第3話 推し、自宅にも襲来

「う……」


 意識が覚醒する。


「知らない天井じゃん……」


 今度は見慣れない天井が広がっていた。なぜここに、と記憶を辿ると鮮明に思い出してきた。


「あー、すっごい夢見てた気がする……」


「どんな夢ですか?」


「えーっと、レンレンが学校に突然転校してきてさ。しかも俺と同じクラス。いやービックリしたー」


「ふふっ」


 ふと、隣を見ると、そこには魂を浄化させかねないぐらいの笑顔をしていたレンレンこと遠山カレンがいた。


「……」


「……あのー?」


「……あぁ、まだ夢の中にいるみたいだ」


「いえいえ、現実ですよ」


「げん……じつ……」


 マジマジと、目の前の遠山カレンを見つめる。確かに、自分がパソコンの中で脳に焼きつくほど見た遠山カレンがそこにいた。


「……あ」


「わぁぁぁ!? 芦屋くん! 昇天しかけてませんかっ!?」


「はっ!?」


 どうやら魂が抜けかけていたらしい。カレンに声をかけられて何とか現世に留まることができた。


「えぇ……。いや、ちょ、なんで、ここに……?」


「えっと、芦屋くんが倒れちゃったので、私が来たからビックリさせちゃったよなぁと思って。だから、私が保健室まで付き添って看病しようと思いまして」


「なる……ほど……? ってそれだけじゃなくて、どうしてウチの学校に……」


「それは、家庭の事情というヤツです。ありきたりな理由ですね、えへへ」


 そう言って笑う表情はとても可愛らしいものだったが、どこか作り物めいた笑い方にも見えた。


「そう、だったんだ。ごめん、急に倒れちゃって」


「いえいえ。何の連絡もなしに有名人が来たってなったらビックリしちゃいますよね。えっと、もしかして私のファンだったり?」


「そ、そりゃもう、メチャクチャ推してます、はい」


「本当にっ!? 嬉しいっ!」


 あぁ、こうして話していること自体奇跡に近い。もう当分その姿を見ることができないと思っていただけに、今この時間が現実味を全く帯びていなかった。


 キーンコーンカーンコーン。授業が終わるチャイムが鳴った。


「あ、私、先生に呼ばれてるのでもう行かなくちゃ。私がいなくても大丈夫ですか?」


「う、うん。あ、その」


「?」


「あ、ありが、とう。その、色々と」


「ふふっ、どういたしまして」


 こうして夢のような時間が終わった。まだ夢の中にいるような気分だったが、教室に戻り、金山くんと話してようやく現実だということが実感できた。



「ではここ、遠山さん、答えられますか?」


「はい。和訳すると、私は過去に旅行した経験があり、そこの国の人たちと様々な交流をした後に、その経験を日常生活に取り入れて役立てることができました、です」


「正解です。よく勉強していますね」


 クラスメイトから拍手が起こる。その拍手に照れながらもお辞儀をして応えるカレン。とても様になっている。


 彼女、本当に同じ人種か? 侑李は頭がおかしくなっているようだった。


(……というか! 席が隣なんだが!?)


 侑李の席は窓際の一番後ろという絶好のポジションだった。人数の関係上隣もいなかったため、インキャの侑李にとっては最高だったが、まさか隣に推しが来るとは考えてもいなかった。


