お地蔵さんを見に行くはずだったの・3

 かんかん照りの午後。わたし以外に誰もいない広い墓地。そこ、ど真ん中のコンクリ道。突然に浴びせられた氷水の感触。ぎょっとして見遣れば非常にお粗末な無縁仏の墓の区画。


「きゃっ」


 悲鳴をあげて立ちすくむ。大量の汗が全身から噴き出していた。手振り地蔵の探索どころではなくなった。

 方向感覚も土地勘もないのに走り出している。たしか坂道を登り切ったところにも出入り口はあったはず。

「はやく、はやく」

 足がもつれるのも、かまわなかった。坂道を駈けている途中、吹奏楽らしきメロディが聴こえてくる。

 この近くに学校があるのかな……。感じたことは、それくらい。あとは視界左側の隅っこに、集合住宅が立ち並んでいたことくらいしか記憶にない。

 息が切れそうになったとき、斎場らしき建物をみつけた。その向こうに、敷地と道路を区切るような背の低い、黒の門扉があった。

「ひゃー……」

 門扉は幸いにも開いていた。これで、ここから脱出できる。斎場を目前にして、あらためて振り向いてみた。

 坂の下に広がっているのは、墓石しか見えない。お地蔵さんなんて、やっぱり見えない。

 呼吸を落ち着けながら、考えてみることにする。

“手振り地蔵”の存在は気になるし、突き止めたい気持ちでいっぱいだ。もう一度あらためて、この坂を降りていくべきなのか。きっと自分が見えていなかった景色の中に、お地蔵さんはあるはずだ。

 そんなふうに思っていたら、右耳の下が「キン!」と痛んだ。

 そう、さっきの「大量の氷水体験」のときに味わった、アレだ。

「出直そう」

 残念だけど、仕方ない。

 スマホで確認してみたら、歩いて五分ほどの距離に有名なケーキ屋があった。今日のところは、おやつを購入して帰宅することにしよう……。


 翌朝。


 通学児童の群れの切れ間に、スクールヘルパーの鶴野さんがニコニコしながら近寄ってきた。バス停に向かうまでの途中、信号待ちをしていたときだ。

「お姉ちゃん、昨日は満池谷の墓場に行ったん?」

「行きましたよー!」

「そうか、そうかー」

「地蔵さん、どやったんどうだった?」

 みじかい時間の中、昨日体験したこと。怖かったことを、身振り手振りを交えて話す。すると鶴野さんが「へっ?」と言いたげな表情になった。

 ん?

 ほんのわずかな時間、わたしたちはかたまっていた。その様子を見つけた、スクールヘルパー瑞貴さんが寄ってくる。

 そして、わたしに「おはよう。今日はいつもより早いんやなぁ」と声をかけた。

「鶴野さんに、昨日のこと伝えたかったから。早めに家を出たんですよー」

「昨日のこと?」

 鶴野さんが瑞貴さんに「満池谷の墓地、あそこ無縁仏のおる崖な。今は、ないよな?」と尋ねた。

「ないで? 震災あと、あそこ。きれーいに更地になってるはずやで?」

「せやんなぁ」

 ……どういうこと?

 不思議そうなこちらを見て、お爺ちゃん二人は口々に言い立てる。

「お姉ちゃんが見た景色は、震災前にあった無縁仏の墓区画やわ」

「そうそう。今は、なんもないよ?」

「でもわたし、見ましたよ? 氷水を誰かに大きなバケツ一杯かけられたみたいな感じも、まだ憶えているもの」

 わたしの言葉を聞いた瑞貴さんが「あっ」とちいさな声を上げた。

「なんですか?」

「いやぁ……」

 瑞貴さんが、言いづらそうにこめかみを掻く。

「たまにな。おるいるみたいなんよ、震災から何十年も経ってんのに。お姉ちゃんみたいに無縁仏の崖を見る人が。俺の近所にも、おったわ。その人は盆前に墓参りしたときに、経験したみたいやけどな」

「えっ?」

 なぜか、右耳の下が「キーン」と痛くなってきた。

 ……阪神大震災で被害を受けていたのは。生きている人だけじゃ、なかったのかな。





















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