第7話 普通逆じゃね?

 俺の手を引く姶良柚は、屋上に着くと、辺りを見回して誰もいないことを確認して満足げに頷く。


「ここなら、いい。静か」

「……ああ……終わった、詰んだ。これからどんな顔して戻ればいいんだ……」


 そんな姶良柚に比べて、俺はこれから教室に帰った時のことを考えて軽く絶望していた。


 いや、もう教室いけねぇし居れねぇよ。

 絶対アイツ等姶良柚に嫌われたの全部俺のせいにするじゃん。

 ……その内俺イジメられるんじゃね?


「———うん、完全に詰んでる」

「何が?」

「俺の学校生活」

「何で?」

「正直手を叩いた時はめちゃくちゃスッキリしたし気分爽快だったけどさ、お前のせいでクラスが俺だけヘルモードに変わったんだよ」

「私の行動に、文句言う奴が悪い。それと———」


 姶良柚は相変わらず1ミリも表情を変えず、しかし、瞳に少しだけ拗ねた様な感情を宿して言った。


「私、姶良柚」

「ん? それがどうしたんだ?」


 彼女は一体何が言いたいのだろうか?

 今更自己紹介は遅くない?


 ただ、俺が思っていたのと、彼女が言いたかったことは大分違ったらしい。


「お前、違う。私、柚」

「…………名前で呼べと?」

「ん、正解」


 何と難易度の高いことをさせようとしているのかねこの不思議ちゃんは。


「私はえーたって呼んでる。不公平」

「……いいけど、誰かが居るときは『姶良さん』って呼ぶからな?」

「ん、了解」

「じゃあ、ゆ、柚……弁当どうするんだ?」


 俺が手持ち無沙汰な柚を見ながら問い掛けると———此方に『お手』の様に手を出してきた。

 

「ん、くれ」

「絶対にや———」

「ん……」

「勝手に食うなよ馬鹿!」


 俺が弁当の蓋を開けていたせいか、柚は物凄い速度で俺の弁当に腕を伸ばして唐揚げを掻っ攫っていった。

 よりにもよって1番好きで楽しみにしてた唐揚げを。


「…………」

「せめて何か言えよ!?」


 柚がもぐもぐと無表情&無言で咀嚼するのでついツッコんでしまう。


 不味かったのだろうか……俺的には渾身の出来なんだが……。

 何なら恐らく唯一の救いの時間である昼食くらいはせめて美味しいものをと、昨日の夜に仕込んで朝の4時から弁当作ったんだが……これで不味いって言われたら普通に死ねる。

 

 しかし———俺が危惧したことにはならなかった。


 柚は唐揚げを飲み込むと、心なしかキラキラした瞳を此方に向けてジッと俺を見てくる。


「……誰? これ作ったの」

「ん? 一応俺だけど……不味かったか?」


 俺が少し不安気に訊くと、柚はブンブンと頭を横に振り、グッと俺の顔に自分の顔を近付けた。

 

「……美味しかった」

「お、おう……そうか。それはよかった」

「明日から、弁当、作って」

「え? 俺が、ゆ、柚のを?」

「ん。頼んだ」


 柚がグッと両手の親指を上げる。

 

 ……何がグッ、なんだろうか?

 正直非常に面倒くさい。

 1人も2人も変わらないとかいう奴いるが、それは冷凍食品で作る時だけだろ。

 全部自分で作ってる俺からすれば、量が2倍になるんだから普通に面倒。


 しかし———ワンチャン柚が俺の弁当の美味さを宣伝してくれて、彼女が出来るかもしれない。


「———ゲーム、1000円にする」

「任せろ、偶に作れんかもしれないけどな」

「ん、その時は連絡して」


 柚はスカートのポケットからスマホを取り出すと、勝手に俺のポケットからスマホを取り出して———パスワードを入力してロックを解除した。


「———んん!? 少し待て柚さんや」

「??」

「いや『??』じゃないから。首傾げる所じゃないから。なんで俺のパスワード知ってんの?」

「ん、この前見て覚えた」

「覚えんなよ……」


 凄いでしょ。とでも言う風に胸を張る柚の姿に俺は溜息しか出ない。


 何か……いつの間にか俺のスマホのセキュリティーがガバガバになっていたらしい。

 今日帰ったらパスワード変えよ。


「ん、返す」

「あい———おおおお……!!」


 俺は自分のL◯NEのトーク画面に『ゆず』という新たな友だちの名が表示されていた。


「私、男子、初めて」


 おいおい……数多の男子が喉から手が出る程欲しがる、姶良柚と友だち第一号になったぞ俺!

 仮に1人1万で売れば一瞬で捨てられたゲーム買えるやんか。

 まぁ流石にしないけど。


 こうして俺は、フラれた相手のL◯NEを手に入れた。


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 人気が出れば1日2話上がるかも。 

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