魔王は私只一人

ことはゆう(元藤咲一弥)

前世魔王、今世も魔王に戻ります~魔王は私只一人~




 世界を変えるには、自分から動かなきゃ世界は変わらない。

 そう私は思い出した。




「誰のおかげで飯食ってけると思ってんだ!!」

 五月蠅い糞親父の声と蹴られる痛みに、私はうずくまって耐える。

 笑う母親と妹や弟達の声が煩わしい。

「なんとか言え!!」


『ああ、可哀想な御方。こんな奴らにこんな目に遭わされて』

──誰?──


 痛みに耐えていると頭の中に声が聞こえた。

 幻聴かと思ったが、そうではなかった。


『我らが王、偉大なる夜の女帝──の生まれ変わりである貴方はここでこのような目にあっていいはずがない!!』

『思い出してください、愚者共を焼き殺したあの日を! 愚者共を罰してバラバラにしたあの日を』


 声とともに鮮明に記憶がよみがえっていく。





 ああ、私は、差羽さしば陽彩ひいろは──

 異世界の、魔王、ネフティスの生まれ変わりだ。


 だから──



 体が炎を纏う、傷が全て消えていく。

『そう、愚者は滅ぼすべきなのです』

 炎の剣を手に取り、怯える「元家族」へ向ける。

「ただじゃ死なせない、安心して」

「だ、だからあの女の祖父母に預けてっていったのよ!!」

 母親だった女が気になる言葉を吐いて父を揺さぶっていた。

「どういうことだ、応えろ、男」

「お、お前父親に向かって……」

 私は剣を振り下ろし、男の頭部の一部を削ってやった。

「ひぃいいいいい!!」

「痛みはない、応えろ」

「お、お前の実の母親は彩羽いろはという別の女だ! この女じゃない!! お前が物心つく前に死んだ!!」

「ほぉ?」

「だ、だから助けて──」

「つまり、貴様等害虫共は我が亡き母の財産を食い潰していたという事か?」

「ひぃっ!!」

「そのようだな」

 私は怒りの所為で逆に頭が冷静になっていった。


 私の実母がどのような女性か知る必要があった。


 私は父親である男の頭を掴み、記憶を読み取る。

 かすかだが、記憶があった。


 男がまだ誠実だったころ、赤子の私を抱きしめていた優しい女性。

 微笑んで、愛情をたっぷり注いでくれた女性。

 だが、病魔には勝てず、また夫である男は不義に走り女を作った。

 我が子を守れず死んだ悲しい女性。


「どうしようもないほど救えぬなお前達は」


 私はそう言って男を放り投げた。


「貴様等は──」


「生きたまま虫に食われるのがお似合いだ、害虫め」


 私の足下から無数のこの世界には存在しない蟲達が現れ、元家族に襲いかかる。

 悲鳴を上げ、哀願の声を無視して私は声のする方を向く。


「これでいいの?」

「さすがです!! 我が主、我らが女帝!!」


 燕尾服を着た、人の形だがどこか歪んでいる男が姿を現した。

「久しいわね。『バロック』」

 私は男の名前を呼ぶ。

 悲鳴は無視する。

「さぁ、我らが女帝、このような世界などどうでもいいでしょう! 私共の世界に!!」

「うん、そうね」

 母の亡骸はどこかに捨てられ、探す事が困難なのも分かっている。

 誰も味方がいないこの世界に私はいる理由はない。


「帰ろう」

「御意」

 バロックの手を取り、歪んだ空間を通り抜けて夜の色に染まった城の前に来る。

「申し訳ございませぬ、少々ずれました」

「構わない」

 私はそう言ってバロックに案内されるままに城の中へと入っていく。


 玉座の間には二人の見覚えのある男女がいたが、私はそれを通り過ぎて玉座に座る。


