お地蔵さんを見に行くはずだったの・2

 だらだら洗濯やら掃除などをしていたら、既に12時をまわっている。

「時間の流れは速い……」

 掃除の間に腰痛を感じたらラジオ体操をしてみたり、スマホにメッセージが来たと言っては十分以上もスマホの画面を観ていたり、引っ越し時に使った大量のダンボールを畳んだり、そこから出しそびれていた荷物を整理していただけなんですが。

 ひと段落してから、あらためて窓の外をたしかめてみた。雲ひとつない空が広がっている。今日は暑くなりそうだ。

 出かけることが億劫になりそうだったが、ウォーキングついでに美味しいケーキ屋さんにも寄ってみたいし、そういうことって休みの日でないとなかなか出来ないし……思い直して、首筋に日焼け止めクリームをしこたま塗り込む。


 スマホで位置をたしかめつつ、満池谷の貯水池に向かって歩く。そこまで行くためにバスも使えないこともないけれど……まあ、今日は歩きましょう。

 たどりついたバス停に面している道を挟んで、貯水池があった。

 スマホの地図上では「ニテコ池」と表示がある。

 池といっても規模は想像していた以上に大きかった。バス停を背にすると、そこはもう墓地の入り口になっている。

「わあ……」

 山を切り崩して墓地にしたのだろう。こちらの足元からゆるい坂道上方いっぱいまで様々な墓石が一面に広がっている。とにかく圧倒されてしまう景色だった。

 入口から向かって右側、すぐそばに火葬場らしき建物がある。壁際に供えられているいくつかの花束は、黄色と白の菊が取り交ぜられている。

 墓地左側の生垣の向こう側には、民家がぎっしりと建てられていた。夜は、きっと静かだろうな……。

 とりあえずお地蔵さんを探して、坂を登っていくことにしよう。墓地入口からは、それらしきものは見えない。

 てくてくと坂道を上方に向かって歩く。当然のことだが通路があっても、上下左右を墓石に囲まれているというのが「墓地です!」と名乗られている感じ……。

 照りつける日差しが、段々ときつくなってきた。わずかな風でも吹いてくれたら、少しは涼しくなるのだろう。けれど、そんなときに限って。ささやかな願いさえも叶わない。

「お地蔵さんなんて、見えないよ?」

 ひとりごちたと同時、額から汗がしたたった。雲ひとつない青空が、頭上いっぱいに見える。汗を何度も拭いながら、左右に視線を走らせながら歩いていくけれども……お地蔵さんらしきものが、さっぱり見えない。

 もしかして鶴野さん。ここではない、どこかの墓地のことを勘違いして、わたしに教えてくれていたとか? それはそれで仕方ないか、あしたの朝に会ったときのネタになる……。

 前向きにあきらめた決意をしたときだった。

 コンクリで舗装された坂道の、中腹ころ。不意に右肩から背中にかけて、大量の氷水をかけられた感覚がした。音もなく、ただひたすらにつめたい水の感覚。右耳の下あたりに「キン!」と激痛が走る。

 えっ……?

 右方向に目線を移すと、舗装された墓群のはずれ。単純に崖をならしたような赤土が長々と広がっていた。崖の上には松の樹がぽつんぽつんと植えられている。長く雨が降らずに乾ききった土が剥き出しの斜面には、大小の石が無造作に散らばっている。

 わたしが居たのは、それら石ころの据えられている斜面からみて、ちょうど真ん中あたり。そして崖の切れ目に、とても粗末な風体の……遠目からみても雨風に晒されて長く年月が経っているのがわかる……白い立て看板が地面から突き出している。

 看板には、大きな黒い字で表記されていた。

 ―—無縁仏の墓。



 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る