 もう本当に訳がわからなくたっていた。俺が何をしたというのだ、と自分の人生を振り返る授業中であった。


 終業のチャイムが鳴ってすぐに、カレンの周りには人だかりができていた。


「ねぇねぇ! カレンちゃんってどの辺に住んでるの!? 駅とか使う!?」


「何か部活とか入る予定ある!? マネージャー募集してんだけどさぁ!」


「そんなことより! 今日暇だったりする!?」


 怒涛の質問攻めである。流石のカレンもこれには少しタジタジだ。


「はいストップ! カレンちゃん困ってるからっ」


 ここで颯爽と現れた陽子。人の波を一気に制し、その場を収めてしまった。


「カレンちゃんに聞きたいのは分かるけど、困らせるのはダメだよ。カレンちゃん、私含め、みんな聞きたいことが山ほどあるから、順番に聞いていっても良いかな?」


「えぇ、勿論です。ありがとうございます、犬飼さん」


「えへへ、陽子でいいよっ! じゃあみんな、カレンちゃんに質問する順番を賭けて、じゃんけん大会の始まりだぁ〜!」


 あっという間に場を取り仕切り、良い方向へと持っていく陽子には感動すら覚えた。ここまでコミュ力が強かったとは。


「侑李氏、行かなくていいのか?」


「うーん……あの場に飛び込む勇気は無いなぁ」


「だよなぁ」


 こういったクラスが馬鹿騒ぎしている時は金山くんとこうして遠くで眺めている。別に騒いでいる連中を下に見ている訳ではなく、単純にノリが違いすぎてついていけないだけだ。


(やっぱり、俺には遠すぎる存在だな)


 侑李は荷物をまとめて、教室を出ようとする。


「みんな、ごめんね! まず初めに──芦屋侑李くんっ」


 ビクゥッ、と侑李の肩が跳ね上がった。まさか自分の名前を呼ばれるとは思わなかったのだ。


「今日、ビックリさせちゃったからそのお詫び! 芦屋くんは、私に聞きたいこと、ある?」


「き、聞きたいこと?」


 クラスメイト全員から注目される。


「えーと、えーっと……!」


 何か言わなくては。頭の中がぐるぐるする。これでもかと頭を回転させ、何とか放った一言は。


「何か、困ってることとかある?」


 そう発言してすぐに、侑李は穴が合ったら入って半年過ごしたくなった。


(な、何を言ってるんだ俺はぁ!? 何偉そうなこと言ってるんだ!? そんなこと聞いたって仕方がないだろうがっ!)


 クラスメイトもあいつ何聞いてるんだ? と言わんばかりの表情をしている。あぁ、死にたい。


「えっと……! 今のは、その──」


「あははっ。最近困ってることはですね、ありますよ」


「え?」


「私、最近運がないみたいだから、お祓いでもしてもらいたいかな、なーんて!」


「……え」


 そう言ってペロッと舌を出して戯けて見せた。その意地悪な笑顔が可愛すぎて気絶しそうになった。


 うおおおおおおおおおおおお! と男子たちが歓喜の声をあげる。ちなみに女子はその反応を見てドン引きだった。


「はいはい! じゃあジャンケンするよ!」


「うふふっ。みんな、頑張ってくださいねっ」


 その喧騒に乗じて侑李はそそくさと教室を去った。教室を出るとき、チラッとカレンの横顔を見る。その笑顔は、やはり何度も動画で見たような笑顔とは違って見えた。



「ただい──うわっ!」


「あ、おかえりぃ〜」


 侑李が家に帰ってきて、自分の部屋を開けるとナチュラルに凛がそこにいた。この時間に凛がいるということは半休でも取ったのだろうか。


「なんで当たり前のようにいるんだよ」


「そこにゆーくんがいるからだよ〜」


「訳わかんないよ〜」


 もう自分の部屋に誰かいるのは日常茶飯事であるため、そこまで驚かない。もう驚いたら負けとさえ思っている。


「はぁ……」


「どうしたのゆーくん。悩み事?」


「それがさ……」


 侑李は凛に今日会ったことを一通り話した。昔から凛には悩みを打ち明けたりすることが多い。いつもはのほほんとした様子だが、人間関係や授業の分からないところなど的確に教えてくれる為非常に助かっている。


「えぇ〜! すごいじゃん! 有名人が、それもゆーくんの推しがクラスメイトになっちゃうなんて!」


「そうなんだよ。めちゃくちゃ凄くてさ。倒れた俺を看病してくれてめちゃくちゃ優しかったりすぐに人気者になっちゃうし笑顔とか可愛すぎるしもう同じ人種とは思えない神々しさすら感じて……って」