「座り心地の悪い椅子ね」

「すぐ貴方様に合った椅子をお作りします」

 バロックが頭を下げてそういうので、私は頷いた。

「『我が子』イザヤ、『我が僕』ヨハンナ、久しいな」

「……母上、このような形での再会は私はあまり望んでおりませんでした」

「私共の王、ネフティス陛下。私もです」

「ん?」

 二人の言葉に私は首をかしげる。

「バロック、どういうことだ? お前一人でやったわけではあるまい?」

「勿論この二人の力を借りて貴方様がいた世界に干渉しました」

「では二人の言葉はどういうことだ?」

「貴方様の向こう側での暮らしが幸せであることを望んでいたのですよ、お二人は」

「なるほど、しかし残念だがそれは無理な話だ」

「わかっています」

「わかっております」

 私は座り心地の悪い玉座に座り直してから言う。

「で、この世界はどうなっている? 戻った直後、嫌な騒がしさを感じたが」

「さすが我らが王」

 バロックはにたりと笑って口を開いた。

「現在この世界には多数の魔王がいます」

「は?」

 寝耳に水な発言というか、馬鹿すぎる発言に思わず声が出た。


「魔王が多数? 何それ?」

「事実でございます」

 ヨハンナが静かに答えた。

「魔王ネフティス陛下がいなくなった後、各地の魔族が我こそが魔王だと名乗りを上げて今も戦争が続いております」

「は?」

 自分の遺言を無視されての行動にまた声が出る。


 私は死ぬ前に「これからは多種族と共存して暮らせ、魔王なんてものを出すな」と命令して死んだはずだ。


「私の遺言は?」

「……無視されました」

 私は手で額を多い、天井を仰ぎ見る。

「それ、何年ぐらい前の話?」

「ざっと百年前からですね」

 バロックが愉快そうに言った。

 私は心の底からため息をついた。

「他の国や種族は?」

「巻き添えになっております」

 私は玉座の肘掛けを力任せに叩いた。


 ばきぃ!!


 玉座は見事に壊れた。

「ふ、ざ、け、る、な!!」

 前世での私の苦労が全て水の泡である。


「で、陛下。どうします?」

「決まっている」

 私は立ち上がる。

「魔王はネフティスが最後! 故に私が只一人の魔王でなくてはならない!! 宣戦布告だ、魔王ネフティスが帰ってきたと、魔王を名乗る輩を滅ぼす為に蘇ったと!!」

「仰せの通りに、我らが陛下」

 バロック喜色満面の顔で頭を下げた。





 と、言っても私の今の姿はネフティスではない。

 差羽陽彩のものだ。

 だが、この姿のままでいく。

 必要な時だけネフティスの姿に戻ればいい。


「母上……いえ、陽彩様」

「陽彩でいいよ、イザヤさん。それに今の私はネフティスの生まれ変わりであって貴方の母親じゃないから、さっきのはノリ的なあれよ」

 私はからからと笑って言う。

 そうするとイザヤは複雑そうな顔をして頭を下げた。

「私の力が及ばないばかり、申し訳ない」

「いいのよ、これからぶちのめしにいくだけだから」

 前の世界への未練はない。

 今の世界でどうするべきか、魂が叫んでいる。


『他の魔王を倒せ』


 と。





 私は演説の準備の為、前世の姿に戻った。

 黒い長い髪に、真鍮のような角、月光の目、夜の女帝ネフティスの姿に。

「ネフティス様、どうぞ」

「うむ」

 各地へ映像と音声を伝える魔術を発動する。

「我が遺言に背きし輩共を罰する為に、私は、ネフティスは戻ってきたぞ!! 愚か者共め、我が遺言を背き、多くの民を犠牲にした罪をその身をもって償わせよう。魔王は私、ネフティスが最後、私只一人だ!」

