第5話 騒動

「お帰り」

 もみじが帰ってきていた。

「私が頑張って仕事をしている間に、何してたの」

「別に、頑張って仕事って、春を売りに行ってただけでしょ」

「あ、馬鹿にしてる、神に仕えるものの大事なお勤めを、神罰が当たるよ」

 もみじは、表向き熊野権現の誓紙を売っている。体を売るのはそのためのおまけ、彼女たち担ぎ巫女はそういうものだった。


「神之介様とやってきたんだ」

「そうよ、悪い」

「悪くはないよ、私は神之介様の女房でも妾ですらないもの、何も言えない」

 しおらしく目を伏せたもみじに、うさぎはほんの少し申し訳なく思った。

「もみじ、あんた神之介様が好きなの」

「そりゃ、好きよ、荒くれに手籠めにされそうになったのを、助けてもらったんだもの、でも、それだけ。あの方を好きなのは、あんたも一緒でしょ」


「そうだよ、でも私もあんたと一緒。所詮一緒にはなれない。抱かれるだけで幸せ」

「ねえ、神之介様ってどういう方か知ってる?」

 武芸者、なぜかお金はある、何となく育ちはいい、そんなことぐらいしか、うさぎは知らなかった。うさぎから根掘り葉掘り尋ねようとはしなかった。


「あの方はね、上様の、血筋につながる方なんだけど、どうも母親の素性が」


 卑しいという訳ではなく、よく分からないらしい。それもあって巷で自由気ままに暮らしているが、生活費や必要な金は幕府から出ている。剣の腕は達人、どうも不死身だという噂もある、もみじの話はそういうものだった。


「じゃあ、なおさら、私らなんて」

「そ、だから私はお情けをいただけるだけで満足、そう思うことにした」

「わたしもそれでいいや」


 と、いう暮らしが普通になったころに、事件は突然起こった。

 うさぎの家に、侍所の役人が二人の取り手を連れてやってきたのだ。

 彼らは有無を言わさず、もみじに縄をかけると、引きずるようにして彼女を連れて行った。


 訳を聞くうさぎに、捕り手は押し込みの一味の疑いがあると言った。

 山崎で大きな油商人の家に賊が入ったのは、二日前らしい。その手引きをしたのがもみじだという。

 何かの間違いだとい訴えたうさぎに、捕りては店の生き残りのものがそう証言したと、面倒くさそうに言った。


 彼らの頭の中にはもうもみじを裸にしていたぶることしかないようだった。

 自分はそんな目に遭ったことはないが、六条河原でお仕置きになる罪人の内女性は、ほぼそういう目に遭っているとうわさで聞いていた。


 押し込みの一味となれば間違いなくお仕置きになる。

 うさぎは心が冷えるのを覚えた、何とかしなければ、どうする。私じゃ何もできない。


「どうした、何か騒ぎがあったとか聞いたが」

 陽が傾くころに、神之介が尋ねてきた。

「もみじがか、それはあり得んだろう」

 うさぎの話を聞いて神之介は開口一番そう言った。


「私もそう思います、でもこのままじゃ、間違いなく」

「もみじは、さらし首だな」

 そんな、うさぎは泣き出してしまった。すごく仲がいいわけでもないけれど、そんなのは嫌だった。


「心配するな、俺が何とかしてやる。その代わり」

「なんですか」

「戻ってきたら二人で俺を楽しませてくれ」

「そんなことならいくらでも、おねがいします」


「これで、ちょっと馬を借りてきてくれ」

 神之介は銭の入った袋をうさぎに渡した。

 うさぎが近くの百姓家に行き馬を借りてくると、すでに神之介は太刀を腰に佩き、たすきをかけて待っていた。どう見ても攻め込むいでたちだが、どことなく楽しそうである。

「ご無事を」

「おう、任せとけ」

 神之介はそう言い残すと、馬の腹にけりを入れた






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