電話

星多みん

お盆帰り

 ダンボール臭い部屋に少し遠いい場所から木を焼く匂いで上書きされると、小学生の頃からの使っている学習机に置いているスマホが振動していた。


 最初は出る必要がないと思っていた。きっと間違えか迷惑電話だから、でも癖でスマホを覗き込むと、掛かってきたのは会いたかった彼からの電話だった。


「もしもし、」

「もしもし。元気にしてる?」

「元気だよ、そっちは?」


 私はそう言ってから「あ」っと声を出してしまった。彼は何もしていないことを知っていたから、失礼だったかもしれないからだ。


 でも彼も少しは変わったのだろうか。「実家でゴロゴロかな」と特に気にしていない様子で答えるので、私はその場のノリ任せで次の話題として、今まで何をしていたのか聞いてみた。


「特に、毎日が休みみたいなものだからな~」

「そうでしょうね、昔から何もしたいことがなさそうだったもん。だけどお盆の日は早いから無駄なくしてね」

「まぁ~ね」


 彼がそう言うと、後ろの物音が電話越しに聞えて来た。


「何してるの?」

「いやぁ、椅子から落ちそうになって」

「相変わらずのドジは治ってないようだね」

「治るもんじゃないからね」

「少し気を引き締めるだけでも、変わると思うけどね~」

「だけど、もうどうしようもないからねぇ」


 彼はそう拗ねながら言うので、私はその態度に苛立ちを覚えて「どうでもよくないから、絶対に治して」と言うと、それが彼からしたら面白かったのだろう。彼は「ゴリラみたいな野太い声」と笑った。


「あんたねぇ。女の子に対して……」


 本来ならここは怒ることだが、私はその続きを言わなかった。それは私の弄りもあったので帳消しと考えただったが、久しぶりの電話だったこともあって怒る気になれず、次の話題を考えようとしていると、珍しく彼から話しかけてきた


「少し話しを戻すけど、そっちの様子はどうなの?」

「珍しく話しかけて来たなと思ったら、しょうもない話題だね」

「ごめんごめん。ただ気になっただけ」

「毎日が暇で、つまらない」

「でも、何もして考えなくていいんじゃないの?」

「確かにお金も時間も考えないでいいからね~。って、そんなわけないじゃん、毎日あんたのことが心配です」


 私は左手薬指にある結婚指輪を見つめながらそう言うと、彼は少しの沈黙を置いて真剣な声を出した。


「本当にごめんね。でも、もう心配しなくていいからさ」


 私はその言葉の真意が分かって嬉しさを感じたが、でも心を鬼にしてこう言った。


「言っとくけど、一緒に帰らないからね」


 私はそう言ってからスマホを置いて、自室の向かいにある彼の部屋に向かった。そこには天井から伸びている頼りないロープに、首を括ってスマホを持った彼が椅子に立っていた。


「あんたねぇ。この家をもう一回事故物件にするつもり?」


 私はそう言ってから息を吸うと続けて呆れながら口を開いた。


「しかも自殺ってのが、余計に不動産に迷惑かけるじゃない」

「だって、あの時に俺が単身赴任していなかったら。こうはなってなかったし」

「確かにそう思うのは仕方ないけど、あれは私がドジって鍵をかけていなかっただけ。あんたが気に病むことじゃない」


 私はそう言って自殺を止めるのだが、彼はまだ納得していなかった。もっと何かを言わないといけないのに、そう思って他の言葉を考えるのだが、こういう時に限って私の半透明の頭は違う言葉を浮かべるので、余計に焦りが顔に出てくる。


「とにかく、君が来ることは絶対に許さない」


 ようやく出した言葉だった。だけど彼はそれを「どうして?」の一言で蹴散らすと、私は何処にもない心臓が飛び出そうな気がした。


「それは私だって生きたかった。君と生きたかった。けど、仕方ないじゃん。来てほしくないんだから……」


 私がそう言っても彼はまだ降りてくれない。こんだけ言っているのに、正に死人に口なしと諦めかけた時に彼と付き合った理由を思い出した。


「君は確かにドジで心配するから、毎日上から見てるけど、でも私はそんな君をつまらない天国でも笑えるから、それにちゃんと生きてみた感想を聞いて見たいんだよ。私は生きれなかったからさ」


 私はそう言うと、後ろからか、頭から分からないが、何かに勢い良く引っ張られるといつもと同じ雲の上に居た。とてもつまらない事件もない空間。ただお盆が終わったこの時は泣いている人が多くいる気がする。


 私もその一人だった。彼は大丈夫だろうか、あの言葉で良かっただろうか。そう思いながら老若男女の人混みを通り抜けて下を覗いて安堵する。


 文字通りの魂だけの言葉は彼にちゃんと伝わったようだ。

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電話 星多みん @hositamin

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