 魔術の発動が終わると、私はその場を後にして、陽彩の姿に戻る。

「はー……つかれた」

「素晴らしい、さすがは我らが王ネフティス陛下!」

 バロックのこの私を自棄に持ち上げる態度が何かひっかかる。

「バロック」

「何でしょう?」

「お前、私に何をして欲しい?」

「陛下にこそ、この世界を統治して欲しいのです」

「は?」

 前世で聞かされなかった言葉に、私は耳を疑う。

「お前そんなの一度も言わなかったじゃないか」

「ええ、百年間の間にそう思うようになりましたから」

「何があったんだ、お前に?」

「いずれ分かりますとも」

 私はバロックの言葉に首をかしげて、前世の寝室へと向かった。

 正直疲れた、眠い。

 綺麗なベッドで寝るのなんて初めてだなと思いながら私はふかふかなベッドに横になった。





「──で、反応は?」

「わりとありますね。『魔王』達も動揺しているし、圧政されている民は救世主が来たとさえ言っております」

「別に救世主でもなんでもないんだけどなぁ」

 私はボリボリと頭を掻く。

「それはいいけど、お風呂入りたい」

「湯浴み場まで案内しましょうか?」

「お願い」


 バロックに案内されるがまま、風呂場へと向かい、誰もいないのを確認するとバロックに見張りを命じて風呂へと入る。


 浄炎で綺麗になったとは言え、風呂に入るのも一苦労だったから前の世界は。

 温かなお風呂でゆったりするのは気持ちいい。

 眠りそうになるのを堪えて風呂から上がり、用意された衣服に身を包む。


 そのまま寝室に向かい、眠りに落ちる。



「彩羽様──いえ、ネフティス様」

「なんだ?」

「ドワーフ族の長とその一団がやってきました」

「ほほう」

 私はネフティスに姿を変える。





「久しいな、ジード」

 ドワーフにとって百年はまだ短いのだろう、長は健在だった。

「その声、その顔、その仕草、間違いない、ネフティス陛下だ」

 ドワーフの長ジードはそう言って私を崇める。

「生き返ったのですか?」

「いや、正確には──」


 陽彩の姿になり、一同を仰天させる。


「転生した所をバロックに呼び戻されたという訳だ」

 そう言ってネフティスの姿に戻る。

「ジードお前の所はどうなっておるのだ?」

「耳長──エルフ達とトラブルになってます」

「何? あれほど私が苦労したのが水の泡になったのか?」

「今の長がネフティス陛下の契約など無効だと騒ぎ立てて……」

「いいだろう、高慢ちきなエルフの鼻っ柱をおってやろうぞ」


 私はジードに案内されて、エルフのすみかへと向かった。

 姿は勿論ネフティスの姿。

「そこ止まれ!! 止まらぬと射貫くぞ!!」

 頭上の木の上からエルフ共がこちらに矢を向ける。

「やれるものならやってみろ」

 弓を構えたエルフが黒い巨大な手に鷲づかみにされ地面にたたき落とされる。

「尻の青い小僧共が、ネフティス陛下の邪魔をするな」

 バロックが吐き捨てて言う。

「魔王ネフティスは死んだはず……」

「貴様等が愚かな行為をするから戻ってきただけだ」

 私はそう言ってエルフの里の奥へと入って行く。



「誰だ貴様は!!」

「私を知らぬとは、前の長は何をしていたのだ?」

 若いエルフの長に私はそう言うと、エルフの長は魔法を使って私を追い出そうとした。

 が、無理なことだった。

「何故魔法が通じない」

「蟻が象に勝てるとでも?」

 そう言うと、エルフの長を影が縛り付け動けなくする。

 他の若い女のエルフ達が逃げていくが、知った事じゃない。

「ルセラは何処だ? 貴様では話にならん」

 そう言っていると、見慣れた顔のエルフがやって来た。

「ネフティス陛下!!」

「ルセラ、お前は何をしていたのだ?」

「陛下、ルセラ殿をあまり責めず。どうやら子息に牢屋に閉じ込められていたようです」

「なるほど、ソイツにか」

 ルセラの子息を足蹴にする。

「ルセラ、お前はエルフの長をもう一度やれ。私が作った盟約を果たせ」

「畏まりました、ネフティス陛下」

 ルセラは平伏し、私に何度も頭を垂れた。



 それから数日後、ルセラとジードは前の関係──エルフとドワーフは険悪ではなく、普通の種族間のやりとりをするという事になった。

 苦労が水の泡になりかけていたのをどうにかできたのは嬉しい限りだ。



「さて、次はどうするか」

「魔王を殺しましょう」

「各地のか?」

「ええ、そうです」

 私はそれに納得し、頷いた。

「良かろう」

 私は各地を巡って「魔王」と名乗る王達を殺して回った。

 それに甘い蜜を吸う者達も殺して回った。





「もう、全員死んだか」

「ええ、死にました。本来なら後は隠居するだけなんだがな」

「いいえ、ネフティス様にはこの世界を統治していただかなければまいりません‼」

「何故其処まで」

 バロックが其処まで執着するのには理由があるはず。

「……ネフティス様亡き後、子息とヨハンナと私以外の配下が貴方が殺した魔王達によって謀殺、毒殺等されました、私の一族は私を除いて皆殺しにされました」

「道理で配下がお前とヨハンナだけな訳だ」

「……」

 私は考え込む。

「良かろう、支配を宣言する」

「はっ!」





 ネフティスの姿になり魔術で宣言する。

「今、魔王は私ネフティスただ一人となった、だが私が居なくなればまた愚者が出よう。故に私は支配者となる、王ネフティス。只一人の魔王であり王、ネフティスだ!」


「圧政はしかぬ、共存の世界こそが私の望み、だがそれを害なす者には容赦はせぬ。罪人は何故罪を犯したかによって裁く、真実の裁判によって」


「不当は望まぬ、私は正しいことを望む、だが正しいからといって間違いを批難し差別することも望まぬ」


「宣言は以上だ、文句がある者は我が城に来い、話を聞いてやる」





 宣言の後、文句で我が城を訪れる者は居なかった。

 皆窮状を訴えに来る者はおり、私はそれを解決してやった。

 いつしか私は聖王と呼ばれた、魔王なのにな。


 二百年はかかったが、私の望む世界がここにあった。

「イザヤ、バロック、ヨハンナ」

「はい、母上」

「はい、ネフティス様」

「ネフティス様、何でしょう」

「お前達には迷惑をかけた、勝手に死んでそこから大変だったのだろう」

「いいえ! 母上は悪くはありません!」

「その通りです!」

「バロックから全部聞いた、私の臣下達がお前達だけなのは魔王を名乗った者達に殺されたからだと」

「バロックお前……!」

「でなければこの世界にはならなかった、ネフティス様」

「なんだバロック」

「どうかこれからも、魔王として、王としてこの世界をお治め下さい」

「──わかった」


 かつては生きるのに疲れて勝手に死んだが、今はそうもいかない。

 生き続けなければ。

 魔王はこの世界で私、只一人なのだから──






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