇぇぇ!)


 心の中で絶叫してしまう。普通ならお金を払って手に入れるべき価値あるものを、まさか授業中に手に入れてしまうとは。


「あわわ……」


「ど、どうした芦屋? 気分でも悪いか?」


 様子を見かねた先生からお声が掛かる。


「いえ、絶好調です」


「そ、そうか」


 なんて返そうか、悩む。自分が世界で一番悩んでいるんじゃないか、と思うぐらい考えて、返した。


 カレンは返されたノートの切れ端を見る。


 『こちらも未経験であるため、暫しお待ちしていただけると助かります』


(……ビジネスメール?)


 カレンの頭にはてなマークが浮かび上がる。そして、ペンを走らせた後にまたカレンから直筆レターが渡ってきた。


 『分かりました。放課後に屋上でお話しましょう』


 そう書いてあった。これでやり取りは終わりだろう。このノートの切れ端は一生大切にしようと小さく折ってペンケースに入れた。



 授業が終わり、放課後になる。


「あれ? カレンちゃん今日はもう帰っちゃうの?」


「部活見学とかどう? ウチのクトゥルフ研究部見て行かない?」


 カレンの周りにすぐに人だかりができる。というかクトゥルフ研究部なんてあったのかと侑李は少し興味を惹かれていた。


「クトゥ……? ごめんなさい。今日は用事があるから。また誘ってくれると嬉しいです」


 相変わらずの人気だ。だが、カレンも断り方は熟知しているみたいで、すぐに人だかりから抜け出すことに成功していた。


「……っと、そうだ。俺も行かなきゃ」


「おっと、侑李氏。ふっふっふ、実はまた新しい推しを見つけて──」


「ごめん! その話は明日で!」


 またカップリングを見つけたらしい金山くんを振り切り、カレンの後に続くようにして屋上へと向かった。



 学校の屋上に行くと、既にカレンはいた。夕焼けがカレンを照らしており、CDジャケットに使われてもおかしくない美しい完成された画角だった。


「芦屋くん?」


 呼びかけられてハッと我に返る。


「すみません、呼び出して。……あの、大丈夫ですか? 今朝も目の焦点が合っていなかったみたいですし……」


「そ、それは別の理由だから大丈夫……!」


 恥ずかしくて目が合わせられなかった、とは言いづらい。


「えっと、昨日の話、だよね?」


「……はい」


 やはり、というかそれ以外ないだろうと思ってはいたが。


「……昨日は取り乱してすみません」


「い、いやいや。誰だって混乱すると思うし……」


 カレンの方を見ると、俯いており、いつものように笑った顔ではない。


(そうか……どう切り出せばいいのか困るよな……よし! ここは俺から話さなくては……!)


「……あれから色々考えたんですけど……やっぱりこんな誰かに迷惑をかけるようなお願い、無理にとは──」


「えっと、まず霊についてなんだけど」


「え?」


 カレンの言葉はそっちのけで、侑李はカバンの中からノートとペンを取り出し、つらつらと書き始めた。


「世間一般で霊っていうと死んだ人の魂っていう認識だと思うんだけど、それで大体合ってるんだ。その霊の中でも、人に害がない霊もいれば、いる霊もいて。昨日襲ってきた霊は多分この世に未練があって、長く魂だけの状態で現世を彷徨ってたみたいだから悪い霊、つまり悪霊になってしまってて」


「あ、あのー?」


「あ、霊感がある人には昨日みたいな悪霊が見ることもあるけど、普通に悪霊じゃない霊も見えたりするんだ。今まで遠山さんは見たことないと思うから霊感はほとんど無いと思うけど、昨日の悪霊が見えたってことは──」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「ご、ごめん! 喋るの早かった!?」


「そ、そうじゃなくて! い、いいんですか?」


「え……? いいとは……?」


「で、ですから! 私、昨日結構身勝手なこと言ってしまったと思うんですけど!」


 侑李はまだピンときていないようで、首をかしげる。


「えっと……もしかして大きなお世話だった、とか?」


「そうじゃなくて! あぁもう!」


 カレンが頭を抱える。


「確かに、昨日私は芦屋くんに幽霊の対処法を素人に教えろだとか、無理難題を言ってしまったんですけど、やっぱり無理だと思うんです」


「……でも、怪奇現象の原因が分かってないんだよね?」


「それはそうですけど……」


「じゃあ力を貸すよ。俺にできることがあるなら」


「どうしてそこまで……」


 カレンは疑問に感じているようだが、侑李にとってはカレンに力を貸すのは当たり前の事だった。


「前に気づいてたと思うけど、俺は遠山カレン……レンレンが最推しなんだ。活動休止って聞いた時は倒れちゃうぐらいにね」


「倒れちゃったんですか……」


「えっと……それぐらい俺の中で推しは大事というか……! だから、困ってたら力になりたいんだ!」


 侑李は迷っていたが、ようやく結論に達した。推しがいなければ自分の人生は灰色だと気づいた。だから、推しには笑っていてくれなきゃ困る。


「……ファン精神全開ですね」


「はっ!? ご、ごめん……」


「……ふふっ。でも、嬉しい。ありがとうございます」


 ようやく、カレンの素の笑顔が見られた気がする。その笑顔は、侑李がパソコンで毎日のように見ていたとびきりの笑顔と重なって見えた。


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