第3話 訪問

「あんた誰、神之介様の寝床で何してるの」

 川で用を足していた神之介の耳にうさぎの怒鳴り声が聞こえた。

 しまった、うさぎが来る前に隠しておけばよかったか。


「神之介様のお情けをいただくことになりました、もみじです。以後お見知りおきを」

「お情けって、」

「まぐわいってことだけど、あんた、知らないの?」

もみじは、最初から喧嘩を売る気満々だ。本能的にうさぎは恋敵と認識したらしい。


 慌てて下帯を締め、戻って来た神之介だったが、結局小屋の外で待つことにした。

 責任上割って入るべきなのだろうが、ふたりのやり取りを聞いてみたくなったのだ。まあ悪趣味だなと彼自身もわかってはいる。


「知ってるわよ、でもそれは私の役目」

「はあ、じゃあなんで昨日の夜はいなかったの、神之介様があんなに高ぶってらっしゃる時にお勤めができないんじゃね。あれ、もしかしてあんたまだ、未通女なの?」


「うるさい、悪かったわね、そうよ。神之介様のために取ってあるのよ」

「そのまま、ばばあになったりして」

 うさぎは手にした、びくをもみじに向かって投げつけた。


「でてけー、ここは私の家だ」

「ということで頼みがある」

 二人が取っ組み合いを始める寸前で、神之介は割って入った。


「神之介様、この女」

「ここで住まわせてやってはくれないか」

「こいつを、ここって神之介様と一緒に?」

「うむ」

 うさぎは泣きそうな顔をした。

「神之介様のお願いなら、でもそれだけは嫌です。この女が毎夜、神之介様の、そんなの私、耐えられない」


「そうかそうだよな、でもな、このまま追い出して、男に襲われやがて野ざらし、行きがかりとはいえ、伽をさせた女がそうなるのは」

「わかりました、じゃあ、私の家で暮らさせます。ただ、飯は自分で何とかさせてくださいね」


 そういうことでもみじはうさぎの家に潜り込むことになった。

 二人はほぼ同い年で、形は違えど、苦労をしていることは同じだ。喧嘩をしながらも話の合うところもあるらしい。


 そのうえ、うさぎの弟のつばめが、もみじを気に入りなついてしまった。

 うさぎとしては面白くはないが、もみじを追い出すことができなくなった。


「神之介様、もうお休みでしょうか」

「いや、まだ起きているが」

「これ、鮨を作ってみました、お口に合うか」

 鮒ずしといえば近江の特産だが、もみじの父親は近江まで出向きその製法を学んできた。もみじは父親が生きている間にかろうじてその技術を伝承されていた。


「おう、それはありがたい、酒はあるのだがつまみがなくてな、味噌も切らしていて」

「一緒にご相伴してもよろしいですか」

「もみじはおらぬのか」


「私じゃ御不満ですか」

「そういうわけではない、お主がわしのもとに一人でくれば、もみじが殴りこんでくるのではと思ってな」

「今朝から、山崎まで払いに行っております」

 つまりは客からのお呼びがあり体を売りに行っているということだ。


「気になりますか?}

「もみじが誰と寝ようが、それはあいつの仕事だ、俺がとやかく言うことではない」

「よかった、もしかしたら、惚れてらっしゃるのかと思って」


「惚れてる? 俺が、んーそうかもしれんが、俺は女はみんな好きだからな。久留和にも好きな女はおる。いちいち妬いていては話にならん」

「私は、私はいかがですか」

 うさぎは神之介の目をまっすぐ見ていった。




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