あの巨岩のアレが怖かった・1

 バスに乗る前に、瑞貴さんが言ってくれた。

「引っ越してきてまなし時間が経っていないだから、わからんこと多いよな。ついでやから、越木岩神社に行ってみてもええんやないかな? あそこ、結構おもろいで」

 おもしろい、の意味がイマイチわからないのだけれども……せっかく言われたのだから次のシフト休に、行ってみることにしよう。ま、話のネタですね。


 晴れたよ。

 休日に晴れていると、ほっとしますね。教えてもらった神社に行くバスは、日中は市内の他路線より本数が少ない。

 でも、ちょっとワクワクする。そんな反面、墓地で遭遇したような怖い体験がふたたび起きるのかと思うと、怖い気持ちもあるけれど……。


 実は普段の通勤で使っているバスは鷲林寺じゅうりんじ周りの経路なのだ。行き帰りの時間帯によっては沿線にある高校へ向かう学生と一緒になることも頻繫にある。

 そして教えてもらった越木岩神社は鷲林寺から、三つめのバス停になる。このあたり、裏六甲というらしい。幅が狭いバス道を割るように、まるで当然のように「それ」はある。正式には、夫婦岩というらしい。

 仕事の帰り道に車窓から見える巨岩は、とても不気味だ。左右を行き交う車のライトに照らされて見える巨岩は、まんなかから真っ二つに割れていて。隙間には一本の樹が生えている。走る車を邪魔するかのように、好き放題に葉がもりもり前後左右に茂っていた。夜の車窓から見える葉は岩肌の色と相まって、背筋が凍る思いがする。

 地元の人間だけではなく、いまやテレビでもネットでも有名な話は――夫婦岩を撤去しようとする業者には、ことごとく災いが降りかかるとのこと。今では誰も、この巨岩に手をつけようとは思わない……。

 日常的に通り過ぎるだけの存在の岩が、今日はなぜだか余計に禍々しく見える。

「昼間でも、怖いなぁ」

 そう思ったけれど。

 思ったのだけれども。

 ……とりあえず、越木岩神社に行こう。


 閑静な住宅街に面している鳥居をくぐる。

 白い石の階段が本殿の手前まで、ゆるい傾斜で続いている。石段の両端には木々が生い茂り、風が吹くとさわさわと音がする。

 こころやすらぐ雰囲気の神社だなあと思った。本殿でお賽銭を投じ、鈴緒を振る。からんからん、と鈴が鳴る下方で拙い祈りをささげた。

 本殿から左に目線を移せば、ご神体はこちら云々という表記の看板が立っていた。ちいさな森の中に道を作っているような感じ。でこぼこしている踏み石に、つまずいて転びそうになった。

 少し登ればすぐ左側に、しめ縄が張られている巨岩があった。

「わぁ……」

 いわゆる磐座と呼ばれるものだろうか。さっき見た、夫婦岩より縦横ともに二倍くらいの大きさがありそう……。

 バスの中で越木岩神社のことを、さくっと調べてみた。この御神体もまた、不思議な逸話があるらしい。

 大阪城を作ろうとした時期に、この巨岩はどうしても切り出せなかったとのこと。時をさかのぼれば、あの夫婦岩もこの御神体も。どこかから降ってきた隕石なのかもしれない。でも、どこから降ってきたのだろう?

 しめ縄が張られている御神体の正面にまわる。

 ご神体のはるか上では陽の光が、茂る葉の隙間からあふれんばかりにこぼれている。

 やがてわたしの横に、四十代前半に見えるすらっとした女性と娘らしき高校生っぽい可愛らしい子がいた。にこやかな彼女たちの会話が聞こえてくる。

「ねえ、お母さん。岩の上に男の人がいるよね?」

「あれっ? あんたにも見えるの?」

「うん。わかるよー」

 え、なにそれなにそれ!

 わたしには、木漏れ日しか見えないんですけどーーーー!






 













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