 凛の顔を見ると分かりやすく頬を膨らませていた。餌を頬いっぱいに溜め込んでいるハムスターみたいだ。


「ゆーくん! いつからそんな女の子を褒め殺そうとするようになっちゃったの!?」


「いや、そんなつもりは……」


「ふん! 私なんて一度もそんなこと言われたことないのにっ!」


 そりゃ姉には言わんでしょうよ、と思ったが口には出さないでおく。


「それで、レンレ──遠山さんに変なこと聞いちゃったなぁって後悔してたんだよ」


「ふむふむ、でも、ゆーくんはカレンちゃんが困ってるように見えたんだよね?」


「そりゃあまぁ、活動休止のこともあるし、何かあるのかなって」


「偉いっ! 気遣いができるゆーくんは偉いよっ!」


「……そうかなぁ」


 ここまで持ち上げられると少し疑ってしまうが、大人の姉が言うのだから間違ってはいないかもしれない。


「ただいまー。っておねぇもいたんだ」


「咲希ちゃんおかえり〜」


(この2人……なぜ当たり前のように俺の部屋に入ってくるんだ……?)


 その後咲希にも今日あったことを一通り話した。


「いや、キモいでしょ」


 心が一撃で粉砕された瞬間だった。



「咲希ちゃん、あんまりゆーくんをいじめたらダメだよ?」


「ごめん、でも普通に気持ち悪くて」


 夕食の時間。咲希の言葉に心を折られながら食べ進める。非常に心に刺さる。


「珍しいこともあるもんじゃのぉ。有名人が同じ学校、それに同じ教室とはな」


「そうなんだよなぁ」


「カレンちゃん、お祓いでもしてもらいたいって言ってたらしいよ」


「おい、咲希……」


「ほっほぉ〜ん! それならワシの出番じゃな!」


 こうなるからその会話の部分は話したくなかったのに。


 宗一は仕事の話となるとすぐに飛びつく。それも有名人のお祓いを任されるとなれば宗一にとっては願ってもないことだろう。


「むふふ……ワシがお祓いに成功したとなれば一躍有名霊媒師じゃな……」


「ま、冗談でしょ」


 と、侑李は言ったものの。カレンの笑顔が妙に気になってはいた。作り物のような、無理に笑っているような顔をしていた。


 ピーンポーン。家のチャイムが鳴った。時刻は19時。この時間に訪ねてくるとなれば誰なのかはある程度予想はできた。


「あれま、こんな時間に」


「どれ、少し行ってくるかの」


 宗一が席を立ち玄関へと向かう。


「ご馳走さま」


 侑李は食べ終えた食器をシンクへと持っていき、自分の部屋へと戻ろうとする。


 侑李の部屋は2階。玄関から少し離れたところに階段があるため、玄関付近で宗一とお客さんの会話が聞こえてきた。


「こんな暗いのにお嬢さん一人か? ってお嬢さん、どこかで見たような……」


「私、遠山カレンっていいます。ご存知でしょうか?」


「……え?」


 聞き間違いか? 侑李は自分の耳を疑った。確かに、遠山カレンと言った。そして聞き覚えのある声もする。


「おー! あるある! ワシの孫がそれはもう好きで、この前なんか朝番組の時にテレビに齧りつくようにして見ておったわい!」


「ちょちょちょちょちょ!? 何言ってんの!?」


 一気に玄関まで駆け抜ける。


「え……!? 芦屋くん……!?」


「あ……」


 そこにいたのは、先ほどまで話題の中心だった遠山カレンだった。


(う、うわぁぁぁぁぁ! レンレン私服やんけ……! あ……眩暈してきた……)


 思いがけぬ姿に頭がおかしくなりそうな侑李だったが、咲希の罵倒を思い出し何とか平静を装う。


「なんで芦屋くんがここに……って、あ」


 表札を見て、あちゃー、と手でおでこを抑える。


「そっかぁ……芦屋くん、そっち関係の人だったんだ」


「えぇっと、その……」


 二人の間に沈黙が訪れる。非常に気まずい。


「……取り敢えず、ワシを置いてかないでくれるか?